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32 ハクラシスとルルーの結婚1
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「——レイズン、あんなに嫌がっていた王都に来たのは、やはり俺からの連絡が途絶えたからか?」
そうハクラシスがすまなさそうな顔で聞くと、レイズンは小さく首を振った。
「……手紙が来ないだけなら、まだもう少し一人でも頑張れました」
「それならなぜ……」
レイズンはハクラシスに問われ、これまでのことをぽつぽつと二人に話した。
最初はちゃんと小屋にひとりで待っていたこと。手紙が来なくて心配で、ブーフから騎士団の新しい役職やそれに任命されたらしいハクラシスのことを聞いて、居ても立っても居られなくて出てきたこと。騎士団の門で門前払いをくらって、アーヴァルを頼ったこと。
「その、……俺、しょ……ハクラシスさんに会えたら、すぐに帰ろうと思っていたんです。王都は俺にとってあまりいい思い出がないから。でも、会えなくて、ダメもとでアーヴァル様に面会を頼んだらすぐに会って貰えて……。そしたらハクラシスさんは奥さんと二人で仲良く暮らしているからもう小屋に戻ることはないってアーヴァル様から聞かされて……でも俺、納得できるまでここにいたくて……」
節目がちのレイズンの声が、アーヴァルのことになると口籠もりさらに小さくなる。
それだけでアーヴァルがレイズンをどのように唆したのか、ハクラシスには手にとるように分かった。
「……それでアーヴァルから上位部隊への推薦と体の関係とを交換条件として提示され、ここに残るためそれをのんだという訳か」
こくりと頷くレイズンに、ハクラシスだけでなくルルーまでもが、呆れたようにはーっと大きな溜息を吐いて天を仰いだ。
「アーヴァルの奴め、何も知らないお前をいいように言いくるめて、そんな条件を突きつけるとは……クソッ」
「……アーヴァルには呆れて言葉も出ない……」
二人はひとしきり項垂れたあと、今度はレイズンに頭を下げた。
「レイズン、こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳なかった」
「ハクラシスとの婚姻をこんなふうに利用されるとは思いもしませんでした。ごめんなさい」
「あ……、いや、俺もアーヴァル様の言うことを鵜呑みにしてしまったのが悪いんだし……」
「いえ、私たちはそう捉えられてもおかしくないことをしました。しかしかといってアーヴァルのように、事情を知らない者を手玉にとっていい筈はありません。事の経緯を私たちの方からちゃんとお話しさせて下さい」
レイズンが頷くと、それまで神妙な面持ちだったルルーが表情を緩め、「さて、ではその前にお茶を淹れましょうか」そう言って立ち上がった。
「ここにはあまりいい茶葉がないけど、あるもので許してくださいね」
ルルーは持っていたカップをトレーの上に置くと、部屋に備えつけのカップボードからティーセットを出し、お茶の用意をはじめた。
先ほどのポットには湯が入っていたらしい。ハクラシスが手伝おうと立ち上がると、ルルーはそれを笑顔で制し、「リハビリの一環ですよ」と彼を座らせた。
指を動かしにくそうではあるものの、ルルーは慣れた手つきでお茶を淹れて、サイドテーブルの上に置いていった。レイズンにもハクラシスがテーブルを寄せてくれて、ルルーがその上にカップを置いてくれた。
それを飲んでレイズンは一息ついた。
「まずは私たちがなぜこんな婚姻をしたのか、それを話さないといけませんね。そうでないとレイズン、君もどう受け止めてよいものか分からないでしょうから」
それについてハクラシスも同意と頷く。
——ルルーの話は、二十年ほど前に遡って始まった。
その頃国では現王派と反発する勢力が生まれ、内部でたびたび衝突し、小さな火花が飛びかっていた。それがいつしか火種へと変わり、王都は緊張に包まれ、いつ内乱が起こってもおかしくない状況になっていた。
「私は当時、騎士団内では事務官として働いていました。ああ、今はこんななりですが、あの頃はもっとがっちりしていて、ちゃんと騎士っぽかったんですよ」
ねえ? とハクラシスに同意を求めるが、ハクラシスは否定も肯定もせず苦笑いを浮かべた。
まあ文官といえど騎士団の入団テストはクリアしているのだから、きっとそれなりの体格ではあったのだろう。レイズンには想像できないが。
