王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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43. 喧嘩を売られました

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 その日、部屋で本を読んで寛いでいたら、お父様に至急部屋に来るようにと呼ばれた。


「お父様?  急いで部屋に来いとは何の用ですか?」
「……来たか、フルール」
「ええ、来ましたわ」

 部屋に入り向かい側に腰をかけるとお父様がふぅ、と息を吐いた。

「実は、これなんだが」

 お父様は深刻そうな顔をしてスッと私に“それ”を差し出した。
  
「えっと、それは手紙……ですか?」
「そうだ」

 私は、はて?  と不思議に思う。
 なぜお父様は手紙一つにそんなにも深刻な顔をしているのかしら?

「お父様……まさか、ついにモリエール伯爵家が降伏を」
「違う」
「……そうですか。残念です」

 聞いた話によると、ベルトラン様はあの日、泡を吹いて倒れた後、一旦は目は覚ましたものの再び倒れてしまったらしい。

(おかげで判決が延び延びなのよ!)

 判決の前に観念して降伏してくれたのかと思ったけれど違ったらしい。
 私はがっくり肩を落とす。

「それではこの手紙はどこのどなたからなのです?」
「……裏を見てみろ」

 そう言われて私は手に持っていた封筒の裏を見る。
 表の宛名はしっかり私宛になっていた。しかし、裏側に差出人の名前のサインは無い。

「まあ!  お父様、この印璽は!」

 私がハッとして顔を上げる。
 目が合ったお父様は真剣な表情のまま深く頷いた。

「───ああ、そうなのだ。さすがのお前にも分かったようだな、フルール。その封蝋の印璽は……」
「……すっごくかっこいですわ!  こんなにもかっこいい印璽は初めて見ましたわ!!」
「はっ!?」
「どなたが使われている印璽ですの?」

 私が目を輝かせてお父様に訊ねると、お父様はガクッと脱力していた。

「……お父様?  生きてます?」
「生きとるわ!  お前は……くっ、本当にお前は……最初の思わせぶりな反応は何だったのだ……」
「そう言われましても……知らないものは知らないわ」

 お父様は深いため息を吐くと、真っ直ぐ私を見て教えてくれた。

「──これは、シルヴェーヌ王女殿下個人の印璽だ」
「え?」
「この手紙の宛名はフルール。つまり、これは王女殿下個人からお前宛への直々の手紙なのだ」
「王女殿下個人から……私へ」

 私はパチパチと何回も瞬きして手紙を見る。
 何度封蝋を見ても、そこに押されているかっこいい印璽の模様は変わらない。

(シャンボン伯爵家宛ではない手紙。となると……)

「……!」

 私の身体がブルッと震えた。
 そんな下を向いて手紙をじっと見つめたまま動かない私にお父様が優しい声で言う。

「フルールよ、動揺するのは分かるが落ち着くんだ。王女殿下個人からの手紙となると、きっとこれは慰謝料請求の話とは別で───」
「もちろん、その喧嘩、受けて立つわ!!」

 私は笑顔でガバッと顔を上げる。

「……ん?  け、ん……か」
「───これは燃えるわお父様!  今、私の闘志がメッラメラに燃えているわ」
「は?  フ、フルール……?  メッラメラ……?」
「お父様!  きっと王女殿下はベルトラン様との真実の愛が壊れたのは私のせいだ!  と文句を言いたいんだと思いますわ──つまり、喧嘩よ!!」

 ポカン顔のお父様を放って私は手紙の封を切る。
 どんな罵詈雑言が並んでいるのかを楽しみにしながら開封すると……
 中から出て来たのは罵詈雑言の嵐ではなく招待状だった。

(あらら?)

「───フルール・シャンボン伯爵令嬢、あなたをわたくしの特別なお茶会に招待します、二人っきりでじっくり語り合いましょう?」

(王女殿下と二人っきりのお茶会のお誘いだわ!  ……つまり!)

