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トーリが初めてジョゼフから告白されたのは、今から五年前のことになる。
「トーリ! 俺はトーリのことが好きだ。恋人になってくれよ!」
「なーにバカなこと言ってんだよ。それよりおまえ、騎士団に入るって本気か?」
「ああ。入団試験を明日受けるんだ。絶対に合格してみせる。騎士団に入れたら、俺の恋人になってくれよ」
幼い頃から体格のよかったジョゼフは、十五才の時には既にトーリよりも背が高く、近所でも評判になるほど立派な体躯をしてた。
犯罪歴などあるはずもなく身元もはっきりしているし、性格は素直で優しく真面目、なによりやる気に満ちている。運動神経だって良い。
入団試験は合格間違いないと思っていたトーリのカンは当たり、ジョゼフは見事試験に合格してみせた。
平民であるジョゼフは第五騎士団に所属することになる。
子供の頃から師匠について剣術を習う貴族と異なり、平民は剣術の基礎すらできていない者ばかりだ。よって入団後しばらくは騎士見習いとして鍛錬に励むことになる。数年かけて身体を鍛え上げ、剣術や槍術や弓術などの腕を磨き、所属騎士団長に認められることで、やっと正騎士としての称号を得ることができるのだ。
入団したばかりの見習いは雑用をやらされることも多く、忙しくて休みも少ない。それでもジョゼフは時間の許す限りトーリに会いにきた。そして、好きだ恋人になってくれと告白する。
そのたびにトーリはきっぱりと断ってきた。
「嫌だよ、なんで俺なんだよ。おまえモテるじゃないか。花屋のマリーもすみれ食堂のリンダだって、おまえにホレてるって聞いてるよ? 二人ともこの辺りじゃ評判の美人じゃないか」
「俺はトーリが好きだ、他のやつと付き合う気はない。二人からは告白されたけど、とっくの昔に断ってる」
「なんてもったいないことを……」
トーリとジョゼフは五才の年の差があるものの、父親同士が親友だったことから、仲のいい幼馴染として育ってきた。
自分に懐き、いつも後ろからついて回るジョゼフのことを、トーリはとてもかわいがった。靴職人としての修業が本格的に始まるまでは、宿屋の仕事で忙しいカルロとマーラからジョゼフを預かり、食事を与えたり遊んでやったり、時には風呂まで入れてあげるなどして、ずっと面倒をみてきた。
それこそジョゼフがまだ赤ちゃんの頃には、ミルクをあげたこともあるし、オムツだって替えた。子守歌を歌って昼寝をさせたことだって何度もある。
ジョゼフの母、マーラからはいつも感謝されていた。
「ジョゼフはトーリに育ててもらったようなもんだよね。一番最初にしゃべった言葉がトーリの名前だったくらいだし。ホント、ありがとね、トーリ」
「お礼なんていらないよ。俺だってジョゼフと遊ぶの楽しいし」
「聞いたかい、ジョゼフ。トーリはあんたと遊ぶの楽しいってさ。よかったねぇ」
「うん、おれもトーリのことだーいすき。おーきくなったらトーリとけっこんする」
ジョゼフはそんなことを笑顔で言って、両家の両親たちをよく笑わせていたものだ。
その後、トーリの職人修行が始まり、一緒にいる時間が減ってしまったが、それでも二人の縁が切れることはなかった。ジョゼフが頻繁に靴屋の工房に遊びにきたからだ。
遊びにきたといっても邪魔はしない。ジョゼフは工房の隅に静かに座ると、水色の瞳をキラキラさせてトーリの修行姿を尊敬の眼差しで見つめていた。
トーリとしても、そこまで懐いてくれるジョゼフのことがかわいくて仕方がなかった。初めて自分だけの力で作った靴がジョゼフの靴だったことからも、トーリがいかにジョゼフをかわいがっていたか分かるというものだ。
十年前、革の仕入れに隣町まで出かけた両親が盗賊に殺された時、悲しみとやるせなさに絶望していたトーリが早く立ち直ることができた一番の理由は、ジョゼフだったのかもしれない。
「大丈夫だよ、俺がずっと一緒にいるから。トーリを独りぼっちにはしないから。これからもずっとずっと大好きだから」
慰めてくれながらも鼻水垂らしてぎゃんぎゃん大泣きするジョゼフを見ていたら、いつまでも悲しんでばかりいないでしっかりしなくては、と、トーリは気持ちを切り替え、前を向くことができたのだった。
しかし。
だからと言って。
トーリにはジョゼフと恋人関係になるつもりなど、微塵もなかったのである。
そりゃ懐かれて嬉しかった。
赤子の頃からオムツを替えるまでして面倒見てきた相手だ。かわいくないわけがない。
しかし、だからと言って恋人になるかというと、話が別だ。
この世の中、同性愛者がいないわけではないが、数は少ない。大抵の人は気にしていない素振りを見せるが、本心ではどうか分からない。中にはあからさまに侮蔑の視線を送り、気色悪いだなんだと罵詈雑言を浴びせるような低俗な人間だっているのだ。
ジョゼフをそんな嫌な目に合わせるのは嫌だった。だからトーリはこの五年間ずっと、告白されても拒絶し続けてきたのである。
ジョゼフはいい男だ。赤髪に水色の瞳は人目を惹く美しさだし、鼻筋の通った顔はかなりの男前だ。気は優しくて力持ちを地でいくような性格をしていて、若い女の子からだけではなく、老若男女問わずに好かれる性格をしている。
それだけではなく、入団してから最低でも五年はかかると言われている正騎士承認試験に、なんと三年で合格するという快挙を達成した。街を巡回した時には悪党小悪党関わらず、片っ端から取っ捕まえて風紀の乱れを正しているらしい。
騎士団の中でも有望株視されていて、いずれは間違いなく騎士爵を賜れるだろうとの呼び声も高いという。それはつまり、一代限りとはいえジョゼフが貴族の仲間入りをすることを意味している。貴族のご令嬢を妻に迎えることも可能だということだ。
そんな男が顔を合わせれば言ってくる。
「俺が好きなのはトーリだけだ。トーリとしか結婚しない。トーリしか欲しくない。なあトーリ、俺の恋人になってくれよ。そして、いずれは結婚して欲しい!」
ダメだと思う。将来貴族にもなれるジョゼフが平民の靴屋、しかも男と結婚するなんて絶対に間違っている。そう思っているのに、ジョゼフの気持ちを嬉しいと思う感情が自分の中にあることに、トーリは気付いていた。
元よりかわいくて仕方がないと思っている相手だ。情だってある。唯一の家族だった両親亡き今、トーリにとってジョゼフ以上に大切な存在はいない。
そんな相手から好きだ好きだと何年も言い続けられた。
そりゃあ絆されもするし、家族愛だって別のものに変わってしまう。つい「じゃあ付き合ってみる?」と口から出そうになることも珍しくない。
宿屋をやっているジョゼフの両親も姉夫婦も、いつも笑顔でこんなことを言う。
「アレはもうどうにもならないわ。気持ちを変えさせるのは絶対に無理。だからトーリ、あんたが嫌じゃなければジョゼフのこともらってやってよ」
「物心ついた頃から口を開けば、トーリトーリだもんねぇ」
「嫌ならぶん殴ってくれていいが、できれば気持ちを受け取ってやってくれねーか」
「トーリに振られたら、一生独身を貫きそうだもんな、あいつ」
そんな風に応援されるものだから、トーリの理性はぐらぐらと揺さ振られてしまうのだ。
ここ数年のトーリは、理性と感情との板挟みで心がひっちゃかめっちゃかになっていて、暇さえあればため息ばかりの毎日を送っていた。
ジョゼフは顔を合わせるたびにトーリに愛を囁く。
騎士としての仕事がどんなに忙しくても、なんとか時間を作って靴屋の工房に顔を出し、好きだ、愛している、付き合ってくれ、恋人になって欲しいと真剣な顔で告白する。
ジョゼフの気持ちが嬉しいのに、それを素直に受け入れられない自分がトーリの中にいる。ジョゼフには自分よりも相応しい相手がいるんじゃないかと、そんな思いを払拭できないからだ。
それが最近は苦しくてたまらない。
実を言えば、もう二年ほど前からトーリはジョゼフを恋愛的な目で見るようになっていた。
会いに来てくれると嬉しいし、体温を感じられるほど傍によるとドキッっと心臓が飛び跳ねる。ジョゼフのことを考えるだけで、心がポカポカ温かくなる。シャワー後に垣間見みえる逞しい肉体に見惚れたことが、もう何度あることか。
もう限界だった。これ以上は自分の気持ちを抑えられない。
だから言ったのだ。
「毎年、各騎士団の中で武術大会行われるだろう? あれで優勝できたら、なんでも好きなものをご褒美にあげるよ」
一緒に食事していた時、突然そんなことを言いだしたトーリに、ジョゼフはなんのことかと怪訝そうな顔をしていた。が、その意味を理解した途端、信じられないような目でトーリを見た。
「本当に? トーリ、今のは本気で言ったのか?!」
赤い顔のトーリはジョゼフを見ず、ナイフで肉を切りながら頷いた。
それを見たジョゼフが歓喜に瞳を輝かせる。
「やった、やっとトーリが俺のものになる!」
「お、おいっ、優勝だぞ? そんな簡単なもんじゃないだろ!」
「あの大会には団長と副団長は参加しないからな。きっとなんとかなる。っていうか、絶対になんとかする。優勝するから、俺に抱かれる用意して待っていろよ、トーリ!」
そんな話をした二ヵ月後に行われた武術大会で、ジョゼフは見事に三位の成績を残した。入団四年目の騎士としては大快挙である。
しかし、当のジョゼフはその結果に満足できず、涙目になって悔しがった。騎士団の仲間たちが引くほど嘆き悲しんだのである。
「くそっ! 来年は、来年こそは絶対に優勝してみせる!」
そこからジョゼフの死に物狂いの努力が始まった。
雨の日も風の日も嵐の日も、これまで以上に鍛錬に励むようになった。素振りの数を増やし、足腰を鍛えるために早朝にランニングをするようになり、恥や外聞を捨てて先輩や上司に教えを請うた。
初めは面倒くさそうにしていた先輩たちも、武術大会で優勝すれば初恋の人が交際してくれると約束してくれた、というジョゼフの話を聞いた途端、驚くほど協力的になってくれたらしい。
「ジョゼフおまえ、モテるくせに女作らないすかした嫌味野郎だと思っていたら、好きな人がいたんだな」
「しかも、物心ついた頃から好きなんだって? え、まだ童貞?! そりゃ頑張らずにはいられないな!」
「正騎士に早くなれたことからしても、おまえには才能がある。基礎はもう十分だから、あと必要なのは経験と、その経験から培われるカンだな」
「それには対戦を数多くこなすしかないな」
「第四騎士団に知り合いがいるから、そっちにも対戦頼んでみるわ」
騎士団の仲間たちの協力のもと、ジョゼフはボロボロになりながらも弱音を吐かず、挫けることなく努力を続けた。
そして、待ちに待った今年の武術大会が、まさに今日だったのである。
トーリとしては、ジョゼフが武術大会で優勝するまでに、少なくとも五年はかかるだろうと思っていた。
その間にジョゼフには他に好きな人ができるかもしれない。
そうなったら、自分は身を引こうとトーリは思っていた。それがジョゼフの幸せのためだと思ったからだ。
けれど、まさか今年優勝するなんて!
雨の中やってきたジョゼフの顔を見た瞬間、トーリにはすぐに分かった。ああ、ジョゼフは優勝を勝ち取ったんだな、と。
驚くよりも、嬉しかった。
もうこれでジョゼフに本当のことが言える。隠していた自分の気持ちをすべてさらけ出せる。好きだと言える。それがトーリにはたまらなく嬉しかった。
「トーリ! 俺はトーリのことが好きだ。恋人になってくれよ!」
「なーにバカなこと言ってんだよ。それよりおまえ、騎士団に入るって本気か?」
「ああ。入団試験を明日受けるんだ。絶対に合格してみせる。騎士団に入れたら、俺の恋人になってくれよ」
幼い頃から体格のよかったジョゼフは、十五才の時には既にトーリよりも背が高く、近所でも評判になるほど立派な体躯をしてた。
犯罪歴などあるはずもなく身元もはっきりしているし、性格は素直で優しく真面目、なによりやる気に満ちている。運動神経だって良い。
入団試験は合格間違いないと思っていたトーリのカンは当たり、ジョゼフは見事試験に合格してみせた。
平民であるジョゼフは第五騎士団に所属することになる。
子供の頃から師匠について剣術を習う貴族と異なり、平民は剣術の基礎すらできていない者ばかりだ。よって入団後しばらくは騎士見習いとして鍛錬に励むことになる。数年かけて身体を鍛え上げ、剣術や槍術や弓術などの腕を磨き、所属騎士団長に認められることで、やっと正騎士としての称号を得ることができるのだ。
入団したばかりの見習いは雑用をやらされることも多く、忙しくて休みも少ない。それでもジョゼフは時間の許す限りトーリに会いにきた。そして、好きだ恋人になってくれと告白する。
そのたびにトーリはきっぱりと断ってきた。
「嫌だよ、なんで俺なんだよ。おまえモテるじゃないか。花屋のマリーもすみれ食堂のリンダだって、おまえにホレてるって聞いてるよ? 二人ともこの辺りじゃ評判の美人じゃないか」
「俺はトーリが好きだ、他のやつと付き合う気はない。二人からは告白されたけど、とっくの昔に断ってる」
「なんてもったいないことを……」
トーリとジョゼフは五才の年の差があるものの、父親同士が親友だったことから、仲のいい幼馴染として育ってきた。
自分に懐き、いつも後ろからついて回るジョゼフのことを、トーリはとてもかわいがった。靴職人としての修業が本格的に始まるまでは、宿屋の仕事で忙しいカルロとマーラからジョゼフを預かり、食事を与えたり遊んでやったり、時には風呂まで入れてあげるなどして、ずっと面倒をみてきた。
それこそジョゼフがまだ赤ちゃんの頃には、ミルクをあげたこともあるし、オムツだって替えた。子守歌を歌って昼寝をさせたことだって何度もある。
ジョゼフの母、マーラからはいつも感謝されていた。
「ジョゼフはトーリに育ててもらったようなもんだよね。一番最初にしゃべった言葉がトーリの名前だったくらいだし。ホント、ありがとね、トーリ」
「お礼なんていらないよ。俺だってジョゼフと遊ぶの楽しいし」
「聞いたかい、ジョゼフ。トーリはあんたと遊ぶの楽しいってさ。よかったねぇ」
「うん、おれもトーリのことだーいすき。おーきくなったらトーリとけっこんする」
ジョゼフはそんなことを笑顔で言って、両家の両親たちをよく笑わせていたものだ。
その後、トーリの職人修行が始まり、一緒にいる時間が減ってしまったが、それでも二人の縁が切れることはなかった。ジョゼフが頻繁に靴屋の工房に遊びにきたからだ。
遊びにきたといっても邪魔はしない。ジョゼフは工房の隅に静かに座ると、水色の瞳をキラキラさせてトーリの修行姿を尊敬の眼差しで見つめていた。
トーリとしても、そこまで懐いてくれるジョゼフのことがかわいくて仕方がなかった。初めて自分だけの力で作った靴がジョゼフの靴だったことからも、トーリがいかにジョゼフをかわいがっていたか分かるというものだ。
十年前、革の仕入れに隣町まで出かけた両親が盗賊に殺された時、悲しみとやるせなさに絶望していたトーリが早く立ち直ることができた一番の理由は、ジョゼフだったのかもしれない。
「大丈夫だよ、俺がずっと一緒にいるから。トーリを独りぼっちにはしないから。これからもずっとずっと大好きだから」
慰めてくれながらも鼻水垂らしてぎゃんぎゃん大泣きするジョゼフを見ていたら、いつまでも悲しんでばかりいないでしっかりしなくては、と、トーリは気持ちを切り替え、前を向くことができたのだった。
しかし。
だからと言って。
トーリにはジョゼフと恋人関係になるつもりなど、微塵もなかったのである。
そりゃ懐かれて嬉しかった。
赤子の頃からオムツを替えるまでして面倒見てきた相手だ。かわいくないわけがない。
しかし、だからと言って恋人になるかというと、話が別だ。
この世の中、同性愛者がいないわけではないが、数は少ない。大抵の人は気にしていない素振りを見せるが、本心ではどうか分からない。中にはあからさまに侮蔑の視線を送り、気色悪いだなんだと罵詈雑言を浴びせるような低俗な人間だっているのだ。
ジョゼフをそんな嫌な目に合わせるのは嫌だった。だからトーリはこの五年間ずっと、告白されても拒絶し続けてきたのである。
ジョゼフはいい男だ。赤髪に水色の瞳は人目を惹く美しさだし、鼻筋の通った顔はかなりの男前だ。気は優しくて力持ちを地でいくような性格をしていて、若い女の子からだけではなく、老若男女問わずに好かれる性格をしている。
それだけではなく、入団してから最低でも五年はかかると言われている正騎士承認試験に、なんと三年で合格するという快挙を達成した。街を巡回した時には悪党小悪党関わらず、片っ端から取っ捕まえて風紀の乱れを正しているらしい。
騎士団の中でも有望株視されていて、いずれは間違いなく騎士爵を賜れるだろうとの呼び声も高いという。それはつまり、一代限りとはいえジョゼフが貴族の仲間入りをすることを意味している。貴族のご令嬢を妻に迎えることも可能だということだ。
そんな男が顔を合わせれば言ってくる。
「俺が好きなのはトーリだけだ。トーリとしか結婚しない。トーリしか欲しくない。なあトーリ、俺の恋人になってくれよ。そして、いずれは結婚して欲しい!」
ダメだと思う。将来貴族にもなれるジョゼフが平民の靴屋、しかも男と結婚するなんて絶対に間違っている。そう思っているのに、ジョゼフの気持ちを嬉しいと思う感情が自分の中にあることに、トーリは気付いていた。
元よりかわいくて仕方がないと思っている相手だ。情だってある。唯一の家族だった両親亡き今、トーリにとってジョゼフ以上に大切な存在はいない。
そんな相手から好きだ好きだと何年も言い続けられた。
そりゃあ絆されもするし、家族愛だって別のものに変わってしまう。つい「じゃあ付き合ってみる?」と口から出そうになることも珍しくない。
宿屋をやっているジョゼフの両親も姉夫婦も、いつも笑顔でこんなことを言う。
「アレはもうどうにもならないわ。気持ちを変えさせるのは絶対に無理。だからトーリ、あんたが嫌じゃなければジョゼフのこともらってやってよ」
「物心ついた頃から口を開けば、トーリトーリだもんねぇ」
「嫌ならぶん殴ってくれていいが、できれば気持ちを受け取ってやってくれねーか」
「トーリに振られたら、一生独身を貫きそうだもんな、あいつ」
そんな風に応援されるものだから、トーリの理性はぐらぐらと揺さ振られてしまうのだ。
ここ数年のトーリは、理性と感情との板挟みで心がひっちゃかめっちゃかになっていて、暇さえあればため息ばかりの毎日を送っていた。
ジョゼフは顔を合わせるたびにトーリに愛を囁く。
騎士としての仕事がどんなに忙しくても、なんとか時間を作って靴屋の工房に顔を出し、好きだ、愛している、付き合ってくれ、恋人になって欲しいと真剣な顔で告白する。
ジョゼフの気持ちが嬉しいのに、それを素直に受け入れられない自分がトーリの中にいる。ジョゼフには自分よりも相応しい相手がいるんじゃないかと、そんな思いを払拭できないからだ。
それが最近は苦しくてたまらない。
実を言えば、もう二年ほど前からトーリはジョゼフを恋愛的な目で見るようになっていた。
会いに来てくれると嬉しいし、体温を感じられるほど傍によるとドキッっと心臓が飛び跳ねる。ジョゼフのことを考えるだけで、心がポカポカ温かくなる。シャワー後に垣間見みえる逞しい肉体に見惚れたことが、もう何度あることか。
もう限界だった。これ以上は自分の気持ちを抑えられない。
だから言ったのだ。
「毎年、各騎士団の中で武術大会行われるだろう? あれで優勝できたら、なんでも好きなものをご褒美にあげるよ」
一緒に食事していた時、突然そんなことを言いだしたトーリに、ジョゼフはなんのことかと怪訝そうな顔をしていた。が、その意味を理解した途端、信じられないような目でトーリを見た。
「本当に? トーリ、今のは本気で言ったのか?!」
赤い顔のトーリはジョゼフを見ず、ナイフで肉を切りながら頷いた。
それを見たジョゼフが歓喜に瞳を輝かせる。
「やった、やっとトーリが俺のものになる!」
「お、おいっ、優勝だぞ? そんな簡単なもんじゃないだろ!」
「あの大会には団長と副団長は参加しないからな。きっとなんとかなる。っていうか、絶対になんとかする。優勝するから、俺に抱かれる用意して待っていろよ、トーリ!」
そんな話をした二ヵ月後に行われた武術大会で、ジョゼフは見事に三位の成績を残した。入団四年目の騎士としては大快挙である。
しかし、当のジョゼフはその結果に満足できず、涙目になって悔しがった。騎士団の仲間たちが引くほど嘆き悲しんだのである。
「くそっ! 来年は、来年こそは絶対に優勝してみせる!」
そこからジョゼフの死に物狂いの努力が始まった。
雨の日も風の日も嵐の日も、これまで以上に鍛錬に励むようになった。素振りの数を増やし、足腰を鍛えるために早朝にランニングをするようになり、恥や外聞を捨てて先輩や上司に教えを請うた。
初めは面倒くさそうにしていた先輩たちも、武術大会で優勝すれば初恋の人が交際してくれると約束してくれた、というジョゼフの話を聞いた途端、驚くほど協力的になってくれたらしい。
「ジョゼフおまえ、モテるくせに女作らないすかした嫌味野郎だと思っていたら、好きな人がいたんだな」
「しかも、物心ついた頃から好きなんだって? え、まだ童貞?! そりゃ頑張らずにはいられないな!」
「正騎士に早くなれたことからしても、おまえには才能がある。基礎はもう十分だから、あと必要なのは経験と、その経験から培われるカンだな」
「それには対戦を数多くこなすしかないな」
「第四騎士団に知り合いがいるから、そっちにも対戦頼んでみるわ」
騎士団の仲間たちの協力のもと、ジョゼフはボロボロになりながらも弱音を吐かず、挫けることなく努力を続けた。
そして、待ちに待った今年の武術大会が、まさに今日だったのである。
トーリとしては、ジョゼフが武術大会で優勝するまでに、少なくとも五年はかかるだろうと思っていた。
その間にジョゼフには他に好きな人ができるかもしれない。
そうなったら、自分は身を引こうとトーリは思っていた。それがジョゼフの幸せのためだと思ったからだ。
けれど、まさか今年優勝するなんて!
雨の中やってきたジョゼフの顔を見た瞬間、トーリにはすぐに分かった。ああ、ジョゼフは優勝を勝ち取ったんだな、と。
驚くよりも、嬉しかった。
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