魔法使いは廃墟で眠る

しろごはん

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第十二章

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「椿くん――」
 キキョウの指が椿の頬を撫でる。死人のように青ざめた椿の顔は酷く冷たい。
 「ごめんなさい」
 謝罪の言葉は罪悪感から。恐れていたことが現実となってしまった。
 ついに来た。絶望が。逃れられない終焉の時が。
 彼が傷ついてしまったのは自分のミスだ。自分のせいで彼は生死を彷徨っている。
 「キキョウさん、入りますよ」
 襖が開かれ飛鳥が部屋に入ってきた。
 椿が襲撃を受けてから既に数時間が経過しており世界はとっくに寝静まっている。
重傷を負った椿は飛鳥によって担ぎ込まれてきた。危険な状態にあったが二人の魔力を流し傷口は塞いだ。今は容体が安定し眠っている。全快するには時間がかかるが命に別状はない。やがて目覚めるだろう。
「事情を説明してください」
寝ている椿をはさみ、飛鳥が問う。
 「敵の名はアーサー・ロスチャイルド。十年前に私を狙いに来た魔法使いよ」
 「それは、あのアーサーで間違いないですか?」
 「ええ、そうよ」
 「そうですか」
 一瞬だけ飛鳥は考え、
 「逃げましょう。今ならまだ間に合います」
 そう答えた。
 「無理よ。彼から逃げ切れると思っているの?」
 「騎士団の本部でキキョウさんを匿います。そこならきっと――」
 「無駄に犠牲を増やすだけね」
 逃げられるものならとっくにそうしている。そもそもそんな手が通用する相手ならば逃げるという手段を選ぶまでもない。完全なる手詰まり。あの男を前にして希望などどこにもない。だが――
 「大丈夫。心配いらないわ」
 こうなることはわかっていた。絶望が来ることはわかっていたのだ。策ならある。ずっと前から覚悟は決めていた。今までが幸福な夢だったのだと、これが現実なんだということはとっくの昔に思い知らされている。せめてこの儚き幻想が一秒でも長く続いて欲しいと願っていた。  
だが、夢は終わった。
 
 「私が彼を殺す。例え刺し違えたとしても」
 
 それが答え。十年前、自身に刻んだ誓い。
 この身が朽ち果てようと心だけは屈さない。心が負けた時、それこそが完全な敗北だ。
だが夢を見せてくれた彼をこれ以上危険な目にあわす訳にはいかない。ならば、彼が知らない所で決着をつけるしかない。
夢の続きは見れないけれど思い出はいつもこの胸にある。
 それさえあれば戦える。死ぬことだって怖くはない。
 だから――
 「何をふざけたこと言ってるんですか! そんなの認める訳ないでしょう!」
 頬に痛みが走る。一瞬何があったのか理解できなかった。手を当てて頬が熱を帯びているのがわかってようやく自分が叩かれたのだと認識した。
 「あなたが犠牲になって仮にそれで倒せたとして、それで椿くんが喜ぶと思っているんですか!?」
 「……優しいのね」
 そんなこと初めて会った日から解っていた。だからこそ彼は彼女を心から信頼しているのだ。
 「アーサーはイブの夜にやって来る。私はもう行くわ」
 これ以上の話はしたくない。部屋から出る。
 襖に手を掛けた所で、
 「椿くんのこと、お願いね」
 それだけ告げて逃げるように家を出た。
 「キキョウさん!」
 飛鳥の呼び止める声が聞こえたが聞こえないふりをした。
 途中、何度も振り返りたい衝動に襲われたが必死に堪える。
 向かうはあの約束の地。残された時間は数日足らず。
 キキョウは歩く、絶望へ向かって。
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