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破滅の足音(マリー視点)2

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 ヘルメスを後にした私は一度家に戻り、それからバーリング家の屋敷に向かった。

 お茶会には参加すると言っている。
 ここで行かなかったりしたら私の立場はもっと悪くなる。
 送迎の馬車の中で私は青い顔をしていた。

 傍らのものを見る。

 大丈夫。
 これがあればきっと大丈夫……!

 屋敷に着くとソニア様が笑顔で私を迎えてくれた。

「こんにちは、マリー!」
「は、はは、はい。こんにちは」
「随分遅かったのね? もうみんな待っているわ」

 そう言いながらもソニア様は私の持っている箱を気にしている。
 きっとヘルメスのドレスをずっと楽しみにしていたんだろう。

 私はどんどん胃が痛くなるのを感じていた。

 部屋に案内されて席に着く。するとそこには子爵や伯爵といった家柄の令嬢たちが大勢すでにいた。
 このお茶会に参加する令嬢は、みんなソニア様に気に入られようと必死な者ばかりだ。

 もちろんソニア様もそれには気付いている。

 暗黙の了解というやつだ。

「ソニア様、これは最近とても評判の店から出ている香水ですの」
「こちらはお菓子ですわ」
「まあ、皆さんどうもありがとう」

 にっこり笑って慣れたように参加者からの手土産を受け取るソニア様。

 やがて私の番になった。
 周囲の注目を浴びる中、私は箱を持ってソニア様の元に向かう。

「マリー、これはもしかして前に話していたもの?」
「そ、そうです」
「開けてもよろしい? ヘルメスのドレスなのでしょう? 私、ずっと楽しみにしていたのよ!」
「……どうぞ」

 私が言うとソニア様は箱を開けた。

 中にはドレスが入っている。
 ソニア様はうきうきとそれを広げて確認した。

 大丈夫、大丈夫。
 失望されたりなんてしない。

 中に入っているのは私が持っていたドレスの中で一番高価なものだ。

 今日受け取ってきたヘルメスのドレスは、ミリネア様のせいでとても渡せない。

 レイナから奪ったドレスが一応あるけど……あれはもう私が着ているのをソニア様に見られている。
 あれも駄目だ。

 なので私の手持ちのものをプレゼントにした。

 どうせバレないはずだ。
 私のドレスだっていいものなんだし。

 ……そんな期待は一瞬で砕け散った。

「なに、これは?」

 ぞっとするほど低い声でソニア様が聞いてきた。

「へ、ヘルメスのドレス、です……」
「こんなものが? 馬鹿にされたものだわ。光沢もない。生地の手触りも悪い。デザインも古臭い。こんなものがヘルメスの作品なはずがないわ!」

 ソニア様が私のドレスを投げ捨て、踏みにじった。

 私は絶句した。それだって私の大切なドレスなのに!

「どういうこと?」
「あの子、ソニア様を騙そうとしたってこと?」

 他の令嬢たちがひそひそと話しているのが聞こえてくる。

 ソニア様は怒りの形相で詰め寄ってくる。

「ねえ、マリー? あなたは私にヘルメスのドレスを贈ると言っていたわね? これはどういうつもり?」
「そ、それが、ドレスは注文したんです! それがその、直前で駄目になってしまって。……ね、ねえ! あれを持ってきて! 早く!」

 指示をすると、従者が馬車からもう一つの箱を持ってきた。

 その中にはミリネア様にお茶をかけられてだめになったドレスが入っている。
 念のためこれも持ってきていたのだ。

「これはなに?」
「こ、こっちは正真正銘ヘルメスのドレスです! お茶を零して駄目になってしまったんです。悪気はなかったのです!」

 私が言うと、ソニア様は、ふっ、と鼻で笑った。

「なにを言ってるの? これがヘルメスのドレスなわけがないわ」
「え? そ、そんなはずは」
「デザインは似ているわね。けれど生地の質がゴミ同然。なにこれ? そこらの職人にでもヘルメスの服を真似して作らせたの?」

 生地の質がゴミ同然……?

 なんで? あれは本当にヘルメスの店主から受け取ったのに。

「違います! それは本物なんです!」
「もういいわ、あなたが嘘吐きだということはよくわかったから」
「そんな! 話を聞いてください!」

 私は慌てて駆け寄ろうとするも、他の令嬢たちに取り囲まれてしまう。

 なんで邪魔するのよ!? 私はソニア様に釈明しないといけないのに!

「あーあ、残念ね。せっかくソニア様に気に入られるチャンスだったのに」
「もう終わったのよ、あなた」
「たかが子爵の娘ごときがヘルメスのドレスを持ってくるなんてホラを吹くからそうなるの。残念だったわねえ」

 ニタニタと笑う令嬢たち。

 彼女たちも私と同じようにソニア様に気に入られようとする、いわばライバルだ。

 そんな相手が私の失態を見逃すはずがない。

 私はソニア様に聞こえない程度の声量で囁き続ける令嬢たちから、執拗な暴言を吐かれ続けた。

 私はすごすごと部屋の隅に行く。
 すると令嬢たちが代わる代わる嫌味を言いに来る。

「なに? まだいたの?」
「すごい度胸よねえ~。ソニア様を騙そうとするなんて。そんな恥知らずな真似、私には絶対に無理!」
「ううう」

 私はもう泣きそうだった。

 こんなところにいるのは耐えられない。

 ソニア様に気に入られるかどうかなんて、もうどうでもいい。

 今すぐ帰りたい。

「……体調が、優れないので、おいとまいたします」

 私がそう言っても、誰も見向きもしない。私はとぼとぼとバーリングの屋敷を出た。
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