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キッド

SOULD OUTにご注意(2)

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――プレゼントを持って、新しくなったキッドの家に行く。

(戦う準備は良いわ)

 あたしの今の気持ちは、戦前。鎧に身を包み、第六天魔王キッドに戦いを挑むのだ。

(大丈夫よ! 今年は逃げない! 絶対に逃げないんだから!!)

 ぐっと紙袋を握り、クリスマスリースが飾られた扉をノックする。しばらくすると、がちゃりと扉が開けられた。

「おや」
「あ」

 グレーのニットを着こなしたソフィアがドアノブを掴んでいる。そして、目に映るのは豊満で形のいい胸。

(うぐっ! いつ見ても羨ましい……!)

 ぷわぷわなおっぱいしやがって! 畜生! 主張強く見せびらかして下品な女ね! 恥を知れ! しかし、そんなあたしの思いも知らない目の前の女は、輝かしいほどの笑顔を見せてくる。

「……こんにちは。テリー」
「……ん」
「……そっか。君もいるんだね」
「……ええ。……まあ、呼ばれたから…」

 というか、

「あんたもいるのね」
「くすす。私もキッド殿下の部下だからね」

 ソフィアが美しく微笑む。

(前まで怪盗だったとは思えないわね)

女だったなんて。

(てめえがあたしを騙したこと、あたしはまだ許してないからね!!)

それと、その巨乳、少しは分けなさいよ!!

ぎりぎり睨むあたしを見て、ソフィアが眉をひそめた。

「……もしかして、これはキッド殿下が与えてくれたチャンスかな?」
「あ?」
「このパーティーで、もっとテリーと仲良くなれという、あの人なりの気遣いかもしれない」

 そっと、手を握られる。

「ねえ、テリー。パーティーの後、時間ある? キッド殿下を祝い終わったら、今度は私の部屋で私とお祝いしよう」

 私と君が出会えた奇跡を祝うんだ。

「うん。それがいい」

 ソフィアが頷く。

「そうさ、それがいい」

 もっと手を握られる。

「テリー」
「へっ?」

 そっと顔が近づき、

「私と、恋をしよう」
「ちょ!?」
「怖がることはない」

 さあ。

「テリー……」

 金の瞳が光る。くらりと目眩がする。

「あっ……」
「ふふっ。その顔も、可愛いよ。テリー」

 唇に、ソフィアの唇が近づいてきて――。

「だめーーーーーー!!」

 ソフィアの背中に、リトルルビィが頭突きをかました。

「うぐっ!」

 ソフィアが痛みに唸った。あたしの手を離し、振り向き、リトルルビィの姿を確認すると、リトルルビィがむすっとソフィアを睨んでいた。

「だめなんだから! テリーは私と結婚するんだから!」
「何言ってるの? リトルルビィ。テリーは私と結婚するんだよ? 私の、永遠の伴侶になるんだ」
「違うもん! 違うもん! テリーは、私のお嫁さんになるんだもん!!」
「あはは。可愛いね。リトルルビィは。でも、駄目だよ。テリーの心は私のものだから」
「違うもん!! 違うもん!! テリーは私のおでこにキスしたんだもん! だから、テリーの心は私にあるんだもん!!」
「おでこにキス? ふふっ」

 ちゅ。と、ソフィアがリトルルビィの額にキスを落とした。

「ぎゃああああああああ!!!」

 リトルルビィが目を見開いて、全力の悲鳴を上げる。ぎろりとソフィアを睨み、五歩、ソフィアから離れる。

「貴様、よくも!!」

 リトルルビィの目が充血し、歯を光らせ、構える。

「なーに? リトルルビィ。私を相手に吸血でもするつもり?」

 ソフィアが余裕の笑みを浮かべたまま、金の瞳を光らせる。リトルルビィと目が合う。お互いに、睨み合う。

「ソフィア!」
「ルビィ!」
「はい、ストップ!!」

 ぱんぱん! と手を叩く音が聞こえる。ひょこりと外から顔を覗かせると、奥にキッドがうんざりした顔で二人を見ていた。

「何やってるんだ。二人とも」

 じとっと二人を見れば、ソフィアがくすすっと笑い、リトルルビィはむくれた。

「むーーーう!!」
「むくれない。外にお客さんいるんだろ? ……あれ」

 あたしの姿を見て、キッドが微笑んだ。

「なんだ。テリーか」

 なんてことのない反応に、こっちが、がくっと拍子抜けしてしまいそうになる。

(なっ!)

