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119. 我儘令嬢の悪いところ
しおりを挟む「───やっぱり駄目でしたね」
「……」
一つ目の視察先の孤児院。
そこはあまり広い施設ではないため急な予定変更は困る……そう言われてしまった。
なので、約束通り私とイヴェット様は馬車で待機することになった。
(もっと怒り出すかと思ったわ)
私は目の前に座ったまま、窓の外を見つめているイヴェット様を見てそう思った。
とはいえ、拳を膝の上でキツく握りしめているので、悔しいと思っているのは伝わって来る。
───このわたくしが、わざわざ訪ねて来てあげているのに入れないとはどういうこと! 交渉が足りないのではないの? 責任者はどこ!
それくらいの文句の声を上げるのでは? と誰もが思っていた。
だから予定に入っていなかった方は申し訳ないが遠慮願いたい、という言葉を聞いて、
───承知しました。それでは、わたくしは馬車で待機しています。殿下、気を付けて行ってらっしゃいませ。
そう口にして静かに頭を下げて馬車へと戻っていくイヴェット様の姿を皆がポカンとした顔で見ていた。
中でも殿下の驚愕の表情は凄かったわ。
(あれ誰? みたいな顔をしていたわね)
「───この現状が、あなたの言っていた“無茶を通す”ということなのね?」
「ええ、そうですわ」
私が頷くとイヴェット様は遠い目をしながら息を吐いた。
「……国内では同じことをしてもこんな目に合うことは無かったわ。皆、わたくしにヘラヘラヘコヘコして、むしろ来てくれてありがとうございますって……」
「イヴェット様、それは」
「───言わなくても結構よ。今回のことでよく分かったから」
イヴェット様はそれだけ言ってプイッと顔を逸らす。
(ヘラヘラヘコヘコ……王太子殿下の婚約者ともなれば色々な人が寄ってくるものね……)
これまでイヴェット様は私には分からない大変な思いを沢山してきたのだろうな、と思った。
でも、私もこれから“公爵夫人”になったら、これまでなら近寄って来なかったような人がヘラヘラヘコヘコとやって来るのかもしれないわ。
私はうーんと考える。
(……私にヘコヘコしてもしょうがないのに)
凄いのは、父親から爵位を簒奪して公爵位に就いた夫となるリシャール様であって私ではないもの。
「────ねぇ」
「はい?」
「どうせ時間は無駄にあるのでしょう? ……それなら、あなたから見てわたくしの“悪いところ”を話してくれないかしら?」
「え?」
これまた唐突に声をかけられたと思ったら、まさかのお願いをされた。
イヴェット様の“悪いところ”ですって?
私が戸惑っているとイヴェット様は言った。
「……じ、自分でも気付いていない所があると思うのよ! ……どうせ暇だから聞いてさしあげ……違っ……えっと、聞いておきたく……?」
「……」
「と、とにかく! す、少しでも知っておきたいの! それで、もし、直せる所があるならって」
思ってもみない申し出に本当に驚いた。
どんな心境の変化かと思えば……
(なるほど! このままだと慰謝料請求時に自分の不利となる点を今のうちに把握し、改善しておくべきだという心ね!?)
そういう姿勢は嫌いではないわ。
いいえ、むしろ……
(私は好きよ!)
それなら協力も惜しまない。
「───分かりましたわ! ではまず、イヴェット様は人の目を見るところから始めましょう!」
「……え? 人の目?」
「そうです。イヴェット様はすぐに目と顔を逸らしてしまいますから、それだけでイメージが悪くなります」
「イメージ……っ!」
イヴェット様は心の底から驚いていた。あの態度は無意識だったのかも。
でも、私からすれば恥ずかしがり屋さんで可愛いわと思えても、誰もがそう思ってくれるわけではないもの。
だから直せるなら直した方がいいと思う。
戸惑う様子のイヴェット様に私はにっこり微笑んだ。
「ですから、まずは私の目を見て“お願いします”と言うところから──さあ、どうぞ!」
「ど、どうぞ!? いきなり実践!? 実践なの!?」
イヴェット様が澄ました顔を崩してアワアワし始める。
「もちろんですわ。だって時間がありませんもの」
「うっ……」
言葉を詰まらせたイヴェット様は、プルプル身体を震わせて一生懸命顔を逸らさないように私の目を見ながら言った。
「───お、お願いします……」
「!」
ああ、やっぱり素直で可愛らしい方だわ!
