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本編第四章:魔物暴走編

第七十二話「赤と青」

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 午後一時頃に昼食を食べ終えたが、まだ魔物暴走スタンピードの対応は続いている。
 サイクロプスなどの巨人とブラックコカトリスとサンダーバードが相手だが、未だに大量に上がってきており、途切れる気配がない。

「そろそろ出ると思うのじゃがの」

 ウィズが気にしているのはブラックコカトリスとサンダーバードの変異種のことだ。
 変異種は通常の魔物が強い魔力を受けて特殊な個体になったもので、牛頭勇者ミノタウロスチャンピオンの変異種、牛頭帝王ミノタウロスエンペラーが現れている。他にも吸血鬼ヴァンパイアの変異種である吸血君主ヴァンパイアロードや本来出ないはずの下級悪魔デーモンの上位種である上級悪魔グレーターデーモンなどもいた。

 更に巨人の変異種らしい巨神ティターン百人長センチュリオンというギリシャの重装歩兵もどきが現れている。
 レベルも六百五十ほどと高く、巨大な円形の盾と槍を持っていた。咄嗟に攻撃したが、盾は破壊できたものの、一撃で倒すことができなかった。
 倒しきれなかったことに驚いていると、長さ五メートルほどの槍を投げてきたため、少しだけ慌てさせられている。

 魔王アンブロシウスと四天王の魔眼のベリエスだが、未だにここに残っている。肉の回収は俺とウィズでやっているため、彼らに頼む仕事はないが、邪魔をしないから戦いを見せてほしいと言ってきたためだ。

 俺としてはティターンセンチュリオンの時のように必ずしも安全ではないため、地上に戻ってほしいのだが、拒む理由もなく認めている。
 ウィズは俺と少し意見が違った。

「よいではないか。夕食の時にも手伝ってもらえるしの」

「この後は金属ゴーレム系だから、俺たちだけでも問題ないと思うが」

「四人で飲み食いした方が楽しいと思わぬか?」

 ここが戦場だということは全く頭にないようだ。

「そうじゃ! 魔王たちの夕食を頼まねばならん! 頼みに行くゆえ、この場を任せるぞ!」

 それだけ言うと俺の返事も聞かずに転送魔法陣を起動して地上に戻ってしまう。
 呆れながらも魔物を攻撃しながら、二人に謝罪する。

「すみません。どうやらお二人のことを気に入ったようですね」

「我らを気に入った?」とアンブロシウスがやや呆けた表情でオウム返しで聞いてきた。

「気に入らなければ、一緒に飲みたいというはずはありませんし、あれほど楽しそうに料理を頼みに行くことはないと思います」

「そ、そうなのか……」

 絶句する魔王に対し、ベリエスは冷静だった。

「では、ドレイク殿の信頼を裏切らぬように確実に肉を回収せねばなりませんな」

「無理をしない範囲でお願いします」と答えるしかなかった。

 五分ほどでウィズは戻ってきた。

「夕食はマシューが作ってくれるそうじゃ。仕込みの時間が足りぬと困るので、カールにも何か作ってくれと伝言を頼んできたぞ」

「無理はしないように言ってあるだろうな」

 二人の料理人は俺たちの食事だけではなく、地上で戦っている兵士や探索者シーカーたちの食事も作っている。地上の分は量が多いので二人だけ作っているわけではないが、昨日から休みなく料理を作り続けているはずだ。

「無論じゃ。できる範囲で構わぬと念を押しておる。あの二人に倒れられては、これが終わった後の楽しみが減ってしまうのでな」

 無理を言っていないことに安堵するが、スタンピードの処理を終えたら、この町で宴会をするつもりでいることに呆れてしまう。

「終わったら王都に行かないといけないと思うぞ。アンブロシウス殿たちへの感謝の宴もあるだろうし」

「そうなのか? ならばトーレス国王に宴会の準備をさせねばならん。ここにある肉を至急運ばせねば」

 そう言って肉が入っている収納袋マジックバッグを持って地上に行こうとしている。

「慌てなくても大丈夫だろう。スタンピードが収まっても事後処理があるだろうし。夕食を取りに行くついでに運べば十分だ」

「じゃが、料理には時間が掛かるのではないのか? マシューは三日ほど掛けておったが」

「ミノタウロスの肉は運び込んであるんだ。あれだけでも十分だろう」

「それは違うぞ。我はエンペラーの肉も食いたい。それにサンダーバードもじゃ」

 どうやら手に入れた全部の種類の肉を食べるつもりのようだ。

 そんな話をしながらほとんど魔物を見ずに魔術を放ち続けていた。

「あれは!」というベリエスの声が響く。

 階段を見ると、そこには黒ではないコカトリスが二羽いた。その二羽は真紅の羽を持ち、通常のコカトリスともブラックコカトリスとも違った。

「遂に来たぞ! 変異種じゃ!」

 レッドコカトリスの動きはブラックより速く、石化のスキルを放っていた。
 最前線にいた俺に石化のスキルが当たるが、特に何も起きない。その間にウィズが放った風魔術の刃に切り裂かれる。
 そして、その場には二つの肉の塊が残されていた。

「我が取りに行く」

 ウィズは飛ぶように階段を駆け下りていく。そして、肉を掴むと、「初めての肉じゃ!」と両手で持ち上げて喜びをあらわにする。

「ドレイク殿! 後ろだ!」という魔王の警告の声が響いた。

 ウィズの後ろに今度は真っ青なサンダーバードが現れていたのだ。
 ブルーサンダーバードは「ピィィィ」という甲高い鳴き声と共に電撃を放った。完全な奇襲となり、ウィズの背中に三本の電撃が突き刺さる。

「ドレイク殿!」という魔王の悲痛な声が響き、駆け寄ろうとしたが、ウィズが平然とした顔で「何を慌てておるのじゃ」と言ったため、慌てて立ち止まる。

 ウィズは攻撃してきた相手を見るため振り返った。

「青いサンダーバードじゃと! 何ということじゃ!」という歓喜の声が響く。

 即座に魔術を放ち、階段の下まで降りていく。そこには新たにブルーサンダーバードとティターンセンチュリオンがいたが、

「肉は踏み潰させんぞ!」と気合の入った声と共に、そこにいた魔物すべてを焼き払った。

「こ奴らも肉を落としたぞ!」と言ってブルーサンダーバードの肉を回収し、階段の上まで戻ってきた。

「どのような味か楽しみじゃ。数を集めねばならぬから、更に気合を入れて狩らねばならんの」

「そうだな」と答えるが、魔王とベリエスは唖然としたまま、何も言わなかった。

 その後、更に二時間ほど狩り続け、大量の鶏肉を確保した。

■■■

 魔王アンブロシウスはゴウとウィスティアの二人の能力を目の当たりにし、ここに来たことが正解だったと確信した。

(ドレイク殿は豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターだ。千年前でもレベル千を超えていると噂されていたが、それは間違いないようだな。それにエドガー殿も同程度のレベルであることは間違いない。防具もなしでサンダーバードの電撃を受けてもダメージどころか痛みすら感じていないのだから……)

 アンブロシウスは最初に肉を拾いに行く時、自らに防御の魔術を掛けていた。彼自身、レベル七百三十の妖魔デーモン族であり、高い防御力を誇るが、サンダーバードの電撃を受ければ即死や麻痺は防げるものの、一瞬の硬直までは防ぐことができない。
 実際、防御魔術を掛けていても硬直を防ぐことに失敗している。それだけサンダーバードの電撃は危険なのだ。

 しかし、その電撃に対し、ゴウは気にする素振りすら見せなかった。何度も命中しているが、酷い時には当たったことすら認識していない。
 そのため、当初は自分より百ほどレベルが高いだけだと考えていたが、その考えを改めている。
 アンブロシウスは鑑定を使って鎧と盾の能力を見ていた。

(それにしてもこの防具は恐ろしいまでの性能だ。これを身に着けていれば、一人で大国を相手にしても負ける気がせん。完全ではないにせよ、災厄竜のブレスですら防ぐことができるだろう。だからといってドレイク殿に戦いを挑む気はさらさらないが……)

 その防具もあり、サンダーバードやブラックコカトリスの特殊攻撃を全く気にすることがなくなり、肉拾いという作業を安全に続けられている。

 更に時折、巨人に攻撃を仕掛け、経験値も稼いでいた。さすがにレベルは上がっていないが、これほど安全な環境で戦えることに喜びすら感じていた。

(ここで戦っていれば、レベル七百以上の敵と手合わせができるかもしれぬ。この防具を付けていれば傷つくこともない。上手くいけば、数年ぶりにレベルが上がる可能性も出てきたな……)

 アンブロシウスもゴウと同じようにレベルの上がりが遅くなっていた。特にレベル七百を超えた辺りから、毎日迷宮に潜ってもレベルアップするのは数年に一度しかない。

(それにしてももったいないな。肉にしか興味がないとはいえ、あれほどの価値の物を放置しておくとは……)

 アンブロシウスの手にはティターンセンチュリオンがドロップしたアダマンタイトの盾があった。巨人が使う直径三メートルを超えるような巨大なものではないが、直径一メートルほどのラウンドシールドで、小型の竜のブレス程度なら防げそうなほどの力を感じている。

 他にも大量に落ちている魔力結晶マナクリスタルや白金貨など、この一時間ほどで五千万ソル(日本円で五十億円)を下らない量を見ていた。
 その一部は回収されていたが、それは肉を取りに行く時に邪魔になるからだ。

(確かに黒金貨を無造作に渡せる方たちだから、この程度は端金はしたがねなのだろうが、あまりに我らと価値観が違い過ぎる……)

 それよりも気になっていることがあった。
 それはゴウが言った言葉、ウィスティアが自分たちを気に入ったという言葉だ。

(ドレイク殿に気に入られた? あの豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターに?……)

 今回の最大の目的はゴウに自分たちが改心し、無害な存在であることを示すことであり、目的はほぼ達成していると考えていた。
 それは“肉拾い”という雑用を自分にさせたことで、ゴウが後ろめたさを感じていることが分かったからだ。

 今なら万が一ウィスティアが自分たちに牙を剥いたとしても、ゴウが確実に止めてくれると確信している。
 しかし、最も危険な存在である災厄竜に気に入られたという事実に頭が付いていけない。

(これは果たしてよいことなのだろうか……逆に危険な感じがして仕方ないのだが……)

 漠然とした不安がアンブロシウスの心に影を落としている。だが、具体的に何が危険なのか分からないため、判断が付かない。

(ベリエスと話をしたいところだが、この状況ではできぬ。それに相談したところで、状況が変わるわけではない。とりあえず様子を見るしかないか……)

 そう割り切り、肉拾いを手伝い始めた。

 午後三時頃、魔物の種類が変わってきた。それまでの巨人とブラックコカトリスとサンダーバード、それらの変異種といった組み合わせから、金属ゴーレムになったのだ。
 ゴーレムと言っても通常の人型ではなく、身長四メートルほどの巨大なケンタウロス型だった。

「変異種のようじゃな。魔王とベリエスは下がっておれ」

 ウィスティアはそう言うと、階段を駆け上がってくるケンタウロス型ゴーレムに対し、高密度の火魔術を放った。
 ゴーレムに命中すると、人間の上半身に当たる部分が完全に溶け落ち、そのまま光となって消えていった。

「アダマンタイトでできたゴーレムのようですな。それがしが鑑定したところ、レベル七百十と出ておりました。それを一瞬で倒すとは、さすがはドレイク殿です」

 ベリエスが冷静に報告するが、アンブロシウスは何度目かの驚きに言葉を失っていた。

(レベル七百十のアダマンタイトゴーレムだと……それを一撃……信じられぬ……)

 アダマンタイトは非常に硬い金属であるだけでなく、魔術に対しても高い防御力を誇る。その金属でできたゴーレムはレベル六百程度の通常種であっても、アダマンタイトかオリハルコンでできた武器で少しずつ生命力HPを削って倒すしかないと言われていた。

「何を驚いておる。確かに生半可な魔術では弾かれてしまうが、炎の玉ファイアボールでも温度を上げれば済む話じゃ。まあ、我のブレスが使えればもっと簡単なのじゃな」

「ファイアボールとおっしゃるが、全く別の魔術に見えたのだが」

「魔力を少しばかり増やしておる。まあ、百万も込めればこのくらいのことはできる」

「百万……余のMP魔力総量は七百万しかないのだが……」

 普人族ヒュームの魔術師の場合、最高クラスの魔術師であってもMP総量は三万程度しかない。魔術の才能があるエルフや魔人族でもレベル五百程度では二十万を超えた程度だ。
 アンブロシウスのMP総量である七百万は別格と言っていいほどだが、それでも同じ魔術を放てば七回で打ち止めになる。

「ドレイク殿はどれほどの魔力をお持ちなのだ……」

 アンブロシウスの問いにゴウが笑いながら、

「まあ気にしないでください。こいつは元が竜なので」と言ってきた。

 アンブロシウスはこれ以上詮索するなという風に受け取る。

「確かに始祖竜であれば余の想像もできぬ能力を持っておってもおかしくはない」

 そこで自分の父親、先代の魔王のことを思い出した。

(父はこのような存在に挑んだのか……恐らくこれほどの力を持つとは知らなかったのだろう。知っていれば自殺行為だと分かるはずだからな……)

 そんなことを考えていると、階段の下にケンタウロス型がひしめき始めた。

「魔術で殲滅するより、剣で倒した方が楽そうだ。俺が行ってくるよ」

 ゴウはそう言って収納魔術アイテムボックスから一本の剣を取り出した。
 刃渡り一・二メートルほどの十字剣で、神々しい光を放っていた。

「聖剣アスカロンのようです。能力は見当もつきませぬ」

 ベリエスが報告するが、アンブロシウスはゴウの動きを目で追うことに集中していた。
 ゴウは無造作に剣を構えると、駆け上がってくるケンタウロス型ゴーレムを一刀のもとに切り裂いていく。
 三十秒も掛からずに十体ほどのゴーレムを破壊した。
 そして、落ちているインゴットを拾っていく。

「なぜそのような物を拾うのじゃ?」とウィスティアが問うと、

「トーマスさんたちの土産にでもしようかと思ったんだ。アダマンタイトは珍しいそうだからな」

「なるほど。ならば、肉ではないが、我も拾うとするか」

「トーマス殿とは?」とアンブロシウスが聞くと、

「この町に住むドワーフの鍛冶師でございます。エドガー殿、ドレイク殿の飲み仲間と聞いております」

 ベリエスがゴウたちに代わって答えた。

「その通りじゃ。面白い奴らじゃからな。酒や肉以外の土産があっても喜ぶじゃろう」

 アンブロシウスはトーマスなるドワーフもウィスティアのお気に入りだと気づいた。

(どのような者たちかは分からぬが、一度会ってみたいものだ。この二人とどう付き合えばよいか教えてくれるような気がする)

 アンブロシウスはそんなことを考えながら、ゴウたちの戦いを見ていた。
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