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8. 愚かな計画
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───その頃のパーティー会場。
(ああ、こんなの夢みたいだ……)
自分の腕の中にシルヴェーヌ様がいる。
跪いて“永遠の愛”を誓ったら嬉しそうに僕の手を取ってくれた。
「ベルトラン……嬉しいわ。これであなたと幸せになれるのね?」
「はい、シルヴェーヌ様。もちろんです」
僕が微笑みながら答えると、愛しいお姫様はふわりとした花のような笑顔を見せてくれた。
胸がキュンとする。
「あら、ちょうど曲が……踊りましょうか?」
「はい」
僕らは手を取り合って会場の真ん中へと向かう。
その際、すごい視線を感じた。
(……すごい注目をされているなぁ)
伯爵家の子息にすぎない僕は、これまでこんな風に注目されることなんて無かったからなぁ……
これからは、こんな視線にも慣れていかなくては。
そんなことを考えながらシルヴェーヌ様の手を取り踊り始める。
相変わらず、惚れ惚れするくらい美しく優雅なダンスだ。
「うふふ、今日はわたくしたちが繰り返し踊ろうとしても止めてくる無粋な者がいないわ」
「シルヴェーヌ様……!」
そうだった。
先日の夜会……気分が盛り上がってシルヴェーヌ様と連続で踊ろうとしたら、シルヴェーヌ様の婚約者……リシャール様に止められた。
その時は渋々引き下がったけれど、不満でいっぱいだった。
(あれは、見苦しい嫉妬だったなぁ)
あんな公の場で僕とシルヴェーヌ様に恥をかかすような真似をしなければ、今日の彼もこんな大勢の前であんなことされなかっただろうに。
絶世の美男子と名高いリシャール様がシルヴェーヌ様に突然捨てられてオロオロしていた姿は本当に滑稽だった。
その後、家族にも見捨てられて……
「……あれ? そういえばシルヴェーヌ様、リシャール様は今どこに?」
「え?」
「少し前まであの辺で膝をついて項垂れていたような?」
踊りながらリシャール様が居たはずの所に視線を向けると、シルヴェーヌ様がうふふと笑う。
「あなたにネチネチ嫌がらせをするような男なんて、わたしくしの為のパーティーには要らないでしょう?」
「……」
あぁ、つまりさっさと会場から追い出したのか。
(案外、簡単だったな)
シルヴェーヌ様を手に入れるために色々と画策した甲斐があった。
「ですが、リシャール様は僕を逆恨み……してきませんかね?」
「それは大丈夫ですわ」
「大丈夫?」
やけに自信たっぷりに答えるなぁ、と思った。
「リシャールは今頃、きっとそれどころじゃないと思うの…………うふふ」
「……?」
(嬉しそう?)
シルヴェーヌ様の言っている意味はよく分からなかったが、大丈夫ならいいか!
そう思うことにした。
「───そういえば、ベルトラン。あなたの方こそ婚約者は……?」
「あ!」
シルヴェーヌ様のその言葉で僕はようやく自分の婚約者……フルールの存在を思い出した。
いけない、いけない。
次は“僕の番”なのに。
(フルール……)
三年前、たまたま参加したパーティーで見かけた可憐な見た目の彼女に一目惚れした。
即求婚の手紙を送り、受け入れてもらって晴れて婚約者となれた。
可憐な見た目のわりに明るくパワフルな性格の彼女を嫌いになったわけじゃない。
三年分の情もあるにはある。
……でも、僕は運命の人に出会ってしまった。
今まで遠くからしか見かけることがなかったシルヴェーヌ王女。
とても美しい人なので、婚約者のリシャール様と並ぶと美男美女でお似合いだと言われていたが……
(美人だから冷たいのかと思えば普通に可愛い方だった)
夜会で偶然、ぶつかって僕が手に持っていたワインをかけてしまったのが出会い。
王女殿下に粗相をしたことでどんなお咎めを喰らうのかとビクビクしていた僕に……
───気になさらないで?
