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街を駆る(LINK:primeira desejo 120)
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エンジンに火を入れる。
目覚めた獣の脈動がハンドルを握る手に、そして心に、伝わる。
いける?
心で問う私に、一定のリズムを刻み続ける獣は「主の指示さえあれば、いつでも」とでも応えているかのよう。
スマートで理知的な相棒。そんな彼に相応い者で在れるよう、ゆっくりと且つしなやかにシフトレバーを操作する。
アクセルを踏めば控えめな咆哮を上げて、我が獣は吐き出すエキゾーストも清らかに、ゆっくりと流れるように路面に身体を滑らせてゆく。
室内に流れる音楽には軽妙なロックを選んだ。疾走感のあるメロディに、重さは少々控えめながら、刻むビートは心の律動を高めてくれる。そして、BGMの奥から届く微かに唸る駆動音は上品で。速度の上昇に比例するように喚くことなど決してしない。
ナビの音声など無粋。
冷静な我が獣に身も心も委ね、感覚の赴くまま静かなる速度を軽やかに操ってみせる。
「ねえ、ここさっき通ったよね?」
助手席でシートに身を包みスピードを感受しているがんちゃんの心には、風景に心を預ける余裕があるようだ。あと今日もかわいい。
「うん、さっき通ったね」
がんちゃんと一緒にたどる道ならば、何度同じ道を通ったって良い。事実、先ほどは得られなかった質問が生まれたではないか。
「ねえ、駅右の方じゃない? なんで左曲がるの?」
そっか、がんちゃんは未だ免許持ってないもんね。車乗りの常識を教えてあげよう。
「がんちゃん、車はね? 左折を三回すれば右に曲がるのと同じ効果が得られるんだよ?」
「? じゃあ最初から右に曲がれば良くない?」
うんうん、そんながんちゃんもかわいいよ。
がんちゃん、うつしよにはね、右には右の、左には左の世界があるの。きっといつか、分かる日が来る。
「ねえ、時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だよ」
ほんとに? みたいな顔をしているがんちゃんもまた、かわいい。
間に合うかどうかという問いならば、割とぎりぎり、というかやや間に合わないだろう。
だけど、大丈夫かという問いならば、大丈夫との答えになる。だって、大丈夫じゃない時間なんてないから。
時間はいつだって、私たちの前に平等に流れているのだから。
「ねえ、なんか今日、変じゃない?」
風景の違和感に続き、私の僅かな変化さえ見逃さないとは。本日のがんちゃん、切れ味鋭い。
このあと私は街乗りというレベルと比較すれば長距離の運転をすることになる。しかも、短い区間とは言え高速に乗るのだ。
なればこそ、車に乗った時点からドライバーモードに切り替える必要があろう。
心が。
心の在り様が。
身体を動かし、機能を最適化するのだ。
レザーのグローブやサングラスなどは装着してはいないが、気持ち的には夜のしじまを研ぎ澄まされたドライビングテクニックで切り裂くが如く。
実際は日中のやや混みあった公道を進んだり止まったりしているだけだし、ハードボイルドを意識した心の裡も、対象がハイブリッドカーではいまいち締まらないけど、まあそれはそれ。
さて、大丈夫等と嘯いてはみても、遅刻はしない方が良い。
残り時間と残りの道程をざっと計算する。多分間に合う。残りはすべてノーミスで行けたならば。
目覚めた獣の脈動がハンドルを握る手に、そして心に、伝わる。
いける?
心で問う私に、一定のリズムを刻み続ける獣は「主の指示さえあれば、いつでも」とでも応えているかのよう。
スマートで理知的な相棒。そんな彼に相応い者で在れるよう、ゆっくりと且つしなやかにシフトレバーを操作する。
アクセルを踏めば控えめな咆哮を上げて、我が獣は吐き出すエキゾーストも清らかに、ゆっくりと流れるように路面に身体を滑らせてゆく。
室内に流れる音楽には軽妙なロックを選んだ。疾走感のあるメロディに、重さは少々控えめながら、刻むビートは心の律動を高めてくれる。そして、BGMの奥から届く微かに唸る駆動音は上品で。速度の上昇に比例するように喚くことなど決してしない。
ナビの音声など無粋。
冷静な我が獣に身も心も委ね、感覚の赴くまま静かなる速度を軽やかに操ってみせる。
「ねえ、ここさっき通ったよね?」
助手席でシートに身を包みスピードを感受しているがんちゃんの心には、風景に心を預ける余裕があるようだ。あと今日もかわいい。
「うん、さっき通ったね」
がんちゃんと一緒にたどる道ならば、何度同じ道を通ったって良い。事実、先ほどは得られなかった質問が生まれたではないか。
「ねえ、駅右の方じゃない? なんで左曲がるの?」
そっか、がんちゃんは未だ免許持ってないもんね。車乗りの常識を教えてあげよう。
「がんちゃん、車はね? 左折を三回すれば右に曲がるのと同じ効果が得られるんだよ?」
「? じゃあ最初から右に曲がれば良くない?」
うんうん、そんながんちゃんもかわいいよ。
がんちゃん、うつしよにはね、右には右の、左には左の世界があるの。きっといつか、分かる日が来る。
「ねえ、時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だよ」
ほんとに? みたいな顔をしているがんちゃんもまた、かわいい。
間に合うかどうかという問いならば、割とぎりぎり、というかやや間に合わないだろう。
だけど、大丈夫かという問いならば、大丈夫との答えになる。だって、大丈夫じゃない時間なんてないから。
時間はいつだって、私たちの前に平等に流れているのだから。
「ねえ、なんか今日、変じゃない?」
風景の違和感に続き、私の僅かな変化さえ見逃さないとは。本日のがんちゃん、切れ味鋭い。
このあと私は街乗りというレベルと比較すれば長距離の運転をすることになる。しかも、短い区間とは言え高速に乗るのだ。
なればこそ、車に乗った時点からドライバーモードに切り替える必要があろう。
心が。
心の在り様が。
身体を動かし、機能を最適化するのだ。
レザーのグローブやサングラスなどは装着してはいないが、気持ち的には夜のしじまを研ぎ澄まされたドライビングテクニックで切り裂くが如く。
実際は日中のやや混みあった公道を進んだり止まったりしているだけだし、ハードボイルドを意識した心の裡も、対象がハイブリッドカーではいまいち締まらないけど、まあそれはそれ。
さて、大丈夫等と嘯いてはみても、遅刻はしない方が良い。
残り時間と残りの道程をざっと計算する。多分間に合う。残りはすべてノーミスで行けたならば。
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