せっかくだから、この恥ずかしがり屋さんな所も上手く活かしていければいいのだけど……
全部消してしまうのは……何だか勿体ない気がするの。
「ふっふっふ、それではビシバシ言わせて頂きますわよ!」
「……っ!」
イヴェット様が覚悟を決めた表情をする。
私はにっこり笑顔を浮かべて口を開いた。
─────
「いやぁぁぁ、その指摘はもう何個目ーーーー!?」
馬車の中にイヴェット様の悲鳴が響く。
「……数えていないので、私にも分かりませんわ!」
「分からない!? いくつ……いくつあるのよ……」
「とにかく沢山ですわ!」
あまりにも私がビシバシと言いすぎてしまったせいなのか、イヴェット様は涙目になって叫んでいた。
「だとしても! もう少し……な、なんて言うの……えっと、こう──や、柔らかい表現? に言い換えるとか……!」
「それは無理ですわ」
私はドンッと胸を張る。
「どうして!?」
「それですと、間違って伝わってしまうかもしれませんもの」
「え!」
イヴェット様の叫び声がピタッと止まる。
「自分の悪いところ──なんていう出来ることなら耳を塞ぎたくなるような内容を聞かされているのですよ?」
「……う!」
「ここで曖昧な表現を使ってしまったら、少しでも良いように解釈したくなってしまうでしょう? それでは意味がありませんからね」
反発はしながらも、イヴェット様は私の言葉に頷いてくれた。
「ご理解頂けて嬉しいですわ。では次に……」
「ひっ!? ま、まだあるの!?」
「あ、いえ、そうではなく──……」
私が言いかけた時、コンコンと馬車の扉をノックする音が聞こえた。
「──フルール、院の視察が終わったから戻って来たよ」
リシャール様の声だった。
私は振り返ってイヴェット様に告げる。
「イヴェット様、殿下が戻られたようですよ?」
「──っ!」
ビクッと肩を震わせるイヴェット様に向けて私は言う。
「反省版・イヴェット様で挨拶してきたらいかがですか?」
「で、でも……」
「大丈夫ですわ。色々言ってしまいましたが、今は目を逸らさずに顔を見ながら“お疲れ様です”と“おかえりなさい”を言うだけでも充分だと思いますわよ?」
「……ほ、本当に? お、怒られない?」
私は大きく頷く。
「その二つの言葉を言われて怒り出すような人なら、その人の方が人格に問題大ありですわ」
「……!」
イヴェット様は決心した顔で馬車を降りると殿下の元へと向かっていった。
そんなイヴェット様の後ろ姿を親心で見守っているとリシャール様が隣にやって来る。
「フルール、大丈夫だった?」
「ええ! とっても仲良く過ごしましたわ!」
私が満面の笑みで答えると、リシャール様が笑う。
「フルールらしい反応だね……それでイヴェット嬢の様子はどうだった? 何か……言われた?」
リシャール様が心配そうな表情で訊ねてくる。
私は笑顔のまま答えた。
「イヴェット様には自分の悪いところを指摘してくれと頼まれましたわ!」
「……え?」
驚き顔のリシャール様に私はコソッと声を潜めて告げる。
「……どうやら、イヴェット様も殿下に婚約破棄される可能性が高いことを理解しているようで、慰謝料請求の準備に備えているようなんですの」
「ほ……本当に!?」
「そのためにも自分を変えたいらしく……意識改革をしようとしていますわ」
「!」
リシャール様が驚きの目をイヴェット様に向ける。
そんなイヴェット様は頬を真っ赤にして、頑張って目を逸らさずに殿下におかえりなさいを告げている所だった。
殿下の方は一瞬、驚いた顔をしたものの、きちんと応えている様子が見て取れた。
そのまま二人の会話は続いている。
でも、緊張のせいなのか、イヴェット様の頬はどんどん赤くなっていく。
(プイッと背ける態度が無いだけでもやっぱり違うわね)
私がうんうんと頷いていると、そんな二人の様子を見ていたリシャール様が呟く。
「……あ、あの顔が婚約破棄される覚悟済で慰謝料請求の準備している人の顔……?」
「ええ、真っ赤……どうやら緊張してガチガチのようですわね!」
「……えっと、フルール。待って? 彼女のあの様子……僕にはそれとは別の顔に見えるんだけど」
「え?」
私にはよく分からなくて首を捻った。
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