(あの花のような微笑みは天使かと思った)
そして僕たちはその一瞬で互いの婚約者の存在も忘れて惹かれ合った。
「……すみません、あまりにも幸せでフルールのことは忘れかけていました……」
「もう! ベルトランったら!」
「すみません」
「この場で、それぞれの相手に非があることをアピールする必要があるのだから、しっかりして頂戴?」
プリプリするシルヴェーヌ様も最高に可愛いと思いながら僕は声を潜める。
「……分かっています。リシャール様を“悪役令息”、フルールを“悪役令嬢”にすることで僕らの愛は正当……つまり真実の愛なのだと周りに理解してもらわないといけません」
「その通りよ、ベルトラン」
シルヴェーヌ様が頷く。
美しい笑顔だ。
「うーん、しかし予定ではリシャール様を退けた辺りでフルールの性格上、ベルトラン様、これはどういうことですか! と、突撃してくると考えたのですが」
「ええ、あなたから話を聞く限り、わたくしもそう思ったけれど……」
僕たちの今日の計画はこうだ。
まずはシルヴェーヌ様がリシャール様に婚約破棄を突きつけ騒ぎを起こす。
リシャール様を追い詰める為の証拠はここ数日でシルヴェーヌ様と用意した。
国王陛下とモンタニエ公爵にもその証拠は提出済みだ。
(まあ、ちょっとした些細なトラブルを大きく脚色させてもらったけど許容範囲だろう)
おかげでリシャール様はかなり悪い人間になってくれた。
シルヴェーヌ様へのお小言が多かったから膨らませやすかったのもある。
そしてシルヴェーヌ様の真実の愛の相手が僕だと公にすることで、驚いたフルールが僕たちの元に突撃してくる。
そこで、僕はフルールにその気性の荒さ等を理由に婚約破棄を突きつける───
さすがに、僕の方からフルールを呼び出して婚約破棄を告げるのは演出っぽくなってしまう。
だから、ここはフルールの方から行動してくれないと困るんだ……
(そのためにも最近は素っ気ない態度も取り続けた……かなり不満は溜まっているはずだ!)
「……突撃して来ませんね?」
「パーティーに参加はしているのでしょう?」
「はい……家族で入場した所は見ました」
そう言って踊りながら視線を動かすけれど、フルールの姿が一向に見つけられない。
(美味しそうな料理にでも目が眩んでいるのかなぁ……フルールなら有り得る)
「うふふ、それならきっと今頃わたくしたちのダンスを見て嫉妬の炎を燃やしているはずよ」
「……ですね」
そうだ。フルールならきっとこのダンスが終わった頃にでも突撃してくるだろう。
(……すまない。君に非は無いけれど、僕の運命は王女なんだ!)
さあ、フルール! いつでも来てくれ。
その時は、僕と君の婚約破棄の始まりだ────……
❈❈❈❈❈
まさか、ベルトラン様たちがそんな浅はかで愚かな計画を立てていたとは知らず、彼の予想を大きく裏切ってさっさとパーティー会場から帰宅し、彼らに待ちぼうけをくらわせていた私は───……
「ねぇ、お兄様」
「な、なんだ?」
お兄様がビクッと身体を震わせた。
一体何をそんなに警戒しているのかしらと思いつつ、ふと思ったことを口にする。
「ベルトラン様への慰謝料……リシャール様の受けた苦痛分も上乗せしたいわ」
「は?」
お兄様は、またお前は何を言い出した……そんな目で私を見てくる。
「だって、リシャール様は実家を追放されてしまったのよ? つまり、慰謝料請求は出来ない……こんなのおかしいわ!」
「いや、まあ……その通り……ではあるんだが」
「なら決まりね! また上乗せ分が増えたわ」
私が笑顔で手を叩いていたらリシャール様が、気の抜けた顔で私のことを見ていた。
「どうしましたか? あ、傷が痛みます? お医者様は明日、また呼びますわ」
「え、あ……ち、違う。そうじゃなくて、悪役仲間? だとしても、どうして君はここまでしてくれようとするのかな、と思って……」
「え?」
私は首を傾げる。
「今の僕には君に返せるものなんて、何も持って無……」
「お返し? そんなもの要りませんわ」
「え?」
私はにっこり笑う。
「私は私のしたいことを自由にしているだけですもの」
「したいこと……?」
「そうですわ!」
えっへんと胸を張ったけど、お兄様からはチクチクとした視線を感じた。
なにか言いたそうなお兄様だけどとりあえず無視をして続ける。
「ですから、リシャール様も。んー……さすがにすぐ心を切り替えるのは難しいのは承知していますが、いっそこう考えたらどうですか?」
「……?」
「浮気者の悪役王女と、話を聞こうともしない腐った家族から解放されて、自由になったぞ! と」
「え? 自由?」
リシャール様は驚いている。
「あんな人たちは、自分の方から捨ててやったんだ! そう思っちゃえばいいと思いません?」
「自分から……捨てた?」
「まだまだ、人生はこれからですもの。リシャール様もこれからは私みたいに自由に生きちゃえばいいと思いますわ!」
「……人生はこれから? ……自由に生きる……」
「ええ。あ、当面の必要なお金はベルトラン様からむしり取るのでご安心を!」
最後に気がかりであろうお金のことを付け加えたら、何故かリシャール様は吹き出した。
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