「その頃アーヴァルもまだ騎士団長に任命される前で、いろいろとよく揉め事を起こしては始末書を提出しに来ていました。彼は公爵家であることに加えて、あの容姿で偉丈夫ですからね。よい意味でも悪い意味でも目立っていました。そのアーヴァルとは、彼がそうやって事務室に出入りしていた頃に知り合ったんです。そして同時に、よく一緒にいたハクラシスとも親しくなりました」
そこですかさずハクラシスが「アーヴァルと俺は別に親しくはなかったがな」と付け足し、ルルーが笑った。
「アーヴァルがハクラシスによく絡みに行ってたんですよね。ハクラシス、そういうあなたもかなり目立ってましたよ」
「あいつがいちいち側に寄って来るからだ」
「まあそういうことにしておきましょう。私はといえば、出会ってすぐにアーヴァルと恋仲になりまして。付き合い始めてしばらくして彼が騎士団長に任命され……それでも私達の関係は続いていました。まあ付き合っていてる最中にも、いろいろ問題はありましたけど……。彼はほら、あの性格でしょう? 何度も浮気されては別れてを繰り返して」
「そうだ。奴の手癖の悪さは酷い」
ハクラシスが渋面で相槌を打つと、ルルーがまたふふと笑った。
「そう、とくにハクラシス、あなたの取り巻き全部掻っ攫っていきましたよね」
「……取り巻き」とルルーの言葉を反芻し呟くレイズンにハクラシスが慌てる。
「おい、ルルー……もう俺のことを引き合いにだすな」
「ふふ、レイズン、ハクラシスは若い頃すごくモテていたんですよ」
「ルルー! レイズンに変なことを吹き込むんじゃない」
焦るハクラシスを見て、ルルーは楽しそうに笑う。
そんな二人を見て、レイズンはちょっと羨ましかった。アーヴァルはともかく、若い頃のハクラシスなんて、すごくかっこよかったに違いない。
「……まあ、そんなこんなで、それでもずっと仲は続いていたのですが、ある時アーヴァルが私に何も言わず、公爵家と縁のご令嬢と結婚してしまいましてね。私は公爵領で行われた披露パーティのことを人伝てに聞いて、初めて知ったんですよ。寝耳に水で驚いてしまって。酷いですよね、本当に。確かにアーヴァルは公爵の爵位持ちで跡継ぎが必要なのは分かります。お互いもういい年齢だし、私もいつかはその日が来ることを覚悟していたのですが……それでも私に黙ってはないでしょう! 聞くと、愛人としてはこのまま関係を続けられるのだから、問題ないだろうって。私は腹が立って、その場で絶縁状を叩きつけてしまったんです」
「……なるほど、そういう……って、え? ア、アーヴァル様って結婚されてたんですか!?」
レイズンが驚いて聞き返した。
「結婚しているに決まっているだろう」
「まあ、公爵ですから」
「え、いやあの、でも……」
公爵でありながら騎士団長を務める壮年の男にそりゃ相手がいないはずはないが、あの邸宅に女主人の気配など、全くといってよいほど感じられなかったのだ。
焦るレイズンにルルーがクスリと笑った。
「大丈夫ですよ、奥様はここにはいらっしゃいません。ご結婚されてからずっと、奥様は公爵家の領地にお住まいです。もちろんお子様方もご一緒に」
「あー……そ、それならよかったです……」
いや、よくはないが。
しかしまさか奥さんがいる邸宅であんなことをしていたのかと肝を冷やしたレイズンだったが、長く別居中であると分かり安堵した。
奥さんや子供がいるのに、なんでこうもアーヴァルは奔放なのかレイズンは不思議でならない。
(それにしても、まさかルルーさんのほうからアーヴァル様を見限ったとは)
なんだか思ってた話と違うぞと、さすがのレイズンでも気づき始めた。
「……そこからは俺の話だ。その頃国の状況が思わしくなく、磐石の体制を敷くため、俺たち上位の騎士らに王陛下から " 家門の繋がりを強固にせよ " とのお達しがあった。要は現王派の家門同士での婚姻を推し進めよとのことなのだが、そうやって貴族間の繋がりを深めることで、内部で反現王派に寝返らないようお互いを監視させる目的だ。俺は平民出身だし、のらりくらりとそれをかわしていたのだが……俺は良くも悪くも王陛下からの覚えめでたくてな。さすがにそれも厳しくなり、諦めて誰でもいいからどこかの貴族の令嬢と結婚すべきかと考えていたところに、ルルーが現れたんだ」
「……どうしてもアーヴァルを許せなくて、当てつけでハクラシスに私の方から結婚の話を持ちかけたんです。子を成すことを考えていないなら、私とはどうか、と」
