9 / 71
第一章
美しい変化(8)
しおりを挟む「ねえ、そのお面、大人の私から見ても不気味だもの。ましてやアケルのような子どもには、恐怖以外のなにものでもないと思うの。他に、もっとなにかわいらしいお面はなかったの?」
「残念ながら、これ以外にはなにもございません……」
「うーん、困ったわねぇ……」
すると、アケルが私のズボンを引っ張り、耳を貸してほしそうなポーズをして小声で呼んだ。
「ねぇねぇ……」
「ん? どうしたの?」
私が腰を屈めると、アケルが耳元でゴニョゴニョと囁いた。
「あのおじさんのお面に、かわいいのをいっぱい描いたらこわくなくなるかも」
「あはは、それ面白いね。でも……」
――そんなことさせてくれるかな? それなりに高級そうな仮面だし……。
はたしてアケルのこの思い付きが叶うか否か、疑問に思いながら支配人を伺うと、彼は、「なにか打開策でも!?」といった様子で身を乗り出してくる。
「ねぇケルビムさん。あなたのそのお面に、私たちでデコレーションさせてくれない? そうすればきっとアケルも、あなたのこと怖がらないと思うの」
「なんとそのような! それは素晴らしいお考えです!」
男は手を打つと、素早くスペアの仮面を取り出しさっそくアケルに手渡した。――いいんだ……。さすがにプライドもあるだろうしそこまでは無理かと思ったのに、意外にもすんなり受け入れてくれたことに驚く。
「……ところでさっきから、台帳とかあれこれ取り出してるけどどこから荷物が出てくるの?」
「わたくしのスーツの背中部分にはカンガルーのようなポケットがございます」
仮面の男はにっこりと笑――ったりはしなかったけれど、機嫌のよい声でそう言うと今度はクレヨンを取り出した。なんだか有名な猫型ロボットを思い出す。
「かわいいの、描く!」
アケルはクレヨンを受け取ると座り込み、スペアのお面にぐりぐりと絵を描き始めた。お姫様とか、お花とか、なにかよくわからない動物の絵とか、流れ星などを所狭しと描いていく。
「るったらた~♪ るったった~♪ るったらったった♪」
ご機嫌に口ずさみながら、お面を塗り潰していくアケルの姿がとてもかわいらしい。
仮面の男は手にいつの間にか手拭きのようなものを持って、少し離れたところに立ち、じっと待ち遠しそうに眺めていた。
姿勢だけは、やはりさすがホテルマンといった感じで直立不動だ。
応援ありがとうございます!
50
お気に入りに追加
21
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる