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27. 実は饒舌な旦那様でした……が

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  (ま、まさか!?)

  私は勢いよく横を向く。
  そこに居るのは、相変わらずの美貌を持った旦那様だけ。でも、旦那様はこれまでずっと無口を貫いていて……

  (けれど今、確かに私の横からいい加減にしろ……と言う声が聞こえたわ)

  そんなの旦那様しかいない!
  嫁いでから一度も聞いていない旦那様の声────その声が今のだった!?

  (私の胸がドキドキする。旦那様……!)

「お前達はなぜ、家族なのにいつも、ミルフィの気持ちを考えない!?」
「……!」

  (あぁ、や、やっぱり旦那様……の声)

  しゃ、喋っている……!  喋っているわ……!!
  本物……本当に本当に旦那様が喋っている!

  これはもう、シルヴィの我儘も理不尽なお母様の発言の何もかもが霞んでしまうくらいの衝撃だった。

  (旦那様の声……少し低めで、でもどこか甘さがあって……あぁダメ!  うまく表現が出来ないわ。でも、美しい人は声までもが美しい……)

  私がその声に聞き惚れてうっとりしそうになっている間も、旦那様の怒りは収まらなかったようで追求は続いていた。


「そこの性悪妹!」
「……し、性悪ですって!?」

  シルヴィが性悪呼ばわりされて憤慨している。

「そこの毒母!」
「毒母!?」

  毒母と呼ばれたお母様は唖然としている。

「そこの愚父!」
「愚父……!?」

  お父様もあんぐりと口を開け旦那様を見つめる。
  旦那様はそんな三人の顔をそれぞれしっかり見つめながら言った。

「いいか?  お前達は、家族とは言っても二度と俺の愛する可愛い妻、ミルフィに関わるな!!」
「「「なっ……!」」」

  旦那様のその言葉に三人が絶句する。

「……っ!  お義兄様、どうしてですか?  何でそんな事を言うんですか!  私はお姉様の妹よ?  たった二人の姉妹なのに!」
「そうよ!  関わるなですって?  ミルフィは正真正銘私の娘。私は母親なのよ!?」

  当然のようにシルヴィとお母様は反論する。
  お父様は未だに言葉を失ったまま。呆然とした顔でこちらを見ている。
  多分だけど“愚父”にショックを受けている。

「……妹?  姉妹?  娘?  母親?  こんな時だけ都合よく家族面するな!」
「都合よく?  お義兄様ったら何を言っているの?」
「そうよ!  私達はミルフィの事だってちゃんと娘としてー……」
「黙れ!」

  旦那様のその剣幕にお母様とシルヴィはビクッと身体を震わせた。
  
「ひぇっ!?」
「ひっ!」

  “冷酷無慈悲”と呼ばれている旦那様の片鱗が見える。
  無言のまま睨まれるのも迫力はあったけれど、怒りを孕んだ声とセットになると益々その冷たさに磨きがかかっているように思えた。

「おい、毒母!」
「っ!  ですから毒母って言い方は……」

  憤るお母様に対して旦那様は冷たい声で言い放つ。

「お前みたいな母親が毒母でなくて何と呼ぶ?  なにかと普段からそこの性根の腐った妹と比べては俺の可愛い可愛い……か……コホンッ、ミルフィを貶していただろう!?」
「そんな!  く、比べてなんて……いな……」

  反論しようとしたお母様の語尾が段々と弱くなる。それは図星だから。

  (……それより、俺の可愛い可愛い……か……って何?)

  可愛いなんて今まで言われた事がないから凄く恥ずかしい。
  そんな場合では無いのに顔が赤くなってしまう。

「母親がそんなだから、そこの腐った性悪な性格の妹が出来て、俺の可愛い妻であるミルフィは色んな事を諦める人生を送る事になった!」
「……っ」

   (旦那様……どうして……)

  これまで驚くくらい無口だったはずの旦那様は、今までの無口がまるで嘘だったかのように饒舌にお母様を責めていく。
  思っていた以上に口が悪いのは……怒りのせいかしら?

  (いつも、真っ赤な顔で照れている旦那様ばかり見てきたから新鮮だわ)

  やっぱりそんな場合では無いのに旦那様にときめいてしまう。

「そこの性悪妹!」

  反論出来ずに黙り込んだお母様を無視して旦那様は矛先をシルヴィへと変えた。

「酷いわ、お義兄様……何で私をそんな呼び方をするんですか?」
「……お前には言いたい事があり過ぎる」
「ですから、性悪だなんて酷……」

  旦那様は、はぁ、とため息をつくとシルヴィの訴えを無視しながら話を続ける。

「だが、きっと俺がここで何を言ってもお前には無駄だ。全く通じないのだろうな」
「む、だ?」

  シルヴィが首を傾げる。

「そこのどうしようも無い親にたくさん甘やかされて、長年、自分が世界の中心であるかのように好き放題して来たお前のような者との会話が成立するとはとても思えない」
「ふ、ふふ、嫌だわ。お義兄様ったら!  それって要するに私が可愛すぎて照れ……」
「……俺が照れているから会話が出来ないと言いたいんだろう?」

  この期に及んで勘違い発言をするシルヴィに対して旦那様が呆れた目を向ける。

「そうです!  だって誰よりも可愛い私だもの!」
「勘違いするな!  醜く歪んだ性格のお前のどこが可愛いと言うんだ?  俺はそんな事を一度だって思った事は無い!」
「え?  嘘……なら、お義兄様は……」

  シルヴィが少しだけ動揺した。
  
「俺が照れて話せなくなるのは可愛い愛する女性ミルフィを前にした時だけだ!」

  (…………ん??)

  あまりにも堂々と言い切ったのでうっかり流してしまいそうになったけれど、よくよく聞けばかなりのヘタレた発言に聞こえる。

  (照れて話せなくなる……?  つまり?)

  謎のヘタレ発言に内心で首を傾げていたら、当の旦那様はその言葉と共にグイッと私の腰に手を回し抱き寄せた。

「だ、旦那様!?」
「…………ミ、ミ、ミルフィ……!」
「!!」
  
  顔を真っ赤にした旦那様が私の名前を口ごもりながら呼んだ。
  そして、もう片方の手で優しく頭をそっと撫でてくれた。
  これは照れた時のナデナデ。
  つまり、旦那様は盛大に照れている!

  (……それに今、私の名前を呼んだ“ミルフィ”って声の響き……どこかで聞いたような……)

「……!」

  (そうだわ!  初めて旦那様とキスをした時……あの時、薄らと聞いた気がしたあの声!)

  ──あれ、旦那様の声だったんだわ……

「ミ、ミ、ミ、ミルフィ……」
「はい、旦那様!  ……あ、いえ、アドルフォ様」

  何やら口ごもっているけれど、旦那様に名前を呼ばれている!  その事が嬉しくて私は微笑んで答えた。
  すると、さらに旦那様の顔が真っ赤になってもっと口ごもった。

「お、俺……俺のか、かっ、可愛……可愛い奥さん、ミ、ミルフィ……」
「……か、可愛い奥さん!?  ……です、か?」

  私が思わず照れると真っ赤な顔をした旦那様がコクコクと頷きながら言う。

「ミ、ミ、ミ、ミルフィは、とっても、かっ、か、可愛……可愛い俺の、お、お、奥さんだ!」
「!!」
「お、俺が、あ、愛してる、のは、ミ、ミ、ミルフィ……だけだ!」

  (──愛してる!)

  口ごもった旦那様がそう言ってギュッと私を抱きしめた。
  こんな形で愛の言葉が聞けるなんて!
  嬉しい……

  旦那様の胸の中でそう思ったその時───……

「嘘、嘘、こんなの嘘よーーーー!!」
「!」

  またしてもシルヴィの叫び声が部屋の中に響き渡った。

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