ここでハクラシスがカップを手に取ったことにより、話は一時中断した。
そうハクラシスがすまなさそうな顔で聞くと、レイズンは小さく首を振った。
「……手紙が来ないだけなら、まだもう少し一人でも頑張れました」
「それならなぜ……」
レイズンはハクラシスに問われ、これまでのことをぽつぽつと二人に話した。
最初はちゃんと小屋にひとりで待っていたこと。手紙が来なくて心配で、ブーフから騎士団の新しい役職やそれに任命されたらしいハクラシスのことを聞いて、居ても立っても居られなくて出てきたこと。騎士団の門で門前払いをくらって、アーヴァルを頼ったこと。
「その、……俺、しょ……ハクラシスさんに会えたら、すぐに帰ろうと思っていたんです。王都は俺にとってあまりいい思い出がないから。でも、会えなくて、ダメもとでアーヴァル様に面会を頼んだらすぐに会って貰えて……。そしたらハクラシスさんは奥さんと二人で仲良く暮らしているからもう小屋に戻ることはないってアーヴァル様から聞かされて……でも俺、納得できるまでここにいたくて……」
節目がちのレイズンの声が、アーヴァルのことになると口籠もりさらに小さくなる。
それだけでアーヴァルがレイズンをどのように唆したのか、ハクラシスには手にとるように分かった。
「……それでアーヴァルから上位部隊への推薦と体の関係とを交換条件として提示され、ここに残るためそれをのんだという訳か」
こくりと頷くレイズンに、ハクラシスだけでなくルルーまでもが、呆れたようにはーっと大きな溜息を吐いて天を仰いだ。
「アーヴァルの奴め、何も知らないお前をいいように言いくるめて、そんな条件を突きつけるとは……クソッ」
「……アーヴァルには呆れて言葉も出ない……」
二人はひとしきり項垂れたあと、今度はレイズンに頭を下げた。
「レイズン、こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳なかった」
「ハクラシスとの婚姻をこんなふうに利用されるとは思いもしませんでした。ごめんなさい」
「あ……、いや、俺もアーヴァル様の言うことを鵜呑みにしてしまったのが悪いんだし……」
「いえ、私たちはそう捉えられてもおかしくないことをしました。しかしかといってアーヴァルのように、事情を知らない者を手玉にとっていい筈はありません。事の経緯を私たちの方からちゃんとお話しさせて下さい」
レイズンが頷くと、それまで神妙な面持ちだったルルーが表情を緩め、「さて、ではその前にお茶を淹れましょうか」そう言って立ち上がった。
「ここにはあまりいい茶葉がないけど、あるもので許してくださいね」
ルルーは持っていたカップをトレーの上に置くと、部屋に備えつけのカップボードからティーセットを出し、お茶の用意をはじめた。
先ほどのポットには湯が入っていたらしい。ハクラシスが手伝おうと立ち上がると、ルルーはそれを笑顔で制し、「リハビリの一環ですよ」と彼を座らせた。
指を動かしにくそうではあるものの、ルルーは慣れた手つきでお茶を淹れて、サイドテーブルの上に置いていった。レイズンにもハクラシスがテーブルを寄せてくれて、ルルーがその上にカップを置いてくれた。
それを飲んでレイズンは一息ついた。
「まずは私たちがなぜこんな婚姻をしたのか、それを話さないといけませんね。そうでないとレイズン、君もどう受け止めてよいものか分からないでしょうから」
それについてハクラシスも同意と頷く。
——ルルーの話は、二十年ほど前に遡って始まった。
その頃国では現王派と反発する勢力が生まれ、内部でたびたび衝突し、小さな火花が飛びかっていた。それがいつしか火種へと変わり、王都は緊張に包まれ、いつ内乱が起こってもおかしくない状況になっていた。
「私は当時、騎士団内では事務官として働いていました。ああ、今はこんななりですが、あの頃はもっとがっちりしていて、ちゃんと騎士っぽかったんですよ」
ねえ? とハクラシスに同意を求めるが、ハクラシスは否定も肯定もせず苦笑いを浮かべた。
まあ文官といえど騎士団の入団テストはクリアしているのだから、きっとそれなりの体格ではあったのだろう。レイズンには想像できないが。
「その頃アーヴァルもまだ騎士団長に任命される前で、いろいろとよく揉め事を起こしては始末書を提出しに来ていました。彼は公爵家であることに加えて、あの容姿で偉丈夫ですからね。よい意味でも悪い意味でも目立っていました。そのアーヴァルとは、彼がそうやって事務室に出入りしていた頃に知り合ったんです。そして同時に、よく一緒にいたハクラシスとも親しくなりました」
