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第八話 ギリオチーナの復讐
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「お前と私の母親は平民だった。父上は本来の婚約者だった侯爵令嬢の実家から多大な支援を受けておきながら、冤罪を被せて彼女を捨てたのだ。ミハイロフ侯爵家はもう二度と王家を信頼しない。無辜の民のために反旗を翻さないでいるだけだ」
「なによそれ。貴族が王家に仕えるのは当然のことでしょ?」
「貴族であろうと平民であろうと、恩には恩で返すのが人間というものだ。それは王族とて変わらない。にもかかわらず、お前と父上は、ほかの貴族家から見放された王家を支えてくれたクズネツォフ侯爵家から搾り取れるだけ搾り取った挙句、切れ者の先代が亡くなった途端に婚約の話さえなかったことにしたんだ」
ミハイロフ侯爵家もクズネツォフ侯爵家も王家と関わるまではそれなりに豊かだったのだとお兄様は言うけれど、王家のために尽くすのは当たり前じゃない。
お兄様相手だと身分の低い私の“白薔薇”は力になってくれない。
いつもならお兄様を窘めてくれるお父様も俯いたままだ。どうしてなにも言ってくれないの? 王太子に過ぎないお兄様よりも国王のお父様のほうが偉いのでしょう?
「王宮で好き勝手されても困るから、学園を卒業するまでお前は北の塔で暮らせ」
「身分の高い罪人や頭のおかしな人間が入るところなんて嫌よ!」
「なら毒でも飲むか? これ以上隣国の大公家に対して粗相をするのなら、この国のために死んでしまえ」
「お兄様は私が可愛くないの? 私のせいでお母様が亡くなったとお思いなの?」
「そんなことは思っていない。あの女を殺してくれたことは感謝しているが、お前も一緒に死んでいればもっと良かったのに、と思っているだけだ。これからの私の治世に配下の貴族を軽んじる王族は必要ない」
「な、なんてことおっしゃるの! お兄様の人でなし!」
「人でなしというのは、お前やあの女のように他人の婚約者にすり寄る人間のことを言うのだ。しかも自分の罪を償いもせず、相手を悪者にしようとする」
お父様はずっと俯いたまま、ちっとも役に立ってくれない。
「レナート。そなたは身分ゆえギリオチーナに逆らえなかった部分もあるだろう。だがなんの諫言もしないのでは王族の側にいる資格はない。学園にいる間は金を出してやるが、卒業後の進路は自分で探せ」
「お兄様! 彼は私の“白薔薇”なのよ! 私から離れるなんて許さない。隣国に嫁ぐときだって連れて行くわ!」
「いい加減にしろ!」
床に転がってしばらくして、頬の痛みに気づく。
お兄様に殴られたのね。
妹を殴るだなんて人でなしにもほどがあるわ。私はそっと“白薔薇”を見つめた。
「……」
美しい銀髪を揺らして、彼が小さく首肯する。
私の考えをわかってくれたのね。
そうよね、だって私の“白薔薇”だもの。
前からそうしようという考えはあった。
あの伯爵家の小娘を男に凌辱させて、貴族令嬢どころか女としてもまともに扱われない存在にしてやるの。
でも王女である私はならず者に伝手などないし、王宮の人間に命じたりしたらすぐお兄様に言いつけられてしまう。私の“白薔薇”をあんな小娘で穢してしまうのはおぞましい。
だけどこうなればべつよ。
全部あの小娘のせいだもの。
あの小娘がボリスの婚約者になどならなければ良かったのだわ。なったとしてもふたりとも毎日不幸そうな顔で沈んでいれば良かったのよ。
「しばらくしたら隣国から大公と子息が訪れる。そのときまでお前がおとなしくしていれば、婚約解消は免れるかもしれない。ただでさえ大公夫人のことでの遺恨がある。この上こちらの有責で婚約解消にでもなってしまったら、隣国との戦争になってもおかしくないんだぞ!」
お兄様がわけのわからないことを叫んでいる。
この私が婚約してあげたのに、向こうから婚約解消を言い出したりするはずないじゃないの。
え? 婚約解消を望む手紙が来た? 私の関心を引くための駆け引きに決まっているわ。
愚かなお兄様は無視し、私は”白薔薇”を見つめた。
目と目で合図を交わす。
あの小娘を凌辱してボリスともども絶望の淵に沈めてやったら私のことを助けに来てね、私の“白薔薇”。
高貴な血筋の私だもの。隣国の大公家へ行けば大歓迎されるに違いないわ。
そうして、ずっとふたりで幸せに暮らすのよ。
★ ★ ★ ★ ★
ギリオチーナはボリスとリュドミーラの婚約が解消されたことを知らない。
しかし自分がレナートと引き離されたからには、婚約解消を知っていても全方位に逆恨みして同じ結論に至っていたかもしれなかった。
なおギリオチーナとレナートは、大して心が通じ合っていない。
「なによそれ。貴族が王家に仕えるのは当然のことでしょ?」
「貴族であろうと平民であろうと、恩には恩で返すのが人間というものだ。それは王族とて変わらない。にもかかわらず、お前と父上は、ほかの貴族家から見放された王家を支えてくれたクズネツォフ侯爵家から搾り取れるだけ搾り取った挙句、切れ者の先代が亡くなった途端に婚約の話さえなかったことにしたんだ」
ミハイロフ侯爵家もクズネツォフ侯爵家も王家と関わるまではそれなりに豊かだったのだとお兄様は言うけれど、王家のために尽くすのは当たり前じゃない。
お兄様相手だと身分の低い私の“白薔薇”は力になってくれない。
いつもならお兄様を窘めてくれるお父様も俯いたままだ。どうしてなにも言ってくれないの? 王太子に過ぎないお兄様よりも国王のお父様のほうが偉いのでしょう?
