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Tristeza
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Tristeza。
メロディアスな曲調に、ヴォーカルが付く場合はしっとりとした歌声や軽やかな歌声が載せられることが多い。
Tristezaはブラジル発祥のボサノヴァの名曲だ。
ボサノヴァはブラジル起源の大衆音楽として広まっていたサンバやショーロから、ブラジル国内で比較的裕福な層の若者がジャズなど異国の音楽を取り入れ、洗練させた音楽ジャンルである。
ボサノヴァ自体日本でもある程度浸透していて、どんな音楽かくらいは何となく理解しているひとは多いだろう。
ジャズなどを取り入れた背景があることなどからもジャズとの相性は良く、ジャズ化されている場合も多い。
ボサノヴァとジャズの大きな違いにはリズムが挙げられる。
ボサノヴァは8ビートが基本でジャズは4ビートが基本だ。サンバから発生したボサノヴァではあるが、ダンスミュージックではないのでリズムは強調しないのが特徴だ。
尚、サンバは元々2ビートの音楽である。
ボサノヴァが歌を聴かせる音楽であるのに対し、ジャズはダンスミュージックであり、演奏を聴かせる音楽でもある。
サンバを起源に持つこともあり、サンバチームがパゴーヂやショーなどでボサノヴァを演奏することも多い。
ダンスミュージックではなくても、ボサノヴァでサンバダンサーが踊ることもある。
もちろん、サンバの曲として演奏され、踊ることも珍しくない。
Tristezaは明るくリラックスできる曲調で、バックグランドミュージックとして適しているし、ジャズでも演奏されるように、演奏する音楽としても好まれている。
私がブラスバンド部時代にも演奏したことのある曲だった。
ブラスバンド部の大会でこの曲を演奏することを知った母から、この曲が好きであることを若き日の思い出とともに聞かされていた。
当時の私は、実はこの曲はあまり好きではなかった。
明るく心地良い調べは好ましいと思っていた。
曲を演奏するにあたり、理解を深める必要性があると思っていた私は、楽曲の背景や歌詞の意味などを一通り調べた。
すると、和訳すれば「悲しみ」、ジャズの英語版を和訳すれば「悲しみよさようなら」のタイトルから、明るいばかりの歌ではなさそうだと思った。悲しみを乗り越えるため(または乗り越えた)の歌なのだろうとの予測は、大いに裏切られることになる。
和訳や解釈を進めていってわかったことは、簡単に言えば、主体者がただ悲嘆に明け暮れる詩だった。
訳し方によっては何者かに受けた仕打ちに対する恨みつらみ、呪いの言葉を綴ったような内容にもなる。
「くらいなぁ」というのが率直な感想だった。
悲しい歌はあっても良い。後ろ向きな歌や暗い歌だって誰かにとっての救いとなる。ときには嘆くだけ、泣いているだけなんて時間も、傷を癒すには必要だろう。
だからこそ、微かでも先を感じさせる何かが欲しかった。
前向きでなくても、つらいままでも、それでも訪れる「今を超えた先」に関する何かが無くては、ただ嘆いてどん詰まっているだけの状態を見せられたとて、それでどう思えというのだろうか。
メロディアスな曲調に、ヴォーカルが付く場合はしっとりとした歌声や軽やかな歌声が載せられることが多い。
Tristezaはブラジル発祥のボサノヴァの名曲だ。
ボサノヴァはブラジル起源の大衆音楽として広まっていたサンバやショーロから、ブラジル国内で比較的裕福な層の若者がジャズなど異国の音楽を取り入れ、洗練させた音楽ジャンルである。
ボサノヴァ自体日本でもある程度浸透していて、どんな音楽かくらいは何となく理解しているひとは多いだろう。
ジャズなどを取り入れた背景があることなどからもジャズとの相性は良く、ジャズ化されている場合も多い。
ボサノヴァとジャズの大きな違いにはリズムが挙げられる。
ボサノヴァは8ビートが基本でジャズは4ビートが基本だ。サンバから発生したボサノヴァではあるが、ダンスミュージックではないのでリズムは強調しないのが特徴だ。
尚、サンバは元々2ビートの音楽である。
ボサノヴァが歌を聴かせる音楽であるのに対し、ジャズはダンスミュージックであり、演奏を聴かせる音楽でもある。
サンバを起源に持つこともあり、サンバチームがパゴーヂやショーなどでボサノヴァを演奏することも多い。
ダンスミュージックではなくても、ボサノヴァでサンバダンサーが踊ることもある。
もちろん、サンバの曲として演奏され、踊ることも珍しくない。
Tristezaは明るくリラックスできる曲調で、バックグランドミュージックとして適しているし、ジャズでも演奏されるように、演奏する音楽としても好まれている。
私がブラスバンド部時代にも演奏したことのある曲だった。
ブラスバンド部の大会でこの曲を演奏することを知った母から、この曲が好きであることを若き日の思い出とともに聞かされていた。
当時の私は、実はこの曲はあまり好きではなかった。
明るく心地良い調べは好ましいと思っていた。
曲を演奏するにあたり、理解を深める必要性があると思っていた私は、楽曲の背景や歌詞の意味などを一通り調べた。
すると、和訳すれば「悲しみ」、ジャズの英語版を和訳すれば「悲しみよさようなら」のタイトルから、明るいばかりの歌ではなさそうだと思った。悲しみを乗り越えるため(または乗り越えた)の歌なのだろうとの予測は、大いに裏切られることになる。
和訳や解釈を進めていってわかったことは、簡単に言えば、主体者がただ悲嘆に明け暮れる詩だった。
訳し方によっては何者かに受けた仕打ちに対する恨みつらみ、呪いの言葉を綴ったような内容にもなる。
「くらいなぁ」というのが率直な感想だった。
悲しい歌はあっても良い。後ろ向きな歌や暗い歌だって誰かにとっての救いとなる。ときには嘆くだけ、泣いているだけなんて時間も、傷を癒すには必要だろう。
だからこそ、微かでも先を感じさせる何かが欲しかった。
前向きでなくても、つらいままでも、それでも訪れる「今を超えた先」に関する何かが無くては、ただ嘆いてどん詰まっているだけの状態を見せられたとて、それでどう思えというのだろうか。
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