夫の浮気相手と一緒に暮らすなんて無理です!

火野村志紀

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9.母、襲来

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 レナが屋敷に住むようになってから、私がエリオットと過ごす時間は減った。
 それに、キスをする機会も殆どなくなったと思う。
 その代わりエリオットは、レナとガンガン出かけるようになった。
 本人曰く「レナの家探しをしてるんだ」らしいけど、だったらドレスやらアクセサリーを買って帰らなくてもよくない……?

「奥様、大丈夫ですか? 顔色が随分と悪いですよ」
「……それが、昨日もよく眠れなくて」

 メイドに心配そうに聞かれ、私は額に指を添えながら答えた。
 ストレスから不眠症になってしまったみたいで、最近よく眠れないのだ。
 瞼を閉じれば、レナと腕を組んで歩くエリオットの姿が思い浮かぶ。

 ぶっちゃけ言うと、もう離婚したい。
 あの男への愛は枯れ果てているし、レナから取り戻したいという気持ちもさらさらなかった。
 だけど、うちの実家がそれを許してくれない。

「はぁ~。ねぇ、誰にも文句を言われずに離婚するには、どうしたらいいかしら」
「そうですねぇ……」

 メイドは離婚と言い出した私を止めようともせず、腕を組みながら真剣に考え始めた。
 私が何とか冷静さを保っていられるのは、使用人たちは全面的に私の味方だから。
 当初は中立の立場だった人も、エリオットに呆れて私についてくれた。

 ……節操も、人望もないわ。うちの旦那。


「少しお体をお休みになった方がいいですよ」とメイドに言われたので、寝室に戻る。
 私が違和感に気づいたのは、すぐのことだった。

「……は!?」

 アクセサリーを保管している小箱が、うっすらと開いている。
 慌てて中身を確認すると、あるものがなくなっていた。
 ま、まさか……

「今日立ち寄ったお店のケーキ美味しかったですね。レナ、また食べに行きたいです!」

 愕然としていると、あの甲高い声が部屋の外から聞こえた。エリオットとレナが外出から帰ってきたのだろう。
 弾かれるようにして廊下に出ると、二人がちょうど私の部屋を横切ろうとするところだった。
 そして私はレナの胸元を見て、目を大きく見開いた。

「どうしたんだい、リリティーヌ。そんなに怖い顔をして……」
「……さいよ」
「え? リリティーヌ?」
「その女が着けてるネックレス! 今すぐ返しなさいよ!」

 私は声を張り上げながら、レナを指差した。
 いや正確には、彼女の胸元で輝く大粒のルビーを。
 レナはそれを両手で包み込むと、泣きそうな顔で言う。

「ち、違うんですっ。これはちょっとだけ借りてただけで……」
「人の部屋から勝手に持ち出すのは、借りるって言わないわよね!?」
「だって、私が貸してくださいってお願いしても、いつもダメって言うじゃないですかぁ……!」
「当たり前じゃない! 祖母の形見の品よ!?」

 怒りに任せて叫んでいたら、疲れてきた……!
 だけど、こればかりは絶対に許さない。
 力ずくで取り返そうと、私はレナに両手を伸ばした。

「っ、やめないか!」

 エリオットが、私を思いきり突き飛ばす。
 よろめいた私を見る目は、呆れの色を帯びていた。

「確かに今回のことは、レナも悪い。だけどペンダントを頑なに貸そうとしなかった君にも、非があるよね?」
「……あなた、それ本気で言ってるの?」
「当然じゃないか。別に壊したり、汚したりするわけじゃないのに……ねぇ、レナ?」

 エリオットに名前を呼ばれると、レナは「はいっ」と元気に返事をした。

「うんうん。ほら、二人とも仲良くしようね?」

 エリオットが私の手を掴み、レナと無理矢理握手させようとする。
 いい加減ぶん殴ってやろうか、こいつら。
 そう決心して、ぐっと拳を握っていると、

「リリティーヌ奥様!」

 メイドが私の名前を呼びながら、駆け寄ってきた。

「奥様のお母様がいらしております!」
「え……?」

 母はいつも屋敷を訪れる時は、それをあらかじめ手紙で教えてくれる。
 なのに何の報せもなく、突然やって来るなんて……
 もしかしたら実家で、何か起きたのかもしれない。
 不安になりながら、私は急いで応接間へ向かった。



 すると久しぶりに再会した母は、おっとりした笑みでこう言った。

「リリティーヌ、今すぐ荷物を纏めなさい。こんなところから早く出て行きましょう」
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