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73.お金は大事
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私は王子様を見た。
クララを隣国に逃がす代わりに、私に妃になれとは。
王子様のお戯れなのか何なのか、本気で言ってるわけではないだろうが、一応言っておかねば。
「あのー、もし私が承諾したとしても、この状態で王太子殿下のお妃様とか、無理ですよね?」
私は薬指の指輪がよく見えるよう、王子様に左手を差し出した。
「これ、この指輪、絶対外れません。外すには、指切るしかないんですけど、四肢欠損のある人間は、王家に嫁げませんよね?」
王子様は私の左手をとり、まじまじと指輪を眺めた。
どうだ、キモいだろ!
私でさえドン引きした指輪だ!
とくと見るがいいわ!
「これは……、すごいな」
「ねっ、そうですよね、殿下もそう思われますよね!」
これってもう、呪いの指輪ですよね!と得意げに言う私に、王子様が何とも言えない表情になった。
「……あなたは、レイフォールドとの婚姻を、心から望んでいるのか?」
「えっ」
思いもかけない質問に、私は驚いて王子様を見た。
うーん。
確かにこんな指輪見たら、そういう疑問もわいてくるか。
私自身、たまに、大丈夫か?って思う時あるもんね。
でも、
「あの、いろいろ問題はありますが。……でもまあ、その……、私も望んでます、心から」
きゃー、言っちゃった!
赤くなって照れる私に、王子様が吹き出した。
「……王太子殿下?」
「あなたは……、本当に、変わっている」
笑いながら王子様が言った。
「あのレイフォールドが、念には念を入れて隠し通したわけだ。……あなたを誰にも見せぬよう、用心深く懐にしまい込んで、誰も手出しできぬよう鍵付きの箱に閉じ込めた。まったく腹立たしいが……、見事な手腕だ」
鍵付きの箱かあ。
やっぱ王子様から見ても、お兄様は監禁大好きに見えるんだな。
「……さて、そういうことなら仕方ない」
王子様はちらりと私の後ろを見やった。
「え、あの、王太子殿下」
まさかこのまま特別室に逆戻りとか……。
「妃は無理でも、僕を名前で呼ぶくらいはいいだろう?」
王子様がにこやかに提案してきた。
「僕を、称号ではなく、名前で呼んでくれるなら。それなら、あなたの望み通り、その罪人を隣国へ逃がしてあげるよ」
今度はいったい、何を言い出したんだ、この王子様は。
「……疑われてもしかたないが、あなたに嘘はつかないよ」
「ウソとは思いませんが、ただ、どういうおつもりなのかと思いまして」
王子様は肩をすくめた。
「その女性は、僕の伯父に利用された、いわば被害者だ。できれば助けたいと、母上が動かれていたのも知っている。その手助けをさせてほしいんだ」
それなら、最初から素直に交換条件なんて言い出さなきゃいいのに。
……とは思ったが、王子様に文句を言うような度胸はない。
代わりに私は、王子様に言った。
「じゃあ、リリアを助けていただけますか? いま、特別室にはリリアがいるんです。警備兵が騒いだ時、万が一にもリリアに疑いがかからないようにしてほしいんです」
王妃殿下の意向に従ったとはいえ、疑惑の目が向けられた時、どこまで庇ってもらえるかわからない。
ここで王子様から言質をとれば、少しは安全度が上がるだろう。
「それは、むろん。リリアは、母上からの命で、特別室の罪人の様子を見にいっただけだ。その際、不幸にも何らかの術を使われ、気絶させられてしまっただけなのだから、彼女が罪に問われることはあり得ない」