「王宮で好き勝手されても困るから、学園を卒業するまでお前は北の塔で暮らせ」
「身分の高い罪人や頭のおかしな人間が入るところなんて嫌よ!」
「なら毒でも飲むか? これ以上隣国の大公家に対して粗相をするのなら、この国のために死んでしまえ」
「お兄様は私が可愛くないの? 私のせいでお母様が亡くなったとお思いなの?」
「そんなことは思っていない。あの女を殺してくれたことは感謝しているが、お前も一緒に死んでいればもっと良かったのに、と思っているだけだ。これからの私の治世に配下の貴族を軽んじる王族は必要ない」
「な、なんてことおっしゃるの! お兄様の人でなし!」
「人でなしというのは、お前やあの女のように他人の婚約者にすり寄る人間のことを言うのだ。しかも自分の罪を償いもせず、相手を悪者にしようとする」
お父様はずっと俯いたまま、ちっとも役に立ってくれない。
「レナート。そなたは身分ゆえギリオチーナに逆らえなかった部分もあるだろう。だがなんの諫言もしないのでは王族の側にいる資格はない。学園にいる間は金を出してやるが、卒業後の進路は自分で探せ」
「お兄様! 彼は私の“白薔薇”なのよ! 私から離れるなんて許さない。隣国に嫁ぐときだって連れて行くわ!」
「いい加減にしろ!」
床に転がってしばらくして、頬の痛みに気づく。
お兄様に殴られたのね。
妹を殴るだなんて人でなしにもほどがあるわ。私はそっと“白薔薇”を見つめた。
「……」
美しい銀髪を揺らして、彼が小さく首肯する。
私の考えをわかってくれたのね。
そうよね、だって私の“白薔薇”だもの。
前からそうしようという考えはあった。
あの伯爵家の小娘を男に凌辱させて、貴族令嬢どころか女としてもまともに扱われない存在にしてやるの。
でも王女である私はならず者に伝手などないし、王宮の人間に命じたりしたらすぐお兄様に言いつけられてしまう。私の“白薔薇”をあんな小娘で穢してしまうのはおぞましい。
だけどこうなればべつよ。
全部あの小娘のせいだもの。
あの小娘がボリスの婚約者になどならなければ良かったのだわ。なったとしてもふたりとも毎日不幸そうな顔で沈んでいれば良かったのよ。
「しばらくしたら隣国から大公と子息が訪れる。そのときまでお前がおとなしくしていれば、婚約解消は免れるかもしれない。ただでさえ大公夫人のことでの遺恨がある。この上こちらの有責で婚約解消にでもなってしまったら、隣国との戦争になってもおかしくないんだぞ!」
お兄様がわけのわからないことを叫んでいる。
この私が婚約してあげたのに、向こうから婚約解消を言い出したりするはずないじゃないの。
え? 婚約解消を望む手紙が来た? 私の関心を引くための駆け引きに決まっているわ。
愚かなお兄様は無視し、私は”白薔薇”を見つめた。
目と目で合図を交わす。
あの小娘を凌辱してボリスともども絶望の淵に沈めてやったら私のことを助けに来てね、私の“白薔薇”。
高貴な血筋の私だもの。隣国の大公家へ行けば大歓迎されるに違いないわ。
そうして、ずっとふたりで幸せに暮らすのよ。
★ ★ ★ ★ ★
ギリオチーナはボリスとリュドミーラの婚約が解消されたことを知らない。
しかし自分がレナートと引き離されたからには、婚約解消を知っていても全方位に逆恨みして同じ結論に至っていたかもしれなかった。
なおギリオチーナとレナートは、大して心が通じ合っていない。
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