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検査

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 まずはその日の症状について、より詳細に伝えた。

 意識が回復するまでの時間が短かった点から、ハルからはいわゆる失神だろうとの判断を得た。

 失神は五人に一人くらいの割合で経験する、比較的珍しくはない症状だ。若くてもなる場合はある。
 子どもが起こしやすい失神と高齢者が起こしやすい失神は原因が異なるなど、要因にはいくつか種類がある。
 中には原因不明の失神というものもある。これは厳密には、原因がなくても起こるのではなく、今の医療では原因が突き詰められないということだ。

 原因不明のものも含め、多くの場合は軽症で、回復後に日常生活に支障がなければ、特に治療は必要としない。
 今回は失神前に胸痛や頭痛などの症状を伴わなかったことから、くも膜下出血などの重大な疾病ではないと考えられた。


 当日の状況を聞き取ったハルは、続いて病歴、飲んでいる薬など、問診を進める。


 ハルからは、知り合いでやりにくい、言いにくいなどがあれば、別の医者を紹介できると言われた。
 私には隠したいこと、言いにくいことなんて何ひとつない。身体のことに限らず、人生だろうが心情だろうが、訊かれればなんだって答えるつもりだ。記憶違いや勘違いはあるかもしれないけれど、隠したり偽ったりはしない。妊娠の可能性なんて質問にも、ノータイムで明瞭な回答を伝える。


 普段は超然としているが、なんならハルの方が訊きづらそうにしているように見えることがあるくらいだ。
 珍しいものを見られたなんて思ってしまう。

 問診は正しい情報を得るための行為だ。患者側が正しさを歪めてしまうことは割と起こり得る。医師の方が話しやすい雰囲気を作ることが大切だ。
 知り合いとのいつもの会話のような雰囲気は、お互い口を軽くさせてくれそうだが、知り合いが故に訊きにくいと思うような気持ちがハルにもあったようで、少し微笑ましい。


「これまでに意識を失うような症状の経験は?」

「ありません」

 ハルの質問に答えていく。


 朝食はポーチドエッグ入りのスープ、ほうれん草とベーコンのサラダ、オレンジジュース、ヨーグルト、柿。摂取後一時間以上経過していた。
 前日はアルコールは摂っていない。
 特に運動もしていない。
 やや睡眠不足だった。
 自覚症状はなかったが疲れはあったと思う。
 車内では考え事をしていたため、スマートフォンや本は見ていなく、音楽も聴いていなかった。
 やや混んでいた。
 気温、湿度は高め。
 立っていた時間。
 感情の起伏の有無

 その時、その場の情報がハルに集積されていった。

「まあ問題はないだろう。ただ、念のため心電図は撮るぞ」

 症状や状況から、脳貧血が疑わしい。ただ、不整脈など心臓病の可能性も否定はできないので、そこを調べておきたいという。


 看護師の方なのか技師の方なのか、女性の担当の方に促され、小さな部屋に通された。
 ベッドに横になり、胸に吸盤のようなものをいくつかと、両手首に洗濯バサミのような枷のようなものをつけられ、力を抜いて数分過ごす。

 その場でスクロールが印刷されて出てきた。

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