時間泥棒

虹乃ノラン

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第七章

天川の行方不明事件(1)

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「ただいま」
「あら千斗、おかえり」
 自宅に戻ると、いつもより元気のない僕に気づいて、お母さんが心配そうな顔をした。だけど、くつを脱ぎながら黙っている僕に、それ以上話しかけてはこない。
 今のままでは、僕たちはスカーフェイスを捕まえるどころか、その姿さえ見つけるのは難しい。町での手がかりと言えば、決まって救急車のサイレンだけ。その音を頼りにあいつを追うわけだけど、ウーウーうなる救急車が現場に到着するまで、親切にスカーフェイスが僕たちを待っているはずもない。
 もし、本気でスカーフェイスを捕まえるなら、あいつが被害を起こす前に先回りするしか方法はない。じゃあどうやって先回りすればいいんだろう? 次はどこに現れる? スカーフェイスの被害にあっているのは黄道区全域だ。やつが現れるすべての場所を特定できないにしても、たとえばどこか、この町の一か所にしぼって待ち伏せすれば、必ずいつかは現れるんじゃないだろうか……。
 僕の考えが少しずつまとまり始めたとき、お父さんが仕事から帰ってきた。
「ただいまー」
 玄関からお父さんの声がして、僕は「おかえり!」とお父さんを出迎える。
 僕の少しだけ元気になった声を聞いたお母さんは安心したのか、台所から明るい声で伝えてきた。
「千斗ー、お父さんと一緒に手を洗ってテーブルに着いて。すぐにご飯よ」
 お父さんは仕事で疲れているみたいだったけど、僕の顔を見ると、「おお、千斗もお疲れさん! 今日もいい匂いだな。なんだろう」と僕の頭をガシガシとやった。ネクタイを外したお父さんと、僕がそろって洗面所で手を洗い、テーブルに戻ると、お母さんが湯気のホクホクたつお皿を沢山並べていく。
「お! コロッケか! なあ、ところで今日も、居眠り運転の事故だって!」
 椅子に座ったお父さんは、両手を楽しそうにこすりながら、お母さん得意の団子コロッケを一目見るなりそう言った。
「え、また? 最近本当に多いわね」
 団子コロッケは、お母さんの得意料理というか、お父さんの好物で、小さな丸いコロッケをうずらの串あげみたいに、三つずつ串にさしてある。中身はお楽しみで、だいたいいつもかぼちゃとかコーンとか、たまにはアボカドなんてのも。お父さんは、くじでも引くみたいなこんなお茶目なメニューが大好きだ。もちろん僕も、気に入ってるんだけどね。
「また、あなたが現場に居合わせたの?」
「違うよ、たまたま営業に出ていた会社の若い社員が、見かけたらしいんだ。蛇行運転しながら、一台の車がすごいスピードで民家の壁につっこんでいったんだってさ」
「あらあ……。今日の事故はどこだったの?」
 僕は二人の話を黙って聞いていた。だってこの事故は、間違いなくスカーフェイスが一枚かんでると思ったから。
「たしか……天秤池町の天川方面だと言ってたな……」
 僕はとうとう黙っていられなくなり、思わずお父さんに聞いた。
「ねえ、お父さん! それは何時頃だったか聞いた?」
「ん? 千斗も興味あるのか?」
 お父さんは、そのときの様子を思い出すように、天井を見上げた。
「たしか……山本君が帰社してその話を聞いたのが、五時三〇分ぐらいだったから……そうだな、四時三〇分から五時ぐらいの間じゃないかな? お! 今日は新作か⁉ これ枝豆じゃないか! ねえ、ビールある? お母さん」
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