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◇19◇ 【マレーナ視点】協力者の報告
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翌日。王宮の一角で、密やかにお茶会が開かれました。わたくしが同行させたのは、『協力者』の侍女1人。
「――――それで、本日わたくしをお招きいただいた理由は?」
「ええ、マレーナ嬢。リリス・ウィンザーのことです」
「それにしても、リリスがまさかファゴット侯爵と偶然出会うことになるとは、神が味方しましたなぁ」
そこにいらっしゃる皆様が笑いました。
一同は、昨年からわたくしを王太子妃にと支援してくださっている『協力者』の皆様です。
わたくしにそっくりな女優、リリス・ウィンザーのことを知らせた際には『では仲間に引き入れましょう』と動いてくださったのです。
「1人女優を篭絡して、協力させようとしたのですが、うまくいきませんでして……団長に直接要望しても無視をされ……そこにあの事件で、リリス・ウィンザーの件は完全に諦めつつありました」
「いや、何がどう転ぶかわかりませぬな」
「リリスは、いま、わたくしの替え玉としてかなりの力を発揮しておりますわ。
ギアン様はいまだわたくしの替え玉とは気づいておりません」
「はははは。長男でありながら家も継げないようなお方です。そのような知恵はないのでしょう」
再び皆様がお笑いになります。
「できましたらリリス・ウィンザーをこのまま、わたくしに忠誠を誓わせたく考えておりますの。
それで、彼女の身辺調査をご依頼したのです」
望むものを与えて言うことをきくならばそうしましょう。
それが難しければ、言うことをきかせるための材料が必要です――――つまり脅迫ということになりますが。
まぁ、卑しい平民ですもの。少し探ればきっと、本人や親の前科など出てくることでしょう。
「ええ。それが、その。
少し説明が難しいので……こちらの報告書をご覧いただけますか。
リリス・ウィンザーの身元、というよりも、その父親についての調査となります」
わたくしはそれに目を通し――そして、目を見張りました。
「これは……?」
「はい……まぁ、ろくでもない男ではございますが……これはいまは、我々としては公にはしたくない事実ですな」
リリス・ウィンザーにとってはどうかはわかりませんが、そこにあったのは、ファゴット家にとって不都合な事実でございました。
日頃もう少しお父様の戯言もしっかりきいていれば良かったと、少し後悔をしました。
「しかし、この男の所在を我々は掴んでおりますし、いずれはこの事実が役に立つときがくるやもしれません」
「役に立つ――とは、たとえば?」
「そうですなぁ。マレーナ様がめでたく王太子妃に選ばれた際には、代わりに、この女に大公国に嫁いでもらうというのは」
わたくしはため息をつきます。
その言い方があまりに軽く、大公子妃に選ばれたわたくしという存在、これまでの妃教育をこなしてきたわたくしの努力を、ひどく軽く扱われるように感じたのです。
……ですが。それは、リリス・ウィンザーに会ったときからわたくしの頭のなかにもあった考えでございました。
「そうですわね。
わたくしが王太子妃に選ばれたときに、王太子がレイエスの大公子の婚約者を奪ったという話が広まってしまっては、クロノス殿下の名誉にかかわってしまいます。
ですがその際、その大公子に代わりに嫁がせることができる相手がいれば、比較的丸くおさめることができますわね……」
レイエス大公国としては、何より大切なのはベネディクト王国の高位貴族の娘を迎えることでベネディクト王国との関係性を強化すること。
リリス・ウィンザーを我がファゴット家の養女に迎えれば、血筋のぶんわたくしよりはもちろん劣りますが、レイエス大公国の目的は果たせるはずですわ。
妃教育は必要になるでしょうが、どのみち跡継ぎではない方の妻、そこまで血筋は関係ないはずですし、わたくしほど優秀でなくてもかまわないでしょう。
そこにギアン様の感情など関係ないはずですが……あの方は口をつぐむでしょう。
いまギアン様がわたくしだと信じて夢中になっている女は、リリスなのですから。
……そちらは万全だと思っているのですが、肝心の、王太子殿下のお心をとらえるほうにはいま、暗雲が立ち込めております。
「……王太子殿下のお妃の選定はどうなっていらっしゃるの?」
「少しずつ協議は続いているかたちですなぁ。
我々はもちろんマレーナ様を推しておりますが。なかなかに他の候補の方が強く、難儀しております」
他の強い候補というのは、カサンドラ・フォルクスも入っているのでしょうか?
いえ、さすがに良識がおありになる殿方なら、カサンドラは王妃としてはあり得ないと判断されますわよね?
「では、やはり、重臣の皆様による選定ではなく、王太子殿下ご自身に選んでいただく必要があるのですわね。
それにしても、近頃はまったく殿下にお会いできないのですけれども、王宮の執務領域からまったくお出にならないのかしら?」
最近のわたくしは、学園が終わればすぐに王宮に行き、あちこち、殿下が立ち寄られそうな場所を回ったのです。
……王宮図書館、庭園、噴水、馬場……。しかし、ずっと王太子殿下を見つけられずにおりました。
国を離れる前に、終えられるだけお仕事を終えて出ようとされているのでしょうか。
このままではわたくしの存在を王太子殿下にアピールできないまま、どんどんギアン様との既成事実が積み上がってしまう。
あの替え玉は、わたくしとそっくり同じように振る舞いながら、なぜかギアン様の好感度がぐいぐいと上がっているのです。
「そんなことは……公務と同時に王太子教育も受けていらっしゃいます。お食事の時間もございますし、王宮から出られることも」
(……だとしたら、わたくしが避けられている……まさか?)
あるいは……。
「以前のように、王太子殿下のスケジュールを教えていただくことはできませんの?」
「それが……殿下の身辺警護の強化ということで、以前よりも殿下の一日のスケジュールを把握する者が限られているのです。
そしてつい最近また、情報統制が強化され……」
きっとカサンドラのせいですわ。わたくしは唇を噛みました。
やはりあの女は、王妃の座を狙っているのです。
「いずれにせよ、王太子殿下は、王立学園の卒業式にお出になったあと、間もなく国を立たれます。
どうぞマレーナ様におかれましては、それまでに殿下との仲をお深めになるきっかけを掴まれますよう」
「…………承知しておりますわ」
わたくしはうなずき、そして、卒業式の謝恩パーティーのことに思いを馳せました。
◇ ◇ ◇
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