 何よ、この反応!? このテリー様が、わざわざお前のために出向いてやったというのに! はーーーー! これだから王族は!!

ふんっと鼻を鳴らして、キッドを睨む。

「なんだ、って何よ。帰るわよ」
「あはは。久しぶりの挨拶がそれなの?」
「あんたも似たようなものでしょう! ふんっ!」
「早く入っておいでよ。いつまでも扉開けておくと寒くなっちゃうしさ」

 それと、

「お前らはこっちにこい。お仕置きだ」

 キッドが笑顔で、ソフィアとリトルルビィに言う。

「むーーーう!」
「くすす。やってしまいましたね」

 ぞろぞろと家の奥に歩いていく二人。キッドがそれを確認して、あたしに振り向き、また微笑んだ。

「ほら、早く入っておいで」
「ええ」

 頷いて扉を閉めて、キッドの家に入る。

 中にはキッドのお手伝いさん、もとい、部下達がぎゅうぎゅうで待機していた。ジェフもいる。ビリーもいる。紹介所の職員の一部もいる。兵士もいる。

「痛い!」
「ひゃっ!」

 無表情のキッドからお仕置きのデコピンを食らい、リトルルビィとソフィアが悲鳴を上げて、額を撫でた。

「キッドのデコピン痛いから嫌い!」
「お前達が玄関前で暴れてるからだ」
「くすすっ。キッド殿下、お若いのに指の力もお強いんですね。いやらしい」
「何がいやらしいだ。お前の笑顔の方がいやらしいよ」
「おや、キッド殿下、まさか、私を夜の相手にお誘いで? くすす。勘弁してください」
「誰がお前なんか誘うか」

 キッドがくるりと振り向く。

「さ、全員揃ったし、始めよう」

 視線を動かし、

「じいや!」

 ビリーが、こほんと、咳ばらいをした。

「えー……では、グラスを持っていただいて」
「テリー様、こちらを」

 見慣れた顔のキッドの部下が、あたしにグラスを渡す。

(あら、オレンジジュース! わかってるじゃない!)

「ありがとう」
「どういたしまして」

 ぱあっと表情を明るくさせると、グラスを渡してきたキッドの部下も微笑んだ。ビリーの声が部屋に響く。

「さて、お集りの皆さん、今日は、キッドのためにありがとう」

 そして、

「我らがキッドの誕生を、毎年の如く、心から祝おうではないか。キッドや、17歳の誕生日、おめでとう」
「ふふっ! いつもありがとう! じいや!」
「では、グラスを持ちまして」

 乾杯!!

「乾杯!」
「キッド様!おめでとうございます!」
「キッド様万歳!」
「キッド様永遠に!!」

 みんなが声をあげる中、リトルルビィも声をあげる。

「おめでとう! キッド!」

 みんなが声をあげる中、ソフィアが声をあげる。

「おめでとうございます。我らの尊き殿下」

 みんなが声をあげる中、ジェフが声をあげる。

「おめでとうございますうううううう! キッド様あああああああ!!!」
「ちょっと、あなたったら、もうやめてちょうだい。恥ずかしいわ」
「あっはっはっはっ! 毎年いい気分だ!」

 ジェフと彼の妻のやりとりにキッドが笑い、手に持つグラスを口に傾ける。あたしも少し離れたところから、オレンジジュースを飲む。

(うん。今年も美味しい)

 ちらっと見れば、みんなに声をかけられ喜ぶキッドの姿。毎年のことなのに、そのたびに違う笑顔を浮かべている。心から嬉しそう。

(17歳か)

