クズ男はもう御免

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50 門兵エリックの独白2

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 門兵のエリックはその日、いつもと同じように朝から門の前に立っていた。
 
 朝は城壁内で労働する者やら何かを納品する業者などやらがひっきりなしに通行していくのだが、今はちょうどその朝の混雑する時間が終わり、一息ついた感じだ。
 
 今日は天気も良く、朝の空気は澄んで清々しい。しかもここはいい感じに日が当たりポカポカと温かく、エリックは次第に眠くなってきた。
 どうしても眠気に耐えられず、エリックは隣に立っている同僚に気付かれないよう注意しながら、こっそりあくびをした。
 
「エリック、この前の討伐部隊の帰還の時って、お前ここにいたって本当か」
 
 隣に立っていた同僚が、視線だけをこちらに向けていきなり声をかけてきた。
 
 エリックは最初あくびがバレたのかと思ってギクリとしたが、おくびにも出さず無表情を崩さなかった。
 
 門衛というのは、顔は無表情、そして姿勢正しくかつ威圧的にただ立っていることが重要である。だからここでだらけた態度を見せると後でとんでもなく叱られるので、門兵はみな雑談する時も姿勢正しく、なるべく口を動かさないようにして喋る癖がついていた。
 
「ああ。ちょうど当番の日だったんだ。まあ大きなイベントのようなものだから、上官たちも勢揃いだったがな」
 
「俺はその日は違う持ち場だったから、帰還を見れなかったんだよな。俺もみんなの勇姿が見たかったよ」
 
 同僚は羨ましそうにため息を吐いていた。
 
(長丁場でクタクタになったけど、確かに部隊が次々に門をくぐっていく姿は感動したよな)
 
 出立の日も凄かったが、やはり帰還の日はまた特別だ。
 危険な任務をやり遂げて、みんなボロボロの姿で帰ってくるのだが、それがまた誇らしげで、見ているこちらも感極まってくる。
 それに集団で一糸乱れず歩を進める姿は、見応えがあるものだ。
 
 それに今回は討伐中に大怪我をしたと言われるハクラシスのことも注目されていた。
 どのくらいの怪我なのか、全く情報のないままの帰還ということでかなり話題になっていたのだが、結局行軍には加わっておらず、後日単独でひっそりと戻ったという話だ。
 
 ハクラシスについては、この討伐が決まるまでは騎士団内でも存在がなぜか秘匿され、今回の帰還についても詳しい情報は上から降りてきていなかった。それが何を意味するのかは、エリックのような下っ端が知るよしもなく、ただ"帰還した"という情報のみが共有されただけだった。
 
(閣下は大丈夫だったのだろうか)
 
 ハクラシスが任命されるはずの総司令官の座は、この討伐で手柄を立てた第二王子が任されることになった。第二王子はこれから騎士団長の元でその手腕を磨き、いずれは騎士団長の座に就くという話だ。
 
(あれには反発もあったらしいな。まあ当然とは言えるが)
 
 エリックの確かな情報筋によると、"ハクラシスの大怪我の要因となったのは、そもそもが武芸の苦手な第二王子の不手際によるものだったのでは"という声が上がったらしい。
 しかし、結局はハクラシスが大事な局面で失態をおかしたことのほうが問題視され、今回はハクラシスの代わりに部隊を指揮した第二王子の手腕を買われたということだ。
 
(まあしかし怪我の状態次第では、指揮を取り続けるのも厳しいだろうから、仕方がなかったのかもしれないな)
 
 何にせよ騎士団長や上官たちが納得しているなら、もうそれに従うしかないというのが下っ端のツラいところだ。
 
(閣下といえば、レイズンを思い出すな)
 
 ハクラシスといえば、彼を追いかけて騎士団を訪ねてきたレイズンのことを、エリックは思い出していた。
 騎士団長補佐官に連れられて行った後、騎士団を離れた形跡がないなと思っていたら、まさかの上位部隊への入隊に、さらには上位騎士への昇格と、掲示が出るたび驚くことばかりだった。
 
(彼は閣下に会えたんだろうか。会えているといいが)
 
 そんな風に青空を眺めながら感慨に浸っていると、門の内側で任務をこなしていた同僚が「ヒャッ」といきなり素っ頓狂な声をあげた。
 それにはさすがのエリックも驚いて思わず振り返った。
 
「か、か、か、か……」
 
 かなり動揺していて、同じ言葉を羅列している。
 何だと思い確認すると、彼の前には男が二人。どちらも隊服ではなく小汚い旅装束だ。
 
(こんな奴ら、今日入ってきていたかな)
 
 今日は朝の開門から立っていたが、見覚えがない。
 一人はマントのフードを被り、もう一人は白髪まじりで眼帯をした……
 
「ハクラシス閣下!?」
 
 思わず同僚が叫び、それを周囲の者が「シッ」と注意する。そう、門衛はいつ何があっても動揺してはならない。
 だがこの同僚が驚くことも無理はない。
 そこにいたのは大怪我をしてここに戻ってきたばかりの筈のハクラシスだったからだ。
 
 しかもそのハクラシスが差し出したのは、期限付きの『外出許可証』ではなく、異動や退役で騎士団を離去る時に発行される『退出証』だったからだ。
 
 当然エリックも目を剥いた。
 まさかハクラシスが騎士団を辞めて出ていくなど、まだ誰からもそんな情報は降りてきていない。
 おそらくここにいる全ての者が知らなかっただろう。
 
 震える手で同僚が退出証を受け取り、そして「……次はいつお戻りで」とやっとのことで震える声を絞り出した。
 
「今のところその予定はない。それに不備はないか。ないならいいな。……レイズン、行くぞ」
 
(ん!? レイズン!?)
 
 エリックは、門をくぐり自身の横を抜ける二人の男を、懸命に目を開いて首を動かさぬよう横目で見た。
 
 今まさに城門をくぐろうとしている男は、眼帯をしてはいるが確かにあのハクラシスで、その横にいるのは確かにフードを被ったレイズンだった。
 
 門兵には渋面で接していたハクラシスも、レイズンには柔和な表情を見せている。
 そしてレイズンも、最初ここで見せていた不安と戸惑いが入り混じったような暗い顔ではなく、どこか清々しく晴れやかな笑顔を見せていた。
 
「これでここともおさらばだな」
 
「長かったですね。やっとという気持ちです」
 
「ちょっと街をぶらついて帰るか。そうだ、お前の好きな甘い菓子を買ってやろう。アーヴァルが食べてしまった菓子の代わりだ」
 
「本当ですか!? やった!」
 
「食事になるようなものもいるな。あと馬も買っていくか。二人で馬に乗って帰るのもいいだろう。馬に乗れるようになったんだろう?」
 
「はい! まだ自在にとは言えませんが、一人で馬に乗れるようにはなりました」
 
「では街で馬も見るとしよう。小屋に帰ったら細い道も馬が通れるよう整備しなきゃならんな。やることが山積みだ」
 
「やった!」
 
 そんなたわいもない会話をしながら門をくぐり、二人はエリックの横を通り過ぎていく。
 そして一瞬だけ、二人は城門のほうを振り返り、また何事もなかったかのように肩を並べ街のほうに歩いていった。
 
(ああ、レイズンは閣下と出会えたんだな)
 
 背後では、あのハクラシスが騎士団を辞めて出ていったということで大騒ぎになっていたが、エリックだけはただぼんやりと小さくなっていく二人の背中を見つめていた。
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