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54. 弟さんへのお説教
しおりを挟む「──は? ……い、妹?」
「ええ! 私にも兄がいますけど私は妹ですから」
「……」
私がきっぱりそう言い切ると、リシャール様の弟……元ジメ男は強ばっていた表情から一転、ポカンとした顔で私を見てくる。
(何でそんな気の抜けた顔をするの?)
「フ、フルール……確かにそれはその通りなんだが……多分、そういうことじゃない……」
「お父様?」
オロオロした様子のお父様が横からそんなことを言って来た。
ついでに目の前の公爵も変な顔で私を見ている。
(そういうことじゃない? 変な二人ね。私は間違ったことは言っていないのに)
とりあえず、お父様たちは置いておくとして、私はポカン顔で固まっている元ジメ男に向かって言う。
「───そういうわけでして私、お兄様大好き! の気持ちならとてもよく分かるのですけど、お兄様憎し! の気持ちは全く分かりませんわ」
「……」
「私のお兄様、とってもかっこいいんですのよ? 私には無いものを沢山持っていて、とても憧れます」
「……」
「お兄様を見習ってあなたも落ち着いたら? ……などと言われたこともありますけど」
私がそう語ると元ジメ男が震える声で訊ねてくる。
ちなみにこれはアニエス様からの言葉。
彼女は本当に私に何かアドバイスするのがお好きなようね。
「そ、そうやって、あ、兄と比べられるようなことを言われた時の……き、君の気持ちはどうなんだ!」
「私の気持ち?」
「そ、そうだ! 兄ばかり褒められてずる……い」
「───さすが私のお兄様! 人のお手本になれるなんて素敵ですわ! と言った気持ちですね」
「え!?」
驚きの声をあげた元ジメ男。
その目が大きく見開いて私の顔を凝視してくる。
「……? 何でそんな顔をするんです?」
「だ、だって! それは明らかに兄と比べられていて嫌味を言われているんだぞ!?」
「嫌味? 全然違いますわ。だってこれはあなたのお兄様は素敵な人ですね、そう言ってくれているのですから」
私は首を横に振りながら語る。
どこをどう聞いてもお兄様を褒めている言葉でしょうに。
「は?」
「ですから私、“そうでしょうそうでしょう? 私のお兄様は素晴らしいのです、分かってくれて嬉しいです”とその方にお礼を言いましたわ」
「お、お礼!? そこでお礼!?」
何故かそこで取り乱された。
「……」
(そういえば、その時のアニエス様もこんなポカン顔をしていたわね?)
「…………な、なんでそんな風に思えるんだ……君は兄と比べられて……劣っていると言われているんだぞ……」
なぜか泣きそうな表情になりながら下を向き、そう口にするジメ男。
またジメジメして来たので、ここからジメ男に逆戻りよ!
「何を言っているのです? そもそも比べることがおかしな話でしょう?」
「……え? 比べる……おか、しい?」
私はチラッと公爵の顔も見る。
だってこの件は親である公爵と夫人がまずいけない。
「当たり前でしょう? だって私たちは血を分けた兄妹であっても別々の人間なんですもの」
「別々……?」
「性別や年齢は関係ありませんわよ? 見た目も性格も好きなことも嫌いなことも得意なことも不得意なことも……いくら同じ両親から生まれていても別々の人間なのだから何もかも違って当然でしょう?」
「……」
「ですから、私にはそこを比べる意味が全く分かりません!」
この言葉を発すると同時に公爵も睨みつけておく。
私に睨まれた公爵はバツの悪そうな顔で私から目を逸らした。
「そもそも、ジメ……あなたはどうして自分のいい所を探してそれを伸ばそうと思わなかったの?」
「え? 自分のいい所……?」
「私は初めましてなので、あなたのことをさっぱり知りません」
(名前すらもね!)