 あたしの運命が、がらっと変わった年齢。

(あたしが怖いと思っている年齢)

 17歳。

(良い思い出が無いわね)

 舞踏会に行って、リオン様に駆け寄った。リオン様、と可愛い声をあげて。――彼は、あたしを見ない。見つめる先には、

 ――メニーがいる。

「……」

 いや、

(もう、どうでも良いことよ)

 ごくりと、オレンジジュースを飲む。

「美味……」

 ビリーの育てた果物から作られたものだろうか。

(今年も美味しい)

 微笑むと、

「テリー! テリー!」

 リトルルビィが、あたしの正面に来て、微笑む。

「ケーキ!」

 手には、半分ずつに切り分けられたケーキを乗せた紙皿を持っている。

「一緒に食べよう!」
「……もう、しょうがない子ね」

 微笑んで、渡されたフォークでそのケーキをリトルルビィとつまんで食べる。こんな食べ方をしたら、本来はママから怒られるけれど。

(ここにママはいない)

 ここは、唯一、お行儀悪くしても、許される場所だ。だから心地好いのだ。

「ねえ、テリー、明日のお昼って用事ある?」
「うん? 特に用事は無いけど、無理矢理予定を作るつもりよ」

 だってママとアメリは、夜に城で開かれる『キッド殿下の誕生日パーティー』に行く気満々だから。

「あたしね、仮病使って行かないって言おうと思ってて」
「ふふっ! もう髪切らないの?」
「せっかくここまで伸びたのよ。もうごめんだわ」
「私、テリーの短い髪も好きだったよ。も、もちろん! 今の髪型も好き!」
「そう? ありがとう」

 にこっと笑うと、リトルルビィの頬が赤らみ、えへへ、と可愛らしく笑う。そして、ケーキをつまみながら、口を動かす。

「明日、広場でちょっとしたイベントがあるらしくて。良かったら、メニーとテリーと行きたいと思ったんだけど」
「ん? 何それ」
「私も詳しくは知らないんだけど、クリスマス・イベントらしいから、良かったらどう?」
「何時から?」
「13時だったかな。それくらい」
「いいわね。帰ったらメニーも誘ってみる。どうせ暇だし、行きましょうよ」
「え、本当!? いいの?」
「ばかね。あたしがルビィの誘いを断ると思ってるの?」
「え、……えー……」

 リトルルビィが頬を真っ赤に染め、マントの布で顔を隠す。

「じゃ、じゃあ、……待ち合わせは……」

(可愛い反応するわね。リトルルビィ。ああ、メニーじゃなくて、リトルルビィを妹に欲しかったわ)

 リトルルビィと打ち合わせしつつ、オレンジジュースを飲み、グラスをテーブルに置く。そしてあたしのフォークにケーキの苺が刺さる。口に運べば、

(ふぁっ!)

 唾が口の中に溜まっていく。

「……ぐっ……美味……!」
「くすす。そうだね。すごく美味しいね」

 声の方向に振り向くと、微笑むソフィアが立っていた。

「私の分も食べる? テリー」

 そう言って、自分の分のケーキをあたしに見せてくる。あたしは首を傾げた。

「なに? ソフィア、苺嫌いなの?」
「苺は好きだよ」

 そうじゃなくて、

「苺を美味しそうに食べた君があまりにも可愛くて」

 もう一度見たいから、

「ほら、あーんして?」

 フォークに刺さった苺を、笑顔で突き出され、じっと不審な目でソフィアを見上げる。

「な、なによ……。お前、そんなさわやかな笑顔で、何企んでるのよ……」
「くすす。何も企んでないよ」
「わかった! その苺に、デスソースがつけられてるんでしょ! それでからかう気なのね!? あたしわかってるんだから! 残念だったわね! ふん!」

 ぷい! とそっぽを向く。

「あたしに構う暇があるなら、いい男捕まえれば? ほら、さっきからあのイケメン、ソフィアをチラチラ見てるわよ。良かったわね」
「うーん……。いい男よりも……テリーといたいんだけどな」

 くすすっと、また笑う。

「たかが苺の一個で、何も企んでないよ。ほら、素直にあーんして?」
「……あとで返せって言っても吐き出せないわよ」
「君の嘔吐したものは流石に受け取らないよ」
「……じゃあ」

 遠慮なく。

「あー」

 ん。

 ぱくっと食べる。苺の甘さとすっぱさが、ふんわりと口の中に広がる。

「っ」

少しだけ、口角が上がる。

「……びみ……」

呟いた途端、リトルルビィが目を見開き、息を呑んだ。

「っ!!!!!!!!」
「……」

 ソフィアは笑顔のまま、無言であたしの頭を撫でた。

「ひゃっ、ちょ、……びっくりした。いきなり何よ?」
「……だって、……撫でたくなったから」
「……は? 意味わかんない」
「テリー!」

 リトルルビィが苺の残った皿をあたしに差し出す。

「私の分も、食べていいよ!」
「ばか言わないの。リトルルビィ。最後の苺はあんたが食べなさい」
「テリー食べて!」
「あんた、苺なんて滅多に食べれないでしょう。ほら、食べていいから」
「むううう……」
「……なんで拗ねてるの?」

 人の親切心は受け取るべきよ。リトルルビィ。

「ほら、いいのよ。食べなさいな」
「むう……!」
「もう、いつまで経っても仕方ない子ね。あんたは……」

 これならどうだ。

「あーんして。リトルルビィ」

 苺をフォークに刺して、リトルルビィに差し出すと、リトルルビィが目を見開く。

「へっ!」
「っ!!!」

 ソフィアの目がぎょっと丸くなる。

「て、テリー! あの、遠慮せず! いただきます!」

 ぱくっと口に入れて、苺を噛みながら、リトルルビィの表情をみるみる緩んでいく。美味しいのだろうと、誰が見てもわかる顔。

「美味しい?」
「……うん……!」
「そうよね。美味しいのよ」

 ビリーが選んだのだろうか。いつにも増して甘くて美味しい気がする。

「あんたの誕生日にも、これくらい美味しいやつ、プレゼントしてあげるわ。リトルルビィ」
「う、うん、あの、私……」

 リトルルビィが、輝く瞳であたしを見上げる。

「私の誕生日ケーキ、テリーに、あーんしたい!」
「あんたは何を言ってるのよ」
「テリー」

 横からソフィアが声をかけてくる。顔を向けると、ソフィアもきらきらと目を輝かせて、あたしの顔を覗き込んだ。

「私も、テリーにあーんってしてほしいな?」
「あんたはいい年こいて何言ってるのよ」
「まだ23歳だよ」
「ほざけ。そんなこと言ってたら、あっという間に30歳になるんだから」
「リトルルビィ、ケーキのおかわりを持ってこようじゃないか」
「無視かい」
「賛成!」

 ソフィアとリトルルビィが目を合わせて、こくりと頷く。二人とも、あたしに顔を向けた。リトルルビィの赤い瞳があたしを見つめる。

「テリー、ここにいてね?」
「ん? うん。いるわよ」

 頷くと、ソフィアがくすすっと笑って、キッチンの方を見る。

「ケーキはまだあったはず」
「まだまだあったはずよ!」
「行こう。リトルルビィ」
「うん!」

 二人で仲良く歩いていく。

(仲が良いのか悪いのか……)

 その背中はまるで親子。……親子は言いすぎかしら? 姉妹みたい。
 二人がいなくなって、また周りを見渡す。今年も、みんなが楽しそうに談笑して、笑っている。

(いつもと同じ通り、いい感じのパーティーじゃない)

 王子と名乗って、もう城下町の家では誕生日パーティーをしないと思ってたけど。

(……今年も、なかなか悪くないんじゃない?)

 そう思ってオレンジジュースを飲めば、

「テリー」

 とんとん、と肩を叩かれて振り向く。キッドが微笑んでいる。

「ん」

 瞬きをする。

「何?」

 訊けば、キッドがくすっと笑った。

「何って、酷いなあ」

 お前からだけ、まだ聞いてないよ。

「俺に言うことは?」
「ああ」

 思い出したように声を出して、あえて、大袈裟にお辞儀する。

「キッド殿下、お誕生日おめでとうございます」
「殿下って言うな」
「本当のことでしょう」
「お前は呼ぶな」
「マナーなんだから仕方ないでしょう」
「今はプライベート」
「屁理屈」
「何とでも」

 それよりも、

「プレゼントは?」

 にやっと笑うキッドの顔を見て、あたしも、にやりと笑う。

「ちゃんと持ってきたわよ。今年は、とびっきりのやつをね!」

 そうだ、とびっきりだ。何て言ったって、――婚約を解消してしまいたくなるような、とびっきりの代物なのだから!!!

「へえ、そいつは楽しみだ」

 キッドが『とびっきり』に惹かれて、くつくつ笑う。

「よし、じゃあ見せてもらおうか」
「えっと!」

 紙袋を差し出そうとすれば、

「ここじゃない」
「ん?」
「俺の部屋で」

 きょとんと、微笑むキッドを見上げる。

「何よ。またいつもの部屋で手渡し?」
「そうだよ。なんて言ったって、婚約者からのプレゼントだからね」
「いいじゃない、ここで。さっきもみんなから貰ってたでしょ」
「駄目。お前からは部屋がいい」
「ふんっ! んなこと言って、後悔しても知らないわよ!」
「望むところだ」

 悪戯な笑みを見せるキッドを見て、どこか、胸をなでおろしている自分がいた。

(……なんだ)

 いつも通りのキッドだ。

(二ヶ月前に会った時、色々あったから)


 ――テリー、好きだよ。

 ――俺を好きになって?


(ちょっと気まずかった気が、したのだけど)

 そんなことなかった。キッドは、いつも通り、胡散臭い笑みを浮かべている。

(いつものキッドだ)

「ほら、それ持って、行こうよ」

 キッドが微笑んだままあたしの左手を掴み、ぎゅうぎゅうの人だかりをかき分けて進む。みんな、楽しそうに談話して、時々キッドに、また、おめでとうございますと声をかけ、笑う。キッドも嬉しそうに笑みを零す。

(……この光景好き。キッドの誕生日は、みんなが笑ってる)

 だから、この日の、この家は、居心地が好い。

(あ、リトルルビィと、ソフィア。……まあ、いいか)

 二人で、仲良くおかわりのケーキを食べればいいわ。

(苺、……甘かったな)

 そんなことを考えながら、階段を上って、キッドが部屋の扉を開ける。

「ほら、レディ・ファースト。入って、入って」
「……そんなこと言って、また変な仕掛けがあるんじゃないでしょうね」

 じっと睨むと、キッドがくくっと笑う。

「さあ、どうかな? 天井からタライが落ちてくるかもよ?」
「そんな部屋にあたしを入れようっての!? なんてひどい奴なの!? お前、最低よ!!」
「冗談だよ。ほら、早く入って」
「何もないでしょうね!?」
「ないよ」
「本当でしょうね!」
「信用ないなあ」
「当たり前でしょう! 今までお前があたしにしてきたこと、思い返してみなさいよ!!」

 そろりそろりと、キッドの部屋に入る。そしてすぐに、上、下、横を見回す。

(罠は?)

 無い。

(タライは?)

 無い。

(ベッドチェック!)

 何も無い。

(机チェック!)

 何も無い。

(絨毯、壁紙チェック!)

 何も無い。

(棚チェック!)

 本やボードゲームがしまわれている。それだけ。

「……」

(何も無い)

 ほっと、胸をなでおろす。

(何も無いわ)

 さて、

(そういうことであれば、このプレゼントを、突き出すまでよ!! ぐふふふふふふふふふふ!!!)

「キッド! あたしのプレゼントを受け取るがいいわ!」

 満面の笑顔で振り向くと、




 ――がちゃん。



「へっ」
「テリー」


 目の前には、キッド。


(え)

「テリー」

 ぎゅっと、抱きしめられる。

(あれ)

「……テリー……」

 ぎゅううううっと、抱きしめられる。

(あれ?)

「テリー……!」

 ぎゅうううううううううううううううううううううううううううううう、っと、抱きしめられる。

(?????????????????????)

 キッドの乱れた呼吸に、熱い体に、あたしの目が点になる。

「……えっと……」
「あぁ……」

 テリー。

「テリーの声だ」

 テリー。

「テリーの匂い」

 ん。

「あれ、この匂い……」

 くくっ。

「……テリー」

 テリー。

「……テリーがいる」

 テリー。

「……テリー……」

 ぎゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。

(ぐ、ぐるしい……!! ぶ、ぶちゅって、潰される! あたし、潰されちゃうんだわ!)

「き、キッド、ちょ……!」
「駄目だよ。離さない」
「くる、苦しい!」
「俺も苦しい。心臓が、何よりも苦しいんだ。だから、……もっとくっつこう?」
「そ、そんなに引っ付かれたら、プレゼント、渡せないんだけど!」
「そんなの、あとでいい」
「そんなのって、あんた! 人が丹精込めて選んだプレゼントを!!」
「テリー以上のプレゼントなんてあるかっ!!!!!!!」

 キッドが息を深く吸い込んで、

「はぁ……」

 大きく、息が漏れた。

「……テリー……」

 低い、熱い声が、耳に向かって囁かれる。

「俺が、……どれだけ、お前に会いたかったことか……」

 頭をそっと撫でられ、キッドの手があたしの頭に乗った。

「んっ」
「テリー……」

 ――ちゅ。

 あたしの髪の毛が、形のいい唇にキスされる。

「ちょ」

 驚いて、ぐっ、と肩を押すけれど、びくともしない。

「んんっ……」

 唸ると、もっと抱きしめられた。

「うううううっ……」
「ねえ、テリー」

 また耳元で、囁かれる。

「俺、仕事頑張ったんだ。町中に俺がいたでしょ?」

 あたしはうんざりして頷く。

「町中なんてどころじゃない。至る所にあんたの顔があって、めちゃくちゃ不愉快だった」
「お前が寂しくならないように、俺、色んな広告の案件に携わったんだ。そうすれば、俺の顔見れるだろ? 寂しくないだろ?」
「寂しいとかの問題じゃなくて、そういうことじゃなくて、本当にしつこいくらいあんたの顔があって、嫌だったわよ! あたしが何度俯いて町を歩いたことか!!」
「俯いたの?」

 ……ああ、そっか。

「俺に見られてる気がしたんだ?」
「そうよ! 監視されてる気分よ!」
「そっか」

 嫌でも、俺を感じ取れたわけだ。

「狙い通り」

 計算通り。

「これで浮気も出来ない」

 だって、いつだってお前を見ているんだから。

「二ヶ月でここまでやってのけたんだ」

 俺、頑張ったよ。

「ねえ、偉いでしょ」

 俺、すごいでしょ。

「ご褒美、ちょうだい?」

 ――!!!!!????

 ぴくっと、目が痙攣した。

「な、何の話?」
「ご褒美」
「な、何に対してのご褒美よ!?」
「俺が頑張ったから。ご褒美」
「な、なんで、なんであたしが……!?」
「俺が欲しいから」

 怪盗だって捕まえたのに、結局ご褒美なしだ。

「だから、俺、王子として頑張ったから」

 そろそろ、いい加減にご褒美ちょうだい。

「あたし以外から貰えばいいじゃない。……ミスター・ビリーとか……。……そっちの方が、好きなもの買ってくれるんじゃないの?」
「そんなのいらない」

 テリーが欲しい。

「テリーが欲しい」

 お前が欲しい。

「テリー」

 また腕の力が強まる。

(……まじで潰される……)

 と思ったら、

(え!?)

 足が浮いた。

(は!?)

 キッドがあたしを抱き締めながら、ひょいと、腕にあたしを抱え出した。

(こ、この怪力野郎!)

 そして、

「あっ」

 ぽーい、と投げられる。ぽふっ。

「わっ」

 ベッドに倒れた衝撃で、プレゼントの袋がベッドの端に投げられた。

(しまった。プレゼントが……)

 腕を伸ばすが、ぎしっとベッドがきしむ音を聞いて、はっと振り返る。それどころじゃない。

(これ、前にも同じ経験が!)

「テリー……」

 鋭い視線で、獲物を見る目であたしを見下ろすキッドが、膝からベッドに乗り込む。

「……」

 ぎぃっ、と、ベッドがまたきしむ。

「き、キッド、落ち着いて! 話せばわかっ!」

 目を見開いて顔を青ざめるあたしの上にキッドが覆いかぶさり、一緒に体をベッドに沈ませた。

「わぷっ!」
「テリー……」

 唇が近づく。

「待ってーーー!!」

 ぐーーーーっと肩を押して、必死に口を動かす。

「プレゼント! プレゼントを渡しに来たのよ!」

 それに!

「何しようとしてるのよ! このスケベ野郎!」
「……何って」

 決まってるだろ?

「キス」

 口付け。

「だって、俺、頑張ったもん」

 久しぶりに会ったお前と顔を合わせた瞬間、抱きしめたいのを我慢して、ぐっと拳を握って、それを隠して平然を装った。

「我慢したよ」

 部下にオレンジジュースを渡されて、微笑むお前の手を掴むことに堪えた。

「我慢したよ」

 ソフィアとリトルルビィと、楽しそうに会話するお前達の間に割り込まないよう、会話の邪魔をしないよう、愛を囁かないよう堪えた。

「それに」

 なんて顔してたの。

「苺、……甘かったんだな」

 よっぽど、美味しかったんだろうな。

「あんな笑い方するなんて」

 表情が緩んだテリーの顔は、見惚れるくらい可愛かった。

「あの顔を見せるのは、俺だけにして」

 嫌だよ。

「俺にしか、あーんって、しちゃだめ」

 されちゃだめ。

「お前は俺の婚約者なんだから」

 あいつらのものじゃなくて、

「俺のもの」

 だめ。

「テリー」

 だめだよ。

「俺だけしか見ちゃだめ」

 言ってるのに。

「隙だらけ」

 やっぱり、俺が側にいないとだめみたいだ。

「だから、隙をなくすために」

 俺の匂いをつけないと。

「テリーに」

 口付けしないと。

「テリー」

 キッドが熱い瞳で、あたしを見つめてくる。

「キスしたい」

 それがご褒美。

「キス、しよ?」

 それがご褒美。

「ね? テリー」

 キス。
 口付け。

「お前の唇にくっつきたい」

 甘い空気を利用して、誘惑してくるような、その熱い瞳があたしに近づく。距離が縮まって、どんどん近づいて、唇が重なる――寸前に、あたしが、その口を手で押さえた。ふにっと、キッドの唇が、あたしの手のひらにくっつく。

「ん」

 キッドが、きょとんとして、あたしをじっと睨む。

「……テリー」

 無駄なあがきはするものじゃない。

「大人しく、キスさせて」
「そ、その前に! その前に!!」

 指を差す。その先には、プレゼントが入った紙袋。

「先に開けて!」
「あとでいいよ。今は、お前とキスがしたい」

 そう言って目もくれないキッドを、あたしが睨んだ。

「せ、せっかくあたしが選んだのに見ないっての!?」
「ちゃんと見るよ。お前とキスをしてからね」
「だっ、キ、だ、だめ! 先に見て! プレゼント!」

(そうすれば、この状況も打開できるはず! キッドが呆れて、あたしをとんでもない女だと思い、キスもしたくなくなるはず!)

「だ、だめ? ……見てくれないの……?」

 不安げな目で見上げ、泣きそうな声で言うと、キッドの目がぴくりと揺れた。

「……」

 黙り込み、ちらっと紙袋を見て、あたしを見て、ぐっと唇を噛んで、

「テリーさ、わかってやってる? だとしたら悪い女の子だね。お前」
「な、何よ……。……見てって言ってるのに見ないからでしょ……」

 頬を膨らませながら、ふいっとそっぽを向けば、キッドがくすりと笑った。

「……そんな顔されたら、断れないだろ?」

 キッドが体を起こす。あたしから離れた。体が、少しだけ、ほんの少しだけ、寂しくなる。

 ――寂しくなる?

