クズ男はもう御免

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番外編

番外編 あやしい薬の作り方1

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 それは王都から戻ってから一ヵ月ほど経った頃だった。
 レイズンとハクラシスが昼飯を食べていると、小屋の外で馬のいななきが聞こえた。
 
 自分たちの馬とは異なるいななきに、レイズンとハクラシスが何事かと顔を見合わせていると、ドアの外に人が立つ気配がし、コンコンとドアが鳴った。

 レイズンが慌ててドアを開けると、そこにいたのはなんと騎士団長補佐官であるベイジルだった。
 
「ベイジル補佐官!?」
 
「久しぶり……というほどではありませんが。元気そうですねレイズン」
 
 レイズンからしてみればかなり久々なのだが、ベイジルは感慨深げでも愛想をするでもなく、いつもの取り澄ました顔でレイズンを見た。
 
「え、どうしたんですか一体。アーヴァル様はご一緒ではないんですか」
 
 もしかしてどこかにアーヴァルがいるのではと、レイズンがドアから顔を出してキョロキョロと周囲を見渡した。
 しかしそこにいたのは、同行者と思われる一人の騎士と荷物を乗せた馬二頭だけだった。
 
「どうしたレイズン。ベイジルが来ているのか」
 
 レイズンの声を聞いて、奥からハクラシスも顔を覗かせた。
 
「閣下。ご無沙汰しております」
 
 ハクラシスの顔を見るなり、ベイジルはキリッとした表情で姿勢を正し、ビシッと敬礼をした。
 その豹変ぶりに、レイズンは自分にはあんな態度だったのにと少しムッとしたが、口には出さなかった。
 
「どうしたんだ今日は。仕事のついでか? アーヴァルは一緒じゃないのか」
 
「はっ、閣下。本日は頼まれておりました閣下の預り金と、屋敷に置いていかれました荷物を運んで参りました」
 
「ああ、それか。それで、わざわざベイジルが運んできたのか」
 
「ええ、何しろ閣下のお金が結構な額になりますのでね。下手に外部の者に頼むこともできず、こうして私が運んできた次第です」
 
「それは手間をけかたな」
 
 ハクラシスが荷物の量を確認しようと外を見た。荷物を下ろしていた騎士と目が合うと、その騎士は慌てたように敬礼の姿勢をとり、緊張したように顔を真っ赤にさせていた。
 
「閣下のお金は私が持っております。確認していただいて宜しいでしょうか」
 
「ああ。今昼飯を食べていて、机に皿が出っ放しなんだが……すまないがちょっと待っててくれ。レイズン、俺は中で金の確認をするから、お前は荷下ろしを手伝って、小屋に運び入れてくれ」
 
「了解しました!」
 
 レイズンはベイジルと入れ替わるように外に出て、荷下ろしをしている騎士の元に駆け寄った。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「こんなに荷物を残していましたっけ。なんだか置いていった荷物よりも多くないですか」
 
 ベイジルたちが帰った後、改めて運び込んだ荷物を見て、その量の多さにレイズンは首を傾げた。
 どうも自分達が残していった荷物よりも、ベイジルが持ってきた荷物のほうが多い気がするのだ。
 
 仕分けをすれば、二人とも覚えのない荷物がいくつかあるのがその証拠である。
 
「どれ、開けてみよう。……ああ。どうやらルルーが色々入れてくれているみたいだな。俺たちの荷物の他に、酒やら何やら入っている荷がある」
 
 ハクラシスが荷物の一つを解き、中に入っていたルルーからの餞別とおぼしき品を取り出しレイズンに見せた。
 
「ほら、これなんかはお前にじゃないのか?」
 
「わ! お菓子ですね! やった!」
 
 どうやらこちらでは手に入らないものを入れてくれているらしい。酒以外にも王都の高級菓子店のお菓子などもあり、ハクラシスは一つずつ取り出しては、机の上に並べていった。
 
 その傍らでレイズンも自分の荷物を解き、中を確認する。
 
(ん??)
 
 開けた早々、一番上に見覚えのない包みが乗っかっている。レイズンは首を傾げて手を止めた。
 
(なんだこれ)
 
 ベージュの布に包まれた何か。
 
(こんなの俺、入れたっけ?)
 
