21 / 356
21. 押し倒された(リシャール視点)
しおりを挟む「フルールーー! 押し倒すってなんだぁぁー! そこは素直に告白でいいだろーー!?」
部屋に残されたお兄様がそんなことを叫んでいたなんて知りもしない私は、そのままリシャール様の元に走る。
(なんてこと! 私としたことが珍しく考えすぎちゃったわ!)
好き。
私も、リシャール様のことが好きだわ。
だって、思い返してみればずっとずっと私の身体は心に正直だったじゃない!
胸がキュンとしたりドキドキしたり……顔が赤くなって恥ずかしくなって……
(よし!)
リシャール様の部屋の扉の前に立った私は大きく深呼吸をしてからノックをした。
「───リシャール様! 大事なお話があります!」
❈❈❈
(こ、これはどういう状況だ!?)
僕、リシャールは今、困惑していた。
しかし、これはこれで人生最大のご褒美を貰っているかのような状況になっていた。
(愛しい人……フルールが僕を押し倒して来たんだが!?)
─────
部屋の扉がノックされて開けてみれば、立っていたのはフルール。
「───リシャール様! 大事なお話があります!」
顔を合わせるなりそう言った彼女。
肩で息をしていたからどこからか走って来たのだとすぐに分かった。
相変わらず、フルールは元気いっぱいだな……と微笑ましく思った。
「フルール? 大事な話とは? 頬も何だか赤い──……」
そう言いかけた所でフルールの方から僕に抱きついてきた。
(……え!?)
カチンッと僕は固まった。
ベルトランとの慰謝料の件は今後、争うことにはなるようだが婚約破棄は成立……という事態になったのに触れるのは……という態度なので、なかなか触れられず、ちょっと強引に額へのキスへと辿り着くのが精一杯だったんだぞ?
そんなフルールが……
自ら抱きついてきた……だと!?
混乱した僕の行き場のない手が宙を彷徨う。
これは、背中に手を回して抱きしめ返しても許される……のか?
いや? これはあわよくばそのまま、またキスをしても……
「リシャール様……」
「……っっっ」
(か、可愛いーーーー!)
フルールが僕の名前を呼ぶと胸の中から顔を上げた。
その表情が可愛くて声を詰まらせる。
「お話がしたいです」
「わ、分かった、うん。じゃあ、あっちに座って───」
僕がソファに視線を向けながらそう言ったら、フルールは首を横に振る。
「フルール?」
「いえ……ソファに座ってではなく…………あちらで」
あちら……と、フルールが恥ずかしそうに指をさした。
あちら? そう思ってその視線を辿ると……
(べ、ベッド!?)
ボンッと僕の顔が一瞬で真っ赤になる。
「フルール……あそこは僕の寝室……」
「……分かっていますわ」
(ど、どういうことなんだーーーー!?)
僕は天を仰ぐ。
今、今ならすごく、すごーーーく、アンベール殿の気持ちが分かる。
何を言い出すか分からず、行動が全く読めないフルール。
なのに憎めず、可愛いんだ。
「……」
「リシャール様?」
「わ、分かった」
フルールのお願いを聞いて僕たちはベッドに移動した。
そして、そのまま座って話をするのかと思ったら……
「リシャール様、横になって下さいませ」
「え? ベッド……に?」
「はい……」
何故かフルールにそのままベッドに横になってくれと言われた。
(あ! ……もしかして、フルールは僕が疲れていると思ったのか? それで休ませようと?)
ついつい不埒な想像をしてしまった自分のことを恥じた。
フルールたち、シャンボン伯爵家の人々のおかげですっかり僕の負った傷は癒えた。
心に負うはずだった傷もフルールのおかげで考え方を変えたらスッキリしたので全然元気なんだけどな。
(悪役王女……虫けら……捨てられたんじゃない。捨てたのは僕……これからは自由……人を頼ってもいい……)
どれもこれもフルールの中では何気ない言葉だったのだと思う。
上辺だけで僕を慰めようとした言葉じゃなかったから、全て心にスッと入って来た。
───僕はそんなフルールの言葉と明るさに救われた。
「……」
「!」
フルールの顔を見たらニコッと微笑まれた。
瞬間、自分の頬がカッと熱くなったのが分かる。
(それでいて笑顔が可愛いとか本当に本当に反則だ……)
こんな子がそばにいて惚れない理由がない。
王女殿下との婚約は義務のようなものだった。
そこに特別な感情は一切なく……だからといって他の誰かに惹かれるなんてこともなく……
(フルールは“僕”が初めて自分で欲しいと思った)
だから絶対にフルールのことは諦めない。
この先、他の誰かがフルールの心の中に入って来ないように、これから口説いて口説いて口説いて口説きまくって、僕を好きになってもらう!
そんなことを考えながらベッドに横になる。
すると、それを見たフルールが嬉しそうに笑った。
僕はベッドで横になり、フルールはその傍らに座る……
(何だか、看病してもらっていた時みたいだな)
なんて少し前までのことを懐かしく思った時だった。
「では、私も!」
「え?」
なんと、そう言ったフルールが僕が横になっているベッドに乗り上げて……
(……え? は? な、なんだ?)
そのままフルールは僕の上に覆い被さり、まるで僕は押し倒されたような体勢になった。
─────
「リシャール様……」
「……っ!」
僕の上に覆い被さっているフルールの可愛い顔がそっと近付いて来る。
その顔は真っ赤でどこからどう見ても照れているのが丸わかり。
フルールはなぜ、照れながらもこんなことを?
僕は下からフルールをじっと見上げる。
───これはなんなんだ? なんのご褒美なんだ!?
今まで色々なことを我慢して来た僕にくれた天からのサービスか何かなのか?
「フ、フルール! 僕に話があるのでは? 大事な話だと」
「……はい。大事な話ですわ」
「……」
(なら、この体勢はなんなんだい?)
そう聞きたいけど聞けなかったのは、じゃあ、どきますね。と言われて本当にどかれるのが嫌だったから。
「リシャール様!」
「え?」
───チュッ!
僕の名前を呼んだフルールの顔がぐっと近付いて来て、チュッと僕の頬にキスをした。
それは、ほんの一瞬だったけれど、確かにフルールの柔らかい唇が……頬に触れた。
「……」
「……フ、フルール……」
「……」
「い、今のは」
下から見上げたフルールの顔は更に真っ赤になって照れていた。
(待ってくれ! ────めちゃくちゃ可愛いんだが!?)
僕の興奮が止まらない!
そして、フルールはそんな真っ赤な顔のまま僕に向かって言う。
「…………わ、私がお兄様の顔に“おにーさま、大スキ”と落書きをしたという話の時に……リシャール様は言いました」
「う、うん?」
あの時は、とにかくフルールと仲が良くてさらに、“大好き”と書かれたアンベール殿が羨ましくて僕は対抗するように、フルールになら落書きされてもいいかなと言った。
僕が頷くと真っ赤な顔のフルールは、たった今、僕にキスをした頬を指さしながら言う。
「……そこにリシャール様、大好きと書いてくれてもいいよ、と」
「え?」
(なんだって?)
驚いた僕と顔が真っ赤で少し涙目の可愛いフルールとの目が合う。
そして、フルールはそんな可愛い顔のまま叫んだ。
「で、ですから! “リシャール様、大好き”……という想いを込めてキスを贈りましたの!!」
───と。
771
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる