囚われの淫魔は迷宮の塔の上で騎士を待つ

Bee

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2 塔の上の淫魔

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 ここは塔のてっぺん。


 広大な森の中にぽつんとある高い塔のてっぺん。

 周りの木よりも塔のほうが高すぎて、森からニョキっと塔が生えてるように見えてるはず。

 森の向こうに砦があるけど、こっちからは何も見えないし、どんな人がいるかも知らない。

 ここに囚われてもう何年? いや、何十年? いやいや、百年くらい経ってる? もしかして。



 小さな窓のふちに肘をつき、淫魔のバドは、はあ~と息をついた。



 バドがここに囚われたのは、遥か昔。

 その頃はまだバドも若い淫魔で、いろいろな人間の精を貪るのに夢中になっていた頃のことだった。

 淫魔の魅力の虜になった魔導士が、この塔を建ててバドを囚え閉じ込めたのだ。



 名前も忘れてしまったが、ヤツは引きこもりの魔導士で、バドを外界から完全隔離するため、ご丁寧に地上からこの部屋までは迷宮を作りダンジョン化させちゃって、てっぺんまで誰もあがってこれなくなっちゃってた。


 いや、稀にこのダンジョンにチャレンジしようと猛者がやってくるけど、今の所到達できてはいないな。誰も。

 あの男、どんだけ非道なダンジョンにしたんだと腹がたつが、自分も怖くて下に行けない。

 きっと無数の骨が散らばってるんだろうなぁ。やだやだ。

 淫魔だけど羽根がないから、飛べないし(コウモリになれるやつもいるんだけど、残念なことに自分はなれない)、もうずっーーーっとここにいる。しかも一人で。

 たまに夢を渡り歩いては精気を貰うが、まあ物足りない。やっぱり肌と肌を合わせて精気を奪うのが気持ちいいし、美味い! …………もうそれもウン十年?はしてないんだけど。

 そろそろカラカラで干からびそう。


 あの魔導士の男だけでも生きていてくれたら良かったのに、この塔を建てたら力尽きたのか、ダンジョン完成後に死んじゃったらしい。

 なんせ、引きこもり魔導士。死んだことすら気づかれず、この塔を作ったことすら誰にも知られてないっぽい。

 だから、ここは結構なレアなダンジョンだったりする。しかも最終ボスはこの淫魔の自分。最後がエロボスなんて、なんのご褒美だよ、クソ魔導士。

 まあどこかの神話にある牛頭の怪物の伝説といい、怪物(魔物?)封じには迷宮が最適! っていうのは分かるけどさあ。


 あの魔導士、ここで一緒に住むつもりだったのか、居住スペースは案外広くて快適。なんなら風呂もキッチンもある。淫魔の自分には不要だけど、まあ一緒に住む予定だったのなら納得の間取りだ。

 ベッドも広くて寝心地はいい。劣化防止の魔法がかかっているのか自分が軽いせいかヘタることもなく、何年経っても丈夫で長持ち。

 シーツだって洗わなくてもきれいなまま。美しい刺繍も擦り切れてなどいないもの。


ああそれにしても暇。誰か来ないかなぁ。





 淫魔のバドは、こうやっていつも独りごちながら、このバドのために誂えた凝ったデザインの調度品や刺繍の美しい高価なシルクやリネンに囲まれた無駄に豪華な部屋で過ごしている。


 自分を囚えた魔導士の男も、バドをここに囚えてから一度も顔を見せにも来ない。彼の夢にももう渡れないので、バドはもう彼は死んだものと仮定している。

 実際もうバドがここに来てから100年は過ぎようとしている。当時の魔導士の年齢からいっても死んでいても不思議ではない。むしろ死んでいないと不老不死を疑ってしまう。


 淫魔であるがゆえに、ゆったりとした時間の中でも孤独にも耐えられ、また夢を見る者さえいてくれれば勝手に誰かの精気をいただくので食事も不便ない。

 だが、耐えられるとはいえ、やはり一人というのは寂しいものだ。

 毎日窓の外を眺めては雲を追い、鳥を愛で、繰り返し読みすぎて飽きてしまった本をまた手に取り、それでも人恋しさに見知らぬ誰かの夢に渡る。





 そして今日もまた、雲の流れが早いなあと思いながら、窓の外を流れる雲を目で追っていた時だった。

 ふと遠く眼下に、小さく人の姿が映った。


 バドはおっ? と思って、窓に顔を押しつける。本当なら窓を開けて覗き込みたいところだが、この窓ははめ殺しで開けることはできない。


 (なんでここは通気口以外の窓は開かないんだ!)


 ここを設計した魔導士を「あのクソ魔導士め!」と悪態付きながら、窓に頬をぐいぐいと押し当てて下を覗く。




 おお、人だ人!

 すごいウロウロしてるな。ダンジョン挑戦者か? 何年ぶりだよ~!

 この前来た人もいたけど、入り口入ってから何分も経たないうちに出てきちゃったんだよなぁ。

 装備整えてまたチャレンジしてくれるかなって思ったけど、もう来てくれなかったんだよなぁ。

 その人とは違うのかな。
 うわぁめっちゃウロウロしてる。
 入り口分かんないのかな。




 そんなことを考えながら一生懸命窓のガラスにピッタリと頬を押し付けたまま、へばりついて下を見ていると、その人間がふいに上、バドのいる窓のほうを見た。

 バドの顔にぱあっと喜色が浮かんだ。
 いつも来る者らは、入り口しかみない。

 上を見ても窓に誰かいるなんて思ってもみないから、窓のほうを気にかけてくれる人など一人もいなかった。



 うわー手を振りたい。
 でも見えないだろうなぁ。
 入るのかな。入らないのかな。



 バトが期待して目で追っていると、その人間はしばらく塔の周りをうろうろするだけしたら、森の中に消えてしまった。


 (なんだがっかり。ただの見学者かぁ)

 期待しただけ損したな。



 しょんぼりとしながらバドは窓から離れると、ひとりで寝るには大きすぎる豪華なベッドにボスンと倒れ込んだ。

 滑らかなシーツに顔を擦り付け、目を閉じると、寂しさを埋めるためにバドは今日も夢を飛ばす。


 期待して損した分だけ、誰かの精気を奪いとってやろう。死なない程度なら大丈夫だろ。



————ああ誰か来てくれないかなぁ。



 うまそうな精気の匂いを探りながら、バドの意識は誰かの夢の中へと消えていった。
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