 不思議に思いつつベージュの布をそろっと開けると、中には油紙の包みがあり、それをさらに開くとフワッと甘い香りが鼻腔をくすぐった。その油紙の中には、さらに薄紙が巻かれた草が一束入っていた。
 
(草? なんだ? この匂い……。飾り用にしては地味だし、薬草か何かか?)

 この甘い匂い、なんだかどこかで嗅いだ気がするが、すぐには思い出せない。
 
 巻かれた布に紙が挟まっているのが見え、何だろうと取り出すと、何かのメモ書きのようだった。
 
(え、なんだこれ。ん?)
 
 この草に関する手がかりが書かれているだろうと、開いて読んだレイズンの口から「へ!?」と妙な声が出た。
 
「どうしたレイズン? ……なんだか妙に甘い匂いがするな。何の匂いだ? レイズン、そっちの荷にも菓子が入っていたのか?」
 
「あ、うん、そう! ル、ルルーさんから! へへ……」
 
 レイズンは慌ててメモ書きを布の中にしまうと、油紙に包まれた草ごと布で巻いて荷物の中に隠した。
 
「ちょっと、荷物を部屋に置いてきますね!」
 
「ああ。昼食がまだ途中だったから、荷物を置いたらまた食事の続きをしよう」
 
「はいっ」
 
 レイズンは荷物をハクラシスから隠すように抱えると、部屋に入った。
 そしてドアを閉めるなり、すぐに荷物からあの包みを取り出してメモ開いた。
 
(まさかこんなものが俺の荷物にはいっているなんて)
 
 あらためてメモを上から読んでいく。

 
『不能に効く薬の作り方』


 一番上にそう走り書きされ、その下におそらくその薬のレシピだろう、必要な薬草とその量が細かく記載されていた。
 
 一番上に書かれた薬草に二重丸がつけられているのだが、おそらくこれが一緒に包まれていたこの甘い匂いの草で、この薬のベースとなる一番重要な素材なのだろう。わざわざ入れてくれたということは、入手困難なものである可能性も高い。
 
(誰が入れたのかな。ルルーさん……? それなら俺じゃなくハクラシスに直接言いそうなんだけど……)
 
 急いで書いたのか書き殴ったような字で、誰の筆跡なのか分からない。ルルーにしては汚いし、もちろんベイジルのものでもない。まさかアーヴァルでもないだろう。では一体誰が書いたものなのか。
 
 そしてこの甘い匂い。どこかで嗅いだことがある気がするのだが……。
 しばらく考えたが、レイズンには思い出せなかった。
 
(それにしてもどうしようか、これ)
 
 レイズンは草を見つめうーんと考え込んだ。
 
 ——ハクラシスの不能について、もちろんこれまで何もしてこなかった訳じゃない。
 ここに戻ってからというもの、レイズンはハクラシスの不能を治すべく、奮闘していた。
 
 ハクラシスの不能について、それは年齢にも関係するのかもしれないが、もしかすると長年性的なものを排除してきた結果ではないかとレイズンは推測していた。

 直に刺激を与えていれば、長年萎れたままのペニスにも活力が漲るだろうと思い、ベッドを共にするたびに口で愛撫をさせて貰っていた。
 
 サイズは大きいが柔らかいハクラシスのペニスは、レイズンの口の中にすっぽりと収まり、舌でムニムニと愛撫し吸い上げると、ハクラシスは気持ち良さげな声を漏らす。
 
 萎えていてもやはり刺激には敏感で、口の動きに合わせハクラシスの腰が緩やかに動き出すと、もしかして今度こそ勃つんじゃないかとレイズンも期待して頑張るのだが、……残念なことに一向に硬くはなる気配はなく、吐精までこぎつけたら万々歳といったところだ。
 
(まあ吐精できるようになっただけマシかな。これはこれで結構大きな進歩だと思うんだけど)
 
 そう、少量だが吐精する時がたまにある。最初にレイズンの口の中で吐精した時は、不能改善の兆しだと大喜びしたのだが、そううまいこと治るはずもなく、今に至る。
 
(まだここに戻って一カ月だし、ずっと刺激を与えていればきっと治ると思うんだけどなあ)
 
 この怪しい薬を作るべきか否か。
 正直出所の分からないこの草を、大事なハクラシスに使うのは躊躇してしまう。
 
(これを使えば本当に治るのかな~。でももし毒だったり、変な副作用がでたら……)
 
 仮に治ったとして、重大な副作用でも出たらそれこそ後悔しかない。
 
(うーん、本気でこれどうしよう)
 
