ホテルエデン

虹乃ノラン

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第一章

美しい変化(8)

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「ねえ、そのお面、大人の私から見ても不気味だもの。ましてやアケルのような子どもには、恐怖以外のなにものでもないと思うの。他に、もっとなにかわいらしいお面はなかったの?」
「残念ながら、これ以外にはなにもございません……」
「うーん、困ったわねぇ……」
 すると、アケルが私のズボンを引っ張り、耳を貸してほしそうなポーズをして小声で呼んだ。
「ねぇねぇ……」
「ん? どうしたの?」
 私が腰を屈めると、アケルが耳元でゴニョゴニョと囁いた。
「あのおじさんのお面に、かわいいのをいっぱい描いたらこわくなくなるかも」
「あはは、それ面白いね。でも……」
 ――そんなことさせてくれるかな? それなりに高級そうな仮面だし……。
 はたしてアケルのこの思い付きが叶うか否か、疑問に思いながら支配人を伺うと、彼は、「なにか打開策でも!?」といった様子で身を乗り出してくる。
「ねぇケルビムさん。あなたのそのお面に、私たちでデコレーションさせてくれない? そうすればきっとアケルも、あなたのこと怖がらないと思うの」
「なんとそのような! それは素晴らしいお考えです!」
 男は手を打つと、素早くスペアの仮面を取り出しさっそくアケルに手渡した。――いいんだ……。さすがにプライドもあるだろうしそこまでは無理かと思ったのに、意外にもすんなり受け入れてくれたことに驚く。
「……ところでさっきから、台帳とかあれこれ取り出してるけどどこから荷物が出てくるの?」
「わたくしのスーツの背中部分にはカンガルーのようなポケットがございます」
 仮面の男はにっこりと笑――ったりはしなかったけれど、機嫌のよい声でそう言うと今度はクレヨンを取り出した。なんだか有名な猫型ロボットを思い出す。
「かわいいの、描く!」
 アケルはクレヨンを受け取ると座り込み、スペアのお面にぐりぐりと絵を描き始めた。お姫様とか、お花とか、なにかよくわからない動物の絵とか、流れ星などを所狭しと描いていく。
「るったらた~♪ るったった~♪ るったらったった♪」
 ご機嫌に口ずさみながら、お面を塗り潰していくアケルの姿がとてもかわいらしい。
 仮面の男は手にいつの間にか手拭きのようなものを持って、少し離れたところに立ち、じっと待ち遠しそうに眺めていた。
 姿勢だけは、やはりさすがホテルマンといった感じで直立不動だ。
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