「そうです、そうです! あの、リリアは手足も縛られてますんで、それで動けなかったということで、よろしくお願いいたします!」
私の言葉に、王子様がくすりと笑った。
「……それから、神殿経由で隣国へ向かうより、こちらで用意した馬車を使ったほうがいい。誰かと乗り合わせることもないから、正体がばれる心配もない」
そこまで知ってたのか。
だがまあ、確かに神殿から馬車でとなると、一般人と乗り合わせて行くことになる。
クララの顔を知っている一般人などそうはいないだろうが、その異国的な美しい顔立ちや黒髪を覚えてしまわれると、何かと厄介だ。
「では、それでお願いします。……それから、できれば路銀を多少、いただきたいのですが」
私の用意したお金は、隣国で一から出直すには、本当にギリギリの金額である。
ここで王子様から少しばかりふんだくっておけば、余裕ができるというものだ。
「ああ、用意してある。……これだけあれば、向こうで二、三年は暮らせるはずだ」
えっ、と私は驚き、王子様が差し出した重そうな革袋を見た。
二、三年……。
そんな大金、ポンと出せるなんて、王族ってほんとお金持ちなんだなあ。
私はうやうやしく革袋を押し頂き、クララに渡した。
クララは戸惑ったように革袋を見て言った。
「こんなお金、もらえないわ」
「なに言ってるの!」
私はクララの手に革袋を押し付け、言った。
「お金は大事よ! 王家にいろいろ思うところはあるかもしれないけど、お金に罪はないわ! くれるって言ってるんだから、相手の気が変わらないうちに、さっさともらっちゃって!」
さっ、早く早く、と強引にクララに革袋を渡すと、後ろで王子様が爆笑していた。
「……何かおかしなことでも? 王太子殿下」
「エストリール」
すかさず指摘され、私はうっと怯んだ。
「あのう、名前を呼ぶ件なのですが、やはり不敬では」
「……では、二人きりの時だけ、名前を呼んでくれればいい」
王子様の言葉に、私は首を傾げた。
王子様と二人きりになる時なんて、今後一切ないと思うのだが。
「それでいいんですか?」
「もちろん」
ニコニコ笑う王子様に、私は少し申し訳ない気持ちになった。
「ありがとうございます。……エストリール様」
初めて王族の名前呼んじゃったよ!と少しおののいたが、王子様は嬉しそうに笑った。
「こちらこそ、ありがとう。……とても嬉しいよ」
クララを隣国に逃がす代わりに、私に妃になれとは。
王子様のお戯れなのか何なのか、本気で言ってるわけではないだろうが、一応言っておかねば。
「あのー、もし私が承諾したとしても、この状態で王太子殿下のお妃様とか、無理ですよね?」
私は薬指の指輪がよく見えるよう、王子様に左手を差し出した。
「これ、この指輪、絶対外れません。外すには、指切るしかないんですけど、四肢欠損のある人間は、王家に嫁げませんよね?」
王子様は私の左手をとり、まじまじと指輪を眺めた。
どうだ、キモいだろ!
私でさえドン引きした指輪だ!
とくと見るがいいわ!
「これは……、すごいな」
「ねっ、そうですよね、殿下もそう思われますよね!」
これってもう、呪いの指輪ですよね!と得意げに言う私に、王子様が何とも言えない表情になった。
「……あなたは、レイフォールドとの婚姻を、心から望んでいるのか?」
「えっ」
思いもかけない質問に、私は驚いて王子様を見た。
うーん。
確かにこんな指輪見たら、そういう疑問もわいてくるか。
私自身、たまに、大丈夫か?って思う時あるもんね。
でも、
「あの、いろいろ問題はありますが。……でもまあ、その……、私も望んでます、心から」
きゃー、言っちゃった!
赤くなって照れる私に、王子様が吹き出した。
「……王太子殿下?」
「あなたは……、本当に、変わっている」
笑いながら王子様が言った。
「あのレイフォールドが、念には念を入れて隠し通したわけだ。……あなたを誰にも見せぬよう、用心深く懐にしまい込んで、誰も手出しできぬよう鍵付きの箱に閉じ込めた。まったく腹立たしいが……、見事な手腕だ」
鍵付きの箱かあ。
やっぱ王子様から見ても、お兄様は監禁大好きに見えるんだな。
「……さて、そういうことなら仕方ない」
王子様はちらりと私の後ろを見やった。
「え、あの、王太子殿下」
まさかこのまま特別室に逆戻りとか……。
「妃は無理でも、僕を名前で呼ぶくらいはいいだろう?」
王子様がにこやかに提案してきた。
「僕を、称号ではなく、名前で呼んでくれるなら。それなら、あなたの望み通り、その罪人を隣国へ逃がしてあげるよ」
今度はいったい、何を言い出したんだ、この王子様は。
「……疑われてもしかたないが、あなたに嘘はつかないよ」
「ウソとは思いませんが、ただ、どういうおつもりなのかと思いまして」
王子様は肩をすくめた。
「その女性は、僕の伯父に利用された、いわば被害者だ。できれば助けたいと、母上が動かれていたのも知っている。その手助けをさせてほしいんだ」
それなら、最初から素直に交換条件なんて言い出さなきゃいいのに。
……とは思ったが、王子様に文句を言うような度胸はない。
代わりに私は、王子様に言った。
「じゃあ、リリアを助けていただけますか? いま、特別室にはリリアがいるんです。警備兵が騒いだ時、万が一にもリリアに疑いがかからないようにしてほしいんです」
王妃殿下の意向に従ったとはいえ、疑惑の目が向けられた時、どこまで庇ってもらえるかわからない。
ここで王子様から言質をとれば、少しは安全度が上がるだろう。
「それは、むろん。リリアは、母上からの命で、特別室の罪人の様子を見にいっただけだ。その際、不幸にも何らかの術を使われ、気絶させられてしまっただけなのだから、彼女が罪に問われることはあり得ない」
「そうです、そうです! あの、リリアは手足も縛られてますんで、それで動けなかったということで、よろしくお願いいたします!」
私の言葉に、王子様がくすりと笑った。
「……それから、神殿経由で隣国へ向かうより、こちらで用意した馬車を使ったほうがいい。誰かと乗り合わせることもないから、正体がばれる心配もない」
そこまで知ってたのか。
だがまあ、確かに神殿から馬車でとなると、一般人と乗り合わせて行くことになる。
クララの顔を知っている一般人などそうはいないだろうが、その異国的な美しい顔立ちや黒髪を覚えてしまわれると、何かと厄介だ。
「では、それでお願いします。……それから、できれば路銀を多少、いただきたいのですが」
私の用意したお金は、隣国で一から出直すには、本当にギリギリの金額である。
ここで王子様から少しばかりふんだくっておけば、余裕ができるというものだ。
「ああ、用意してある。……これだけあれば、向こうで二、三年は暮らせるはずだ」
えっ、と私は驚き、王子様が差し出した重そうな革袋を見た。
二、三年……。
そんな大金、ポンと出せるなんて、王族ってほんとお金持ちなんだなあ。
私はうやうやしく革袋を押し頂き、クララに渡した。
クララは戸惑ったように革袋を見て言った。
「こんなお金、もらえないわ」
「なに言ってるの!」
私はクララの手に革袋を押し付け、言った。
「お金は大事よ! 王家にいろいろ思うところはあるかもしれないけど、お金に罪はないわ! くれるって言ってるんだから、相手の気が変わらないうちに、さっさともらっちゃって!」
さっ、早く早く、と強引にクララに革袋を渡すと、後ろで王子様が爆笑していた。
「……何かおかしなことでも? 王太子殿下」
「エストリール」
すかさず指摘され、私はうっと怯んだ。
「あのう、名前を呼ぶ件なのですが、やはり不敬では」
「……では、二人きりの時だけ、名前を呼んでくれればいい」
王子様の言葉に、私は首を傾げた。
王子様と二人きりになる時なんて、今後一切ないと思うのだが。
「それでいいんですか?」
「もちろん」
ニコニコ笑う王子様に、私は少し申し訳ない気持ちになった。
「ありがとうございます。……エストリール様」
初めて王族の名前呼んじゃったよ!と少しおののいたが、王子様は嬉しそうに笑った。
「こちらこそ、ありがとう。……とても嬉しいよ」
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