 レイズンはハクラシスが再度昼食の誘いをかけるまで、メモ書きを見つめて悩んでいた。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「お客さん、この薬の調合法、どこで手に入れたんです?」
 
 眼鏡の奥にある鋭い目を光らせ、薬師はレイズンに詰め寄った。
 しかし実際何も知らないレイズンは"どこで"と聞かれても明確に答えることもできず、どう返したものかと答えに窮した。
 
 ——そう、あれから結局レイズンはこの薬のことが気になりすぎて、ハクラシスから頼まれたお使いついでにこっそりと街の薬屋に行くことにしたのだ。
 
 本当は大きな街で腕利きの薬師がいる店を探したかったのだが、さすがに黙って遠出をするわけにもいかず、街で一番大きな薬屋を訪ねたのだが、カウンターにいた眼鏡の薬師は、例の薬の調合が書かれたメモを見るなり目の色を変え、レイズンに詰め寄ったのだ。
 
「いやー、えっと、どこでって……その、ちょっと友人に教えてもらって。これじゃできないですか」
 
 レイズンはモゴモゴと適当なことを言ってへへへと笑ってみせた。
 なぜそんなふうに詰め寄られるのか。まさかこれは変な薬だったのでは、また誰かに騙されることになるのかと、嫌な汗が流れた。
 
「いや、出来るできないかといえば勿論できますよ!? ではなく! この薬が何か、あなたご存知なんですか」
 
「へ? 不能を治す薬だと……」
 
 そう紙に書いてある。
 
 レイズンが間抜けな声で返すと、薬師はもしかして何も知らずに持ってきたのかと、ちょっと呆れたような顔をした。
 
「まあ、そうなんですが……。この紙に書かれた調合法ですが、王都で流行っている媚薬の調合法と非常によく似ているんですよ。あまり大っぴらに公開されているものではなく、知る人ぞ知る的なもので……」
 
「は? 媚薬??」
 
「これですね。この二重丸がついている薬草です。実物は、こう鼻につくくらい甘い匂いのする花なんですがね、これが媚薬の原料になるんです。これがなかなか手に入る代物ではなく、王都でもごく一部の貴族の間で流通しているだけのものでして。ここじゃあまず手に入らないですよ。まあ普段使いできるものではないですからね、流通していたとしてもウチみたいな一般の薬屋では扱うことはないですがね」
 
(んん? 甘い香りの花? ……ちょっと待てよ)
 
 媚薬、甘い匂い……。なんだか引っかかる。
 
(……あ)
 
 レイズンはハッと思い立った。
 
 あの草から匂い立つ甘い香りはあれだ!
 どこかで嗅いだ気がすると思ったら……アーヴァルの邸宅で出されていた甘い匂いのする酒、あの匂いだ!
 
(あ、あの酒、まさか、媚薬入り……!)
 
 レイズンは愕然とした。 
 
(くっそー! どうりで! アーヴァル様とやるとき、なんか毎回妙な気分になってたのはこれのせいだったのか……。あの酒、美味いから出されるたびすごい飲んでたもんなー俺。……ということは、このメモいれたのはアーヴァル様!?)
 
 あの汚い字がアーヴァルのものだとは思えない。おそらく王都の薬師が調合法を記したメモをどこかで入手し、そのまま手を加えることなく、あの薬草の包みに入れたのだろう。
 
 いや、絶対にそうだとレイズンは確信を得た。あの人のやりそうなことだ。
 
 となると、これが本当にアーヴァルからであるなら、効果は期待できそうな気がする。

 だが無茶を平気でさせるアーヴァルが用意した薬だ。前の媚薬事件のこともあるし、他に変な効果や副作用がないか一応聞いておかないと、さすがに怖い。
 
「……これ、安全な薬ですか?」
 
「ん、ん~~~……まあ、媚薬ですからねー。作用はあれですが毒ではないですよ。一つ一つの素材を見る限りでは、人を害するものはないです。ただこの花だけは、効きすぎる人もいるので何とも……」
 
「効きすぎるとマズイですか」
 
「いや、まあー……そうですね。興奮状態が長く続くので、健康な人は問題ないですが、心臓が悪い人には不向きですね。頑張り過ぎちゃうと負担がかかりますからね。あと勃起しすぎて、日常生活に支障がでる場合も考えられますね」
 
