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53.金魚草の眩しさ

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「そういうわけで、橋渡しはできない。すまん」

「えー、駄目? ちょっとでも? 八月一日宮くんに声かける時に僕を連れて行ってくれるだけでいいんだけど」

 その後は自分で何とかできるという自信があるのだろう。実際蜂須賀はとてもかわいいし素直な性格なので、八月一日宮も好感を持つに違いない。不愛想なあゆたにあそこまで優しいのだから。

 蜂須賀が八月一日宮と談笑している情景がありありと思い浮かんだ。
 その途端に肋骨のあたりがちくんとした。

(? なんだ……?)

 思わずその辺りに掌を当ててみる。あゆたは首を傾げた。気のせいかもしれない。お昼を食べ過ぎたので食あたりの前兆だったら嫌だなと思いつつ、あゆたは再度蜂須賀に詫びた。

「すまんけど、それこそ先輩風吹かせる感じになるから」
「……ふーん、別に、いいけどぉ」

 いいなんてちっとも思っていない。拗ねたように蜂須賀は唇を尖らせた。ぷいっとそっぽを向いて授業の準備を始める。わかりやすく機嫌を損ねたようだ。

 あゆたはため息を飲み込んだ。これで蜂須賀は二度とあゆたに話しかけてこないだろう。

 折角おしゃべりしてくれたのはありがたいが、於兎の情報によると八月一日宮はもてるらしいので、そういう繋ぎは煩わしく思っている可能性が高い。親切にしてくれる後輩に、わざわざ厄介ごとを持ちかけるのは嫌だった。

 すっかり興味を失ったように蜂須賀も机の中からノートを出し始めた。その横顔に心の中でもう一度蜂須賀に謝って、あゆたもノートを写すのをやめた。

 そろそろ授業の時間だった。腰を折られて忘れていた痛み止めを大目に飲んでおく。

「ね、鶯原くん」

 次の授業の教科書を揃えていると、蜂須賀がまた話しかけてきた。差し出された手に包み紙包まれた飴がのっていた。

「あげる。おいしいよ」

 おもわず掌にころりと転がっている飴と蜂須賀の小作りな顔を見比べてしまう。蜂須賀は白い眉間に皺を寄せた。

「ん、もう。早く。先生来ちゃうよ」

 逡巡に動きが鈍いあゆたを促すように、蜂須賀はさらに手を突き出してくる。

「ありがとう」

 どういうリアクションが正解かわからぬまま、あゆたは飴を受け取った。ピンク色の小さな包み紙には『いちご』と丸まった文字がプリントしてあった。

「別にぃ。お話聞いてくれたお礼だよ。捻挫っていつもと歩き方変わるから疲れるじゃない? 甘いものは疲労に効くでしょ」

 失礼だがびっくりしてしまった。あゆたに興味がないだろうに、蜂須賀は思慮深いのだろう。そんな気遣いをされて、あゆたも今度は迷うことなく礼を言った。

「ありがとう」
「んん」

 またぷいっと前を向くと、もうあゆたのことなんて知らないように筆箱の中をがさがさ始める。自由だ。

 蜂須賀は好きなように動いている。あゆたにはないものだ。その行動の奔放さが、自分のできないことをやれる人が眩しい。すこしだけ羨ましくなった。
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