41 / 356
41. 危機一髪?
しおりを挟む内心でそんなメラメラの闘志を燃やしていた私はハッと気付いた。
(そうだった……腰痛の話……)
「そうでした、リシャール様! 腰痛令嬢のことですが!」
「よ……腰痛令嬢?」
いけない、いけない、忘れるところだった。
「腰痛令嬢というのは……フルールのこと、かな?」
「はい。ベルトラン様が昔の話を持ち出して来てネチネチ攻撃して来たので説明をしたアレです」
「う、うん……よ、腰痛令嬢……」
リシャール様の身体が微かに震えているのは何故かしら……?
「ようつ……フルールが前に腰を痛めたことは分かったけど、もう大丈夫なの?」
「おかげさまで。絶対に動くなと厳命されて安静にしていたらよくなりました!」
その裏には、今にも外に飛び出したい私と、絶対にベッドから動かさないぞ! というお兄様と私のそれはそれは熱い戦いがあったけれど。
「それは良かった」
リシャール様が優しく私を見つめて微笑んでくれた。
その国宝級の笑みは何度見てもドキドキする。
「ですが、リシャール様は呆れませんか?」
「ん? 呆れる? なんで?」
私の問いかけにリシャール様は不思議そうに首を傾げる。
「庭づくりや畑づくり……それは、使用人のすることだと」
「……」
私がそう言ったらリシャール様は無言でギュッと私を強く抱きしめた。
そして耳元に口を寄せると優しい声で訊ねてくる。
「もしかして、それをフルールに言ったのはベルトラン?」
「……はい」
私が頷くとリシャール様はもう一度私をギュッと抱きしめる。
「───バカな奴だな、ベルトランは」
「え?」
「好きなことをしているフルールは絶対にいつもよりキラキラして可愛いだろうに。そんな貴重な機会を自ら潰すなんて勿体ないじゃないか。だからバカな奴だな、と思ったんだ」
「……!」
(キラキラ? 可愛い?)
その言葉に私の頬がカッと熱くなる。
「───そうだ、フルール!」
「どうしました?」
リシャール様がいいことを思いついた!
そんな表情で笑う。
「絶対に無茶をしないという約束が出来るなら、僕はフルールの為の庭や畑を用意したいな」
「リシャール様!?」
「と言っても……まだ、予定だけどね?」
そう言って少し寂しそうな表情を浮かべるリシャール様。
確かにそれは確実ではない。
でも、それはリシャール様が絶対に手に入れようとしている未来の話。
私はにっこり微笑む。
「いいえ。私はとってもとってもその時を楽しみにしていますわ。ですから───……」
「ああ、分かっている。必ず」
──必ずそんな未来を手に入れてみせる。
私たちは目を合わせると、頷いて微笑み合う。
すると、そんな私たちの姿を見守ってくれていたお兄様が遠い目をしながら語った。
「……リシャール様。フルールとそんな約束すると大変かもしれません。覚悟が必要です」
「大変? 覚悟?」
「想像がつくと思いますが……フルールは夢中になると時間を忘れてとにかく没頭するんですよ」
「没頭……」
お兄様がまたまた遠い目をする。
頭の中であの頃の私の姿を思い出しているのかもしれない。
「それは……でもまぁ、想像は出来る、かな?」
「想像以上だと思いますよ……あと、フルールはとっっっても頑固です」
「……頑固」
リシャール様が無言でじっと私の顔を見つめて来たので、私はにこっと微笑みを返す。
「フルール……無茶は──」
「もちろん、しませんわ!」
満面の笑みを浮かべて答えたらリシャール様は苦笑した。
そんな話をしながら馬車が我が家に到着し、馬車から降りるとリシャール様がそう言えば……と口を開く。
「フルール、今日変装してでも僕を法廷に連れて行ったのは、何か嫌な予感がするからと言っていたよね?」
「え? あ、そうですね……」
「あれって、ベルトランが何かしてくるかもという野生の勘ではなかったのかな?」
「そうですねー……」
確かに私の野生の勘はそう言っていた。
でも、ベルトラン様は泡を吹いて倒れてしまったので、危害等を加えられることもなく……
ただの予感で終わったなら何より。
そう安心しかけた時だった。
「───なんだって? リシャール殿を探しているという王家の使いが我が家にやって来た!?」
留守中の様子を家令から話を聞いていたお父様のそんな声が玄関から聞こえて来た。
私は慌ててお父様を見る。
お父様は明らかに困惑していた。
(───リシャール様の捜索ですって!?)
「僕の捜索……? ここに来た……?」
私とリシャール様が顔を見合せる中、お父様は家令に詳しく訊ねる。
「どうして我が家に?」
「……それが、使者が言うには、万が一匿っている家がないかと各家を回って話を聞いている、とのことでしたが……」
「屋敷の中は調べられたのか?」
「いいえ。さすがに中までは……ですが、不審な点がないかは細かくチェックしているようでした」
「それは……危なかったな」
お父様がふぅ、と息を吐く。
「もし、リシャール殿を屋敷に置いて法廷に向かっていたら危険だったかもしれないぞ」
「……これがフルールの野生の勘ってやつか」
そんなことを言いながら、お父様とお兄様がチラッと私に目を向けてくる。
(……まさか、私の野生の勘ってこっちだった!?)
そして、リシャール様も私の手を握り、ちょっと笑いながら言った。
「───本当にフルールは只者じゃない気がするよ」
❈❈❈
裁判中に泡を吹いて倒れた僕が目を覚ますと、まずは父上から怒りの声が飛んで来た。
正式な判決はこれからだが、もう我が家の負けはほぼ確定らしい。
あの金額を慰謝料として払うことになるだろう、そう言われた。
あれもこれもそれも、フルールに非があるような証拠を用意出来なかったお前が悪いと父上には責められた。
(……畜生! 僕だけのせいじゃないだろう!?)
そんな憤る僕の元に更に衝撃を与える出来事が起きた。
「────シルヴェーヌ様!?」
その日、なんと我が家にシルヴェーヌ様が来訪された!
「ど、どうして?」
「どうして? そんなのベルトラン、あなたの裁判の話を聞いたからに決まっているでしょう?」
「え……」
嫌な予感がする。
冷たい汗が背中を流れていくのが分かる。
(裁判の話を聞いた……)
「ベルトラン、あなた情けないことに泡を吹いて倒れたそうね?」
「……っ」
「伯爵令嬢に対してほとんどまともに反論出来なかったとか……」
「……っっ」
「ねぇ? どうしてそんな情けない姿を披露してしまったの!?」
「………………っっっ!」
シルヴェーヌ様は僕の心をどんどん抉ってていく。
(また好き勝手なことを……)
「ちょっと! 聞いているの? ベルトラン!」
「!」
そして、イライラが頂点に来た僕は気が付くと……
「───う、うるさい! こっちの気持ちも知らずにいつも勝手なことばかり言いやがって!」
運命でもあり、真実の愛で結ばれたはずのシルヴェーヌ様に向かってそう怒鳴りつけていた。
642
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる