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第3話
しおりを挟む「あ、今日も返事来てる! 最近はペースが早いなぁ」
図書館で例の本を開くと、先日私が書いたばかりの手紙は無くなっていて、代わりに返事の手紙が挟んであった。
「確か、権兵衛さん、先日はリンゴの皮を剥こうとして失敗したんだっけ。怪我良くなってるといいんだけど」
『包丁とは扱うのが難しいものですね』
なぁんて大真面目に書いてあったから思わず笑ってしまった。
そもそも何でリンゴなんて剥こうとしたのかちょっと気になるところだ。
──だって、権兵衛さんは間違いなく貴族男性だもの。
この学校は身分問わずだから生徒の中には貴族も平民もいる。だけど、圧倒的に貴族が多い。
そして、権兵衛さんの書く話題の中に社交界が……と書かれていた事があったからそこは間違いないと思う。
「住む世界が違う……」
今はこうして、手紙のやり取りを通して仲良くなった気がしてるけど、本当はそうじゃない。
本来は私なんかとは住む世界が違う人。
かろうじてこの学校にいる間は身分差を意識しないでいられても、卒業してしまえば……
きっと顔を合わせる事も言葉を交わす事も無いくらい遠い人。
「モヤモヤする……」
権兵衛さんの正体。
知りたいと思った時もあったけど、今は知らない方がいいんじゃないかって思うようになった。
だって知ってしまったら……
──きっと、私は権兵衛さんに恋をしてしまう。決して叶う事のない恋を。
こんな事を考えた時点で既に手遅れなのに、私はまだどこかで抱き始めた想いに抗おうとしていた。
****
『名無しさんへ
先日の名無しさんからの手紙にあった、卒業後の進路の事ですが……』
本日の手紙はそんな書き出しで始まっていた。
私は先日の手紙で、卒業後の進路に悩んでる事を打ち明けていた。
詳しくは書けないけど、家業を継ぐかどうかの悩みだけ。
顔も知らない権兵衛さんだからこそ相談したくなった。
そして思った通り権兵衛さんは、とても親身になって一緒に考えてくれた。
(……やっぱり好きだなぁ)
こんな見ず知らずの私の悩みに真剣に考え優しく答えてくれる権兵衛さんの事が。
「顔も名前も知らないのに……」
もうこの育った気持ちに気付かないフリは出来そうに無かった。
どうしても、人は容姿に惑わされやすい。なのに。
「中身を好きになるってあるんだなぁ……」
自分がこんな風に誰かを好きになるなんて思いもしなかった。
この恋は実らない。
ならば、せめて……卒業するその日まではこのままでいられればいい。
そう願った。
そんな私の気持ちとはうらはらに、権兵衛さんの私の進路の悩みに関するアドバイスは、いつしか権兵衛さん自身の話へと変わっていった。
『私の場合は、周りにとにかく早く婚約者を作って家の跡取りとしての自覚を持つようにと促されているのですが……』
「婚約者……!!」
そこまで読んだ時、私は思わずそう声を上げていた。
自分が平民だから、考えもしなかった。
“婚約者”
貴族の子息令嬢なら、遅かれ早かれいるであろう婚約者という存在。
……ズキンッ
胸が痛んだ。
分かりきった事なのに。
いくらこうして何度も手紙のやり取りをして仲良くなったつもりでいても私と権兵衛さんの距離は遠い。
きっといつか権兵衛さんは綺麗で可愛い貴族令嬢と結ばれるのだろう。
「……っ」
落ち込みそうになる気持ちを抑えて更に読み続けると、権兵衛さんは更なる衝撃を私に落とした。
『……ですが、私はどんな形でも自分が好きな人と添い遂げたい』
「好きな人……?」
これは権兵衛さんには婚約者はいないけど、想いを寄せてる人がいるという事?
「それに、どんな形でもってどういう意味だろう?」
意味深だなって思った。
……もしかしたら、権兵衛さんは私みたいに叶わない恋をしているのだろうか?
そうとしか思えなかった。
『権兵衛さん
権兵衛さんは恋をしているのですか?』
答えを知ったら自分はきっと傷付く。
そう分かっていても、私はどうしても聞かずにはいられなかった。
****
権兵衛さんからは、
『──そうなんです。私にはずっと想いを寄せている人がいます』
そんな返事が来た。
あぁ、やっぱり。
ただでさえ未来の無い私の恋に更に追い打ちをかけられた気持ちになった。
そして、権兵衛さんは更に私を突き落とす。
『──名無しさん、もし迷惑でなければ私にアドバイスをくれませんか? 私はどうしても、卒業までにその人を振り向かせたいのです……』
「何でよ……」
思わずそんな声が漏れた。
まさか、好きな人に好きな人の相談されるなんて……これはなんの拷問だろうか。
……泣きそうになった。
それからやり取りして分かった、権兵衛さんの好きな人。
ハッキリ誰かなんてもちろん分からないけど、どうも権兵衛さんと同じクラスの人らしい。
そして、権兵衛さんの手紙の印象からは意外だったのだけど……
どうも、権兵衛さんはその好きな人を前にすると挙動不審になるらしい。
「えぇ~……」
その日の返信を読んで私は驚いた。
『たくさんアドバイスを頂きましたが、そもそも私にはどれも難しいのです』
「何でぇ?」
私は思わず声を上げる。
傍から見ると、どデカい独り言を連発しているようにしか見えないけれど、出てしまうものは仕方ない。
『私は好きな人を前にすると、どうしても素直になれないのです──』
権兵衛さんがそんな事を言い出した。
素直になれないって……
挙動不審どころかそんな初歩の初歩から彼は躓いているようだった。
「どういう態度なんだろ? それをお相手はどう受け止めてるのかな……」
──なら、いっそこのまま上手くいかなければいいのに。
そんな悪い心の声が頭の中に響く。
「……っ!」
私は必死にその頭の中の声をかき消して、「まずは素直になる所から始めましょう!」と在り来りな事しか書けなかった。
****
そんな手紙のやり取りをしてから数日後の事だった。
「アリアン、これ」
「?」
オカン……じゃない。
レオナールが私に1冊のノートを差し出して来た。
いったい何だ? と私は首を傾げる。
そう言えば、最近のレオナールはちょっと大人しかったな、と振り替える。
「今度の試験範囲をまとめてみた」
「え?」
「かなり、要点を絞ってみたからこの範囲を覚えるだけでもだいぶ違うと思う」
「レオナール?」
私はまじまじとレオナールを見つめる。
いったいどうしたのだろう?
今までこんな事してくれた事ないのに……
「な、何だよ……」
レオナールが顔を赤くしてパッと目を逸らす。
うん。こんな彼は初めて見た。
「う、ううん……ありがとう」
「ん。良かったら使ってくれ」
どんな理由があるにせよ、純粋に嬉しい。
「ねぇ、これってもしかして、わざわざ私の為に……? なーんて……」
「そうだよっっ!!」
「へ!?」
“そんな訳ないだろう! 自分の勉強のついでだ!!”
そんないつものような返事が返ってくるとばかり思ってたのに、何故かレオナールがあっさり認めるものだから心の底からビックリした。
「こ、これは正真正銘、アリアンの為だけに用意したもの……だ……!」
「……!」
レオナールは照れているのか顔を赤くしたまま、そんな事を言うものだから何故かつられて私も照れてしまう。
「そ、そうだったんだ……えと、あ、ありがとう……」
「……お、おう」
レオナールに、どうにもこうにも落ち着かない気持ちにさせられた。
おかげで調子が狂って仕方ない。
こんちくしょう!
そんな思いでレオナールを見た時、私はそれに気付いた。
「……あれ?」
「何だ?」
照れて顔を赤くしながら、ポリポリと頭を搔いていたレオナールの左手に薄ら傷痕が見えたからだ。
「レオナール。手、怪我したの?」
「は?」
「だって、左手……」
「左手?」
そう言ってレオナールが自分の左手を見る。
そこで、レオナールは、ハッと何かに気付いたような顔をした。
「こ、これは……ちょ、ちょっとな! 気にすんなよ。よし! そんじゃ、お互い試験頑張ろうな!」
「……?」
レオナールは慌てて何かを誤魔化すかのようにその場から逃げるように去って行った。
──何かが私の胸に引っかかった気がしたけど、よく分からなかった。
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