「お父様!  見て!  なんと王女殿下は対面で喧嘩しましょうと私を誘っているわ!」
「喧嘩?  ……いや、どう読んでも語り合いましょうに見えるが……?」

 お父様は困惑顔のまま目をコシコシしながら呟く。

「いいえ、お父様。私には分かります……」

 私は目を閉じて想像する。



 ───お前のような小娘のせいで、わたくしとベルトランの真実の愛は崩れてしまったわ!
 ───いいえ、誤解です。私のせいではありません。

 私のせいだと言い張る王女殿下に私はきっぱり否定する。
 だけど……

 ───何を!  お前はわたくしにベルトランが浮気しているという手紙を送って来たくせに!  あれは自分の方が愛されているというわたくしへの宣戦布告だったのでしょう!
 ───まさか!  あれは、あくまでも真実をお伝えしようとしただけです。

(略)

 そうは言っても王女殿下は納得してくれなくて、それからも互いの主張が続き……

 ───それなのに、わたくしからも慰謝料を取ろうだなんて図々しいとは思わないの!?



(……あ、ダメだわ)
  
 私は目を開ける。

「……お父様、大変です。王女殿下が慰謝料は払わないと宣言していますわ」
「は?  その手紙にはそんなこと一言も書いてないぞ?  …………って、フルール。まさか今」

 お父様がジロリとした目で私を見る。
 私は悲しげに目を伏せた。

「ええ。私のそう……」
「いつもの妄想か!」
「……想像です」

 いつも言っているのに……私は小さくため息を吐く。

「似たようなものだから気にするな。それで?  お前はそれで引き下がるのか?」
「まさか!」

 私が送ったベルトラン様が浮気者である証拠は確かに二人の関係にヒビを入れたかもしれないけれど、その前からもう色々と怪しかったもの。
 だから、二人の真実の愛が今どんな形になっていようと私が慰謝料請求を引き下げる理由にはならないわ!

「今、私の闘志はメラメラと燃えてますのよ、お父様」
「お、おう……そう、か」
「ですから、何を言われても大丈夫。王女殿下にだって負ける気がしませんわ!!」
「……」

 私がそう宣言するとお父様の顔はなぜか少し引き攣っていた。


────


 お父様の部屋を出たあと、王女殿下から喧嘩を売られたことをリシャール様とお兄様にも話さなくてはと思った。
 リシャール様は自分の部屋にいなかったので、お兄様の部屋だと思い訪ねてみた。
 すると、ちょうど二人揃って部屋にいてくれた。

「──リシャール様、お兄様!  聞いてください!  王女殿下に喧嘩を売られたので買うことにしましたわ!」
「は?」
「え?  け、喧嘩……?」

 バーンと勢いよく扉を開けるなりそう宣言した私。
 振り返ったお兄様とリシャール様の目がまん丸になった。

「王女殿下からの呼び出し、だと?  うぅ……」
「殿下がフルールを呼び出した……?」

 お兄様は苦しそうに唸り声をあげ、リシャール様は呆然としている。

「そうです。これは間違いなく殿下からの喧嘩のお誘いですわ!」
「喧嘩って、どうして……どうして、フルールの思考はそう極端なんだ……だが、否定も出来ない……あぁ……」
「アンベール殿……」

 何やら嘆き始めたお兄様のことをリシャール様が労るような目で見ている。

「二人っきりでと言っていますし、おそらく、ベルトラン様との真実の愛が揺らいでいる件で私を責めるつもりなのかと思っていますわ」
「それは、フルールのせいじゃないだろう?」

 リシャール様が眉間に皺を寄せながら怒り出す。

「私の想像によるとそのことを理由に慰謝料の支払いも再度拒否して来ましたわ」
「フルールの想像……か。これも野生の勘と同じで侮れないやつだな?  確かに言ってきそうだ」

 ウンウンと頷くリシャール様。

「本音は断って欲しい……がフルールは行くのだろう?」
「ええ!  実際のところ、ベルトラン様との真実の愛の行方も気になりますし、慰謝料も支払ってもらいたいですから!」

 私がそう答えるとお兄様はため息と共に言った。

「……普通なら王女殿下から二人っきりでお茶会の誘いなんて来たら、何事かと怯えるだろうに……」
「お兄様?」

 怯える?  どうして怯える必要が?

「なんでうちのフルールはこんなに元気なんだ……」

 嘆くお兄様に私は元気いっぱいの笑顔で答える。

「それは闘志がメラメラに燃えているからですわ!  名付けて……」
「──メラールは却下だぞ!」
「!」

 まだ、何も言っていないのに却下された。
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