「知りませんから、あなたのいい所なんて全く分かりません。けれど、何か一つくらいあなたにだって誇れるものがあるでしょう?」
「……誇れる……もの?」
ジメ男が呆然とした表情で呟く。
「だって、人と比べて出来ないことばっかり気にして卑屈になるより、自分のことを好きになって自分のいい所を見つけてそれを伸ばす方がどう考えても人生楽しいでしょう?」
「……楽し、い」
「卑屈になって僻んだ所で何もいいことはありませんし、楽しくもありません」
私はジメ男の顔を見つめて小さくため息を吐く。
「今回のその無駄な行動力も、リシャール様さえいなくなってくれれば……ではなくて、リシャール様と上手くやっていくには……という方向に考えて欲しかったですわ」
「え……?」
私がジメ男をキッと睨みつけるとジメ男はたじろいだ。
「王女殿下がリシャール様を陥れるための内容作りに協力したのはあなたでしょう? そこの愚かな父親や国王陛下が納得してしまうくらいの出来になったのはあなたがいたからです」
「そ、れは……」
「ですから、そういう無駄な才能はリシャール様の為に使って欲しかったと心から思いますわ」
「……っ」
ジメ男が言葉を詰まらせて下を向く。
そして小さな声で言った。
「自分のいい所……なんて、ある、のだろうか……」
「そんなこと私に言われても知りませんわ。自分で探してくださいませ」
「うっ……」
「ちなみに私は、自分ののびのびしている所を長所と捉えて常に伸ばしまくっていますわ!」
ブフォ!
ゲホ、ゴホッ……
隣からお父様のむせる音と咳き込む音が聞こえて来た。
「お、お父様!? 大丈夫ですか?」
私は苦しそうなお父様の背中を摩る。
「ゲホゲホ……くっ! 油断した……フルールよ、それが常にお前がのびのびしている理由か!」
「そうですわ?」
「念の為に聞く。今も伸ばしまくっているのか!」
「もちろん! 現在進行中ですわ!!」
私がどどんと胸を叩くとお父様はなぜか頭を抱えた。
「無鉄砲さが年齢が上がると共に落ち着くどころか上昇していったのはそれが理由か……」
「なんの話です?」
「……こっちの話だ……くっ」
「私、これからも伸ばしまくりますわよ、お父様!」
にっこり笑顔でそう宣言したら、何故かお父様は苦笑していた。
「フ、フルール嬢……」
お父様と話している所にジメ男がおそるおそる声をかけてくる。
「じ、自分は今からでも自分のいい所を探して………それで兄上に……兄上の為に……」
「……」
猛省してリシャール様の為に今後は生きていくと考えることそのものに反対はない。
けれど……
「──その前にあなたはこんな所でジメジメしていないで、まず、すべきことがあるでしょう?」
「え……あっ……!」
「リシャール様への謝罪は当然として、その後も自分のしたことをきちんと公の場で話して罰を受けること──それをする前にお兄様大好きに戻ろうなんて虫がよすぎますわよ!」
「うっ……」
「リシャール様が許しても、私が許しません!!」
この先、ジメ男がきちんと罪を償って、それでもリシャール様の為に生きていきたいと言うのなら、その時はリシャール様との間を橋渡ししてもいいとは思う。
(でも、それはまだ今じゃないのよ!)
「フ、フルール嬢……! あの……」
「?」
何かを決心したのか、ジメ男の顔付きが変わったように見える。
それと顔が赤い。
興奮しすぎた?
熱で倒れる前に罪を自首して欲しいのだけど……
「もし、あ、兄上に謝罪して罪を償って……それで、罪が許される日が来た、そ、その時は……」
「その時は?」
「き、君に……」
「私に?」
そう言いながらジメ男が私をじっと見つめてソファから立ち上がる。
そして私に向かって手を伸ばそうとしたその時。
部屋の扉がバンッと開く音がした。
「────それ以上は駄目だ。僕の愛しいフルールに勝手に触れるのは許さない」
(──え?)
何ごと!? と、振り向く前に私はその声の主に後ろから座ったまま抱きしめられた。
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