(別に寂しくないけど? は? 冬だから寒いだけよ。ああ、寒い寒い)

「ほら、今年はどんなものを用意してくれたの? 俺にちょうだい? テリー」

(……第一関門はクリアよ!)

 キッドが離れたのを良いことに、あたしは急いで体を起こし、紙袋を差し出す。

「ふふっ! 受け取りなさい! キッド!」

 それと、

「17歳の誕生日おめでとう!」

 最後くらい笑顔で言ってあげるわ。感謝してね! えっへん!

「うん。ありがとう。テリー。……大好きだよ」

 ――ちゅ。

 頬にキスをされ、即座に離れる。

「……っ!」
「あはは! さて、とびっきりなんだっけ? どれどれ? 期待して開けてみようじゃないか」

 紙袋から包みを出して、またいつものように乱暴にビリビリと破いていく。どんどん包んでいた箱が見えてくる。

「ん? 箱?」

 ぱかっと開ければ、中にあるのは、セールで安くなってた香水。

(見たあああああああああ!!)

 ぱああああっと、あたしの表情も明るくなる。

(さあ、売れ残ってたテリーの花の香水!)
(どうだぁー! キッドぉー! 安物で売れ残りの、こ、う、す、い!)
(ぐひひひひひひっ!!)
(王子の俺にこんなもの渡すなんてと、怒り狂うがいい!)
(重たい女の子は嫌いなんだと、喚くがいい!)
(運命の相手は違ったと、自覚するがいい!)
(おっほっほっほっほ!)
(おーーーーーーほっほっほっほっほっほっほっ!!)

「テリー、……これ……」

 キッドがプレゼントを見て、静かに俯いた。あたしはにんまりと微笑む。

「キッドのために選んだのよ。喜んでくれると思って。ね? どう? とびっきりすぎて、驚いたでしょ?」

(ぐふふふふふふふふ! どうだ! どうだ!! ざまあみろ! キッド!! どんな顔しているかわかるんだから! 残念がって、ええええ、今年はこれなのー? ぼくちゃん、やぁだぁーーーって、わがままにごねる顔になっているに違いない! どうだーーーー? どうだーーーー? えええええ? どうだ、キッドーー? ざまあああみろおおおお!!! あんたの婚約者は、あんたに、誰よりも失礼なプレゼントを、売れ残った、しかも、超売れ残ってた、値引きされた、人気のないテリーの花の香水を贈る女なのよ! さーあ? どうだぁ? ええ? どうしてくれるんだー? クソガキーーー?)

 にたにたと、にやにやと、その表情がどんな表情か、これからどんな風に婚約を解消してくれるのかを想像して、にやけて、口角を上げて、これで解放されるぞと期待して、キッドを見ていると、


 ――キッドが、くすっと、笑った。

「テリー」

 キッドが口角を上げる。

「うん。驚いた。お前」





「……そんなに俺を、独占したかったなんて……」






「え?」

 きょとーん。と瞬き三回。キッドは顔を上げて、それは、それはそれは、とても嬉しそうな、もどかしそうな、でも、やっぱり嬉しそうな笑顔を、あたしに向けた。

「だって、恋人に香水を贈るのって……」

 もっと、側に近づいて、あなたを独占したいって意味だろ?



「……な」

 あたしは思わず、硬直した。

「何言ってるの。お前」
「ふふっ」

 キッドは笑う。

「お前が何言ってるの? テリー」

 くすくす、笑う。

「プレゼントを見てって言ったのは、お前だよ」

 ふーん。そう。

「……これを伝えたかったのか……」

 俺を独占したいだって?

「いいよ。テリー」

 テリーならいいよ。

「特別だよ?」

 俺を独占したいだなんて、

「お前だから特別」

 さあ、

「独占して」

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