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番外編
お父さんの煙草⑤
しおりを挟む「改めまして、紀田です。すみません、余計なことだとはわかっているんですが、どうしても口を挟みたくなってしまいました。」
誰も頼んだコーヒーに手を付けようとしない。
女性は戸惑った表情のまま口を開いた。
「小林花依(こばやし かえ)です。」
ぴったりな名前、と思った。まだ会って5分経ったか経ってないか、それぐらいだけど、彼女からは冬の透き通った朝のような雰囲気を感じる。
この人は芯のある人だ、そう思った。
戸惑いつつも私を見る目にはどこか強い意志をたたえている。
そこで大事なことを言い忘れていたと気付いた。
「私は櫻井さんとはただの先輩後輩の仲ですから、お二人の関係を引き裂くつもりでここへ連れてきたわけではありません。」
私のその言葉に櫻井さんが付け足す。
「紀田には藤沢っていう立派な恋人がいるしな。」
そうなんですか、と花依さんに言われて顔が少し熱くなる。
花依さんの表情が少し和らいだ。
「それで……、」
「それで、櫻井さん。まだそんなことを言っているんですか?」
私は櫻井さんの目をしっかりと見つめた。
櫻井さんはすぐに目をそらして俯いた。
「尋文(ひろふみ)は、別れたいの…?」
花依さんは櫻井さんに静かにそう聞いた。
ヒステリックになる様子はない。
問詰める、責めた様子もなかった。
ただ、そう聞いた。
櫻井さんは頭をゆっくりと左右に動かした。
「違う。ただ頭の整理が追いつかない。
俺が興奮して、つけるの忘れて出来ちゃった、でいいのか?」
以前に聞いたことを彼はまた繰り返した。
恐らく花依さんの様子から察するに、彼女もまた彼から前に聞いていたのだろう。
「私は尋文との子が出来て嬉しい。」
金曜日に櫻井さんから聞いていた通りだ。
確かに櫻井さんの「俺に気を遣って喜んでいるんじゃないか」というのもわからなくもない。
花依さんはとても静かに落ち着いてそう言うから。
だけど、私は花依さんが強い気持ちを持ってそう言っているのだとも感じた。
「俺の間違いで、出来た子でも、か?」
櫻井さんがそう言った時、花依さんが身体を硬くした。
「……尋文はそう言うけど、本当は私があれをいつもの所から全部隠したし、気付いてないと思うけど、最中に尋文が探そうとした時、そのまま続けるように誘導したのも私なのっ……!」
語気を強めて花依さんはそんなことを言った。
顔を真っ赤にして、恥ずかしさに顔を隠したいという気持ちと伝えたいという気持ちで櫻井さんを下から見つめた彼女。
彼女の目は先程よりも更に強い意志を持っていた。
大人しいけれど、頑固なところもある人なんだろうなというのを確信した。
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