そこですかさずハクラシスが「アーヴァルと俺は別に親しくはなかったがな」と付け足し、ルルーが笑った。
「アーヴァルがハクラシスによく絡みに行ってたんですよね。ハクラシス、そういうあなたもかなり目立ってましたよ」
「あいつがいちいち側に寄って来るからだ」
「まあそういうことにしておきましょう。私はといえば、出会ってすぐにアーヴァルと恋仲になりまして。付き合い始めてしばらくして彼が騎士団長に任命され……それでも私達の関係は続いていました。まあ付き合っていてる最中にも、いろいろ問題はありましたけど……。彼はほら、あの性格でしょう? 何度も浮気されては別れてを繰り返して」
「そうだ。奴の手癖の悪さは酷い」
ハクラシスが渋面で相槌を打つと、ルルーがまたふふと笑った。
「そう、とくにハクラシス、あなたの取り巻き全部掻っ攫っていきましたよね」
「……取り巻き」とルルーの言葉を反芻し呟くレイズンにハクラシスが慌てる。
「おい、ルルー……もう俺のことを引き合いにだすな」
「ふふ、レイズン、ハクラシスは若い頃すごくモテていたんですよ」
「ルルー! レイズンに変なことを吹き込むんじゃない」
焦るハクラシスを見て、ルルーは楽しそうに笑う。
そんな二人を見て、レイズンはちょっと羨ましかった。アーヴァルはともかく、若い頃のハクラシスなんて、すごくかっこよかったに違いない。
「……まあ、そんなこんなで、それでもずっと仲は続いていたのですが、ある時アーヴァルが私に何も言わず、公爵家と縁のご令嬢と結婚してしまいましてね。私は公爵領で行われた披露パーティのことを人伝てに聞いて、初めて知ったんですよ。寝耳に水で驚いてしまって。酷いですよね、本当に。確かにアーヴァルは公爵の爵位持ちで跡継ぎが必要なのは分かります。お互いもういい年齢だし、私もいつかはその日が来ることを覚悟していたのですが……それでも私に黙ってはないでしょう! 聞くと、愛人としてはこのまま関係を続けられるのだから、問題ないだろうって。私は腹が立って、その場で絶縁状を叩きつけてしまったんです」
「……なるほど、そういう……って、え? ア、アーヴァル様って結婚されてたんですか!?」
レイズンが驚いて聞き返した。
「結婚しているに決まっているだろう」
「まあ、公爵ですから」
「え、いやあの、でも……」
公爵でありながら騎士団長を務める壮年の男にそりゃ相手がいないはずはないが、あの邸宅に女主人の気配など、全くといってよいほど感じられなかったのだ。
焦るレイズンにルルーがクスリと笑った。
「大丈夫ですよ、奥様はここにはいらっしゃいません。ご結婚されてからずっと、奥様は公爵家の領地にお住まいです。もちろんお子様方もご一緒に」
「あー……そ、それならよかったです……」
いや、よくはないが。
しかしまさか奥さんがいる邸宅であんなことをしていたのかと肝を冷やしたレイズンだったが、長く別居中であると分かり安堵した。
奥さんや子供がいるのに、なんでこうもアーヴァルは奔放なのかレイズンは不思議でならない。
(それにしても、まさかルルーさんのほうからアーヴァル様を見限ったとは)
なんだか思ってた話と違うぞと、さすがのレイズンでも気づき始めた。
「……そこからは俺の話だ。その頃国の状況が思わしくなく、磐石の体制を敷くため、俺たち上位の騎士らに王陛下から " 家門の繋がりを強固にせよ " とのお達しがあった。要は現王派の家門同士での婚姻を推し進めよとのことなのだが、そうやって貴族間の繋がりを深めることで、内部で反現王派に寝返らないようお互いを監視させる目的だ。俺は平民出身だし、のらりくらりとそれをかわしていたのだが……俺は良くも悪くも王陛下からの覚えめでたくてな。さすがにそれも厳しくなり、諦めて誰でもいいからどこかの貴族の令嬢と結婚すべきかと考えていたところに、ルルーが現れたんだ」
「……どうしてもアーヴァルを許せなくて、当てつけでハクラシスに私の方から結婚の話を持ちかけたんです。子を成すことを考えていないなら、私とはどうか、と」
ここでハクラシスがカップを手に取ったことにより、話は一時中断した。
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