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ビオラ

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 メイクや着替えに集中するメンバーが増えてくると、控え室内は少し静かになる。
 自ずと緊張感が高まってゆく。

 私たちも着替える。
 スタッフ用のTシャツに白いパンツ、とシンプルな格好なので着替えにはあまり時間は掛からない。
 サポーター用の袋にドリンクや紙コップなど必要なものを入れ、内容の確認を終えたら準幅はほぼ完了だ。
 まだ時間はある。

 メイクに勤しむメンバーたちの様子を見てみると、ビオラはあらかた準備を終えたようだった。

 ビオラのメイクは舞台用のものとしてすでに完成していた。ビオラはメイクが上手く、サンバのメイクや舞台映えのするメイクの仕方を後輩に教える教室を開くこともある。

 着替えもベースのところは終わっている。
 コステイロは羽根のセッティングは終えているが装着はしていない。カベッサもだが重さや身体への締め付けなど、身に着けるだけでも負担が大きいらしく、パシスタが最終形態になるのは控室を出る段階になってからだ。

 まだ完全に準備を終えていなくてはならない時間である「完スタ」まではしばらくある。

 生じた空き時間、ビオラは食事を摂らないようだがチャージ系のゼリー飲料を摂取していた。


 ビオラの練習に対する向き合い方は、ひたすらに黙々と、まるでジムでのトレーニングのようにこなすストイックなスタイルだ。
 饒舌な方ではないが面倒見は良く、後輩たちの指導も積極的に行っている。
 ビオラの指導はブートキャンプを彷彿させる熱量で、やり切ったものに達成感を与えるが、ついていくには覚悟が必要となる。
 一方、技能に関する個人的な指導の場合は事細かく説明してくれるのでわかりやすいという評価も多い。

 また、サンバという文化に対しても真摯だ。サンバに関する知識が豊富で、歴史や文化に裏打ちされた論理を持っている。

 
 サンバはアフリカから連れてこられた黒人奴隷が、制限を課された環境下で、生活の苦しさや戻ることのできない故郷への想いなど、強いられている「なにか」を振り払わんがために生み出された背景がある。
 その者たちが信仰する対象へ捧げるもの、崇めるものを現す儀式としての側面もある。
 発祥後、浸透と拡大の段階に於いて、階級を超え、国を超え、人種を超え他文化を取り入れて成熟した経緯がある。
 
 ビオラの教えにはそのあたりの知識や考え方が含まれていることもあり、単なる技術指導には終わらない、サンバという文化に触れ、動きのひとつひとつの意味を理解しながら覚えていくことができるのだ。
 
『ソルエス』に於ける、サンバという文化を支える支柱のひとりでもある。
 
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