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月の下で

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 通話を切る。スマホの画面に表示されていた時間は0時を回っていた。
 日を跨いでしまったか。つい話に熱中してしまった。


 何気なくカーテンをめくると、南の空に張り付いた盈月が黄色く輝いていた。
 その光は遠く、下界を明るく照らしてはいない。けれど遠い天空で輝く光は、闇に染まる下界からでもよく見えた。


 そっと部屋を出る。がんちゃんの部屋からは何の音も聞こえない。もう寝ているのだろう。
 生活音が殊更響くような造りの家ではないが、眠っていると思われるがんちゃんを起こしてしまわないように、音を立てないように階段を降りた。

 リビングは明るかった。


「なんだ、未だ起きていたのか」

 ソファには父が、つけっぱなしのテレビが流している日経CNBCをみるともなくみていた。
 リビングテーブルにはウイスキーグラスと開いたままのMacBook。軽く飲みながら、仕事関係の確認でもしていたのだろうか。

「うん。お父さんこそ」

 父は普段から仕事で遅く、朝は早い。
 帰宅しないこともあるくらいだ。
 帰ってきても明日に備え、さっとお風呂に入ってすぐに寝てしまうのが常だった。

 天の配剤という言葉を、些細なことにも使って良いのなら、これもまたそのうちのひとつだ。このタイミングで普段は意識しないと会えない父と話す機会が得られたのはありがたい。

「少しやることがあってな。もうひと段落したよ。これ飲み終えたら休むつもりだ。祷はまだ寝ないのか?」

「ちょっと友だちと長電話して喉渇いちゃって。麦茶飲んだら寝る。飲み終えたら寝るって、お父さんとおんなじだね」

 父は「そうだな」と笑っている。

「明日も早いんだよね? 早く寝ないといけないのかもしれないけど、少しだけ話しても良い?」

「構わないよ」



 手は打っていた。進めていた。
 しかし、至るには手持ちのリソースだけでは足りていなく、いくつか埋めるべき要素があった。そして、そのすべては必須であり、代替は効かない。更に、各要素の獲得にはそれぞれ複数の手順を経なくてはならず、そのどれもが、達成を以てでしか先に進めないのだから、何一つ取りこぼせない非常にシビアな状況だ。

 その要素のうちのひとつ。
 その初手に関してが、父への相談事である。
 これが成らねば現計画の不成立が確定する。新たな計画を練り直さなくてはならない。
 いや、他のルートで組み替えられるのかもしれないがあまりに迂遠で現実的ではない。どちらにせよ計画自体を見直すことになる。
 時間と確度を考えたら、それは避けたい。


 ふと、先ほど見た月を思った。
 月はまだ空で光っているだろうか。それとも、雲が隠してしまっただろうか。


「あのね」

 私は父の斜向かいに座り、話し始めた。
 





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