「日常生活に支障が出るほど……」
 
 レイズンの喉がゴクリとなった。
 
「媚薬作用が強いという話ですが、その……不能を治す効果は……」
 
「ああ、ありますよ! ちょっと私も処方したことがないから薬効からの憶測になりますが、興奮作用だけではなく、勃起を促す効果もありますからね。安全に長く愉しめるということで、貴族の間で人気が高いのでしょう。例えばこの花もそうですが、こちらの薬草は下半身の血流を良くして……」
 
 薬師の説明によると、この薬は無理矢理勃起させる作用があり、本当に不能に効くらしい。
 勃起するクセをつけるというか、長く使えば本当に不能が治る可能性もあるとのことだった。
 
「それでどうされます? 問題はこの花の調達だけですね。どうしてもと言われれば、王都で探して来ますが……。貴族のツテを頼らないといけないので、時間はかかるし、金もかかりますよ」
 
 レイズンは少し考えてから口を開いた。
 
「——あー、もしこの草、俺が用意したらすぐに調合してもらえます?」
 
「え!? まさかこれも持たれているんですか!?」
 
 薬師はギョッとした目でレイズンを見た。
 
 この反応。まあ一般流通していないものを、レイズンのようなどこにでもいそうな若い男が持っていれば、裏で妙な組織と繋がりがあるのではと勘繰られてもおかしくない。
 
 とはいえさすがにこの国の騎士団長から貰ったとは言えない。そっちのほうがもっと怪しまれそうだし。
 
「はは……まあ。このメモくれた方が貴族の方なので……」
 
「ああ、そういうことなら……。量さえ十分であればこちらで承ります。あとはここに記載されたこれとこの薬草がちょっと珍しいものなので、少しお高くなりますが入手は可能です。お手持ちの草は生草で? それとも乾燥したものですか」
 
「たぶん生草……かな。だけどパリパリにはなってなかったけど、採りたてという感じでもなかったような……。あと花は……ついてたかな」
 
「完全に乾燥しているものではないみたいですね。現物を見せていただいて、もしカビなどで使えそうになければまたご相談ということで宜しいですか? 花がついてないということですが、草が本物かどうかもその時確認させていただきます」
 
「分かった。ではまた後日、あらためて持ってくる」
 
 薬師はまだ少しレイズンを怪しんでいたが、それ以上追求されることはなかった。まあこの薬自体、ただ珍しいというだけで違法というわけではないのだし。
 
(さて、この薬、本気で作るべきか)
 
 レイズンは先ほどまでの薬師とのやりとりを反芻しながら、この怪しい薬を完成させるべきか悩みながら小屋に戻った。
 
 
 
 ——そしてその夜
 
 
 
「……レイズン? どうした」
 
 難しい顔でハクラシスのペニスを掴んだまま考えこむレイズンを見て、ハクラシスは心配そうに頭を撫でた。
 
「何か悩みでもあるのか。……乗り気じゃないなら今日はもうやめて寝よう、レイズン」
 
 ハクラシスがそう気を使ってレイズンを引き離そうとすると、レイズンは慌ててハクラシスにしがみついた。
 
「あ、いや、違うんです! 乗り気じゃないなんて、絶対違います! 俺はいつでもやる気満々です!」
 
「じゃあどうしたんだ。やはり何か悩みでも……」
 
「あー……いや、そういうわけじゃ」
 
 心配そうなハクラシスに、レイズンは口ごもった。
 
 ハクラシスに言うべきか。でも言うと絶対に『そんな怪しい薬など飲まん』と言いそうである。
 しかも出所がアーヴァルだという時点で、完全拒否されそうだ。
 
 レイズンもあのアーヴァルが寄越した薬だと思うと、かなり抵抗がある。だが薬師の説明では危険性はないということだし、効果もありそうだった。
 薬師がしっかり見極めて調合するのだし、試してみる価値はありそうだと、そう結論づけた。
 
 レイズンは自分の中で納得すると、ハクラシスの萎えて垂れ下がったものをやんわりと手で持ち上げて、口に含んだ。
 
「あ、おい、レイズン……」
 
「ん」
 
 ハクラシスだって不能が治るならきっと嬉しいはず。
 レイズンだって生涯一度くらいは、ハクラシスとセックスがしたい。
 
(よし決めた。せっかくだし、作ってみるだけ作ってみよう)
 
 レイズンはどんなにしても柔らかいままのハクラシスのペニスを優しく扱きながら、ジュッと音を立てて吸い上げた。
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