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本当の居場所にするために

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「がんこは、自分に自信がないんです」

 がんこが居場所としたい『ソルエス』の、代表であるハルさんには、深く知ってもらおう。それを受け止める度量が、このチームにはあると思うから。
 いつかがんこの口から直接語られたら尚良いが、身内からの客観的な情報提供も、がんこという存在を深く理解してもらうためには必要だろう。本人は勝手に語られることを嫌うだろうけれども。

「私たちの両親、特に母親が、幼い頃から事あるごとに私とがんこを比較して、できないがんこを否定するようなことを言うものですから、がんこ自身も『自分はできない』『自分は姉より劣る』と思い込んで生きてきて、今ではその思考がすっかりこびりついてしまっているのです」

「そうでしたか。俺は一人っ子だから正味の感覚は理解できていないかもしれないが、兄弟姉妹間に於ける比較によるコンプレックスというものがあることはなんとなく理解できます」

「私の方が三歳も年上なんです。子どもの三歳差は大きい。できることに格差があるなんて当たり前ですから、気にする必要なんて本当はなかったのです。ですががんこは、素直ですから」

 素直ながんちゃんは両親の言うことを、いちいち全部真に受けて、いなすでも防ぐでもなく、心の柔い部分で真っ向で受け止めてきたのだ。

「だから、がんちゃんが私がいない場を望む気持ちはわかるんです」


 ハルさんは少し考えるような様子を見せた。
 一拍の間を置いて、ハルさんは口を開いた。

「サンバは感情の発露だ」


 虐げられた者たち。
 ままならない生活。
 不平も不満も喜びも悲しみも怒り、欲望、渇望、羨望も。
 そのなにもかもを根源的な打楽器のリズムに乗せて歌い踊ったのが起源だと、ハルさんは言った。


「ひとつの逃げ場所としての在り方を、俺は否定をしない」

 けれど。と、ハルさんは続けた。


「サンバには立ち上がるための、生きるための、明日をよりよくするための、意欲と勇気を与える力もある」

 やや抽象的だが、やはり察しが良い。その言葉の意図は、おそらくわたしががんちゃんに今望んでいることを指し、サンバがその一助となり得ることを言っているのだろう。

 がんちゃんには、これまでの人生で心に纏わり付き絡み付いた糸を、サンバの持つエネルギーで多少乱暴にでも引き剥がして、軽やかな心で青春を過ごし、大人になっていってもらいたい。


「私の存在を、いつまでも厭い疎んじていたら本当に望むものは得られない。
誰かのせいで失われてしまうような相対的なものではなく、誰がいても揺るがない絶対的なものを」

 それが、私ががんちゃんに求めているもの。
 私の言葉にハルさんは頷き、そして少し考えるような顔をした。

「お姉さんは、そのために......」

 ハルさんが言いかけた時、私のスマートフォンからメッセージの着信を知らせる音が鳴った。

「キョウさんからです! がんこ、無事確保できたそうです」




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