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142. 婚約詐欺
しおりを挟む「───あなたねっ!? そんなボヤポヤ発言……本当の本当に結婚したの!?」
「え? ポヤポヤ?」
離れたところに移動するなりアニエス様が私に向かって声を荒らげる。
しかも、お祝いの手紙までくれていたのになぜか結婚を疑われた。
「もちろんですわ。結婚式こそこれからですけども、きちんと誓約書も───」
「そういうことではなくて! いくら鈍いフルール様でも人妻となったなら侯爵子息の発言の意味も分かるでしょう? とわたしは言っているのよ!」
(……人妻となったなら分かる?)
知らなかったわ。人妻ってそんなすごい能力が持てるの?
私は内心で少し興奮する。
「えっと、アニエス様。申し訳ございませんが、それはなんの話ですの?」
今日もアニエス様が元気いっぱいなのは大変喜ばしいけれど、とりあえず意味が分からない。
なので大真面目に聞き返した。
「は?」
「人妻になるとフ……侯爵子息様の発言が分かるってどういうことです? それは特殊な何かとかですか!」
「はぁ?」
アニエス様の可愛らしい顔が思いっきり崩れる。
そして大きなため息を吐かれた。
「あぁ、もう! ならば、ずばり聞きます、フルール様! あなたは“美しい花”と聞いて何を思うのですか!」
「え」
美しい花?
そんなの一つしかないわ。
私はえっへんと胸を張る。
「もちろん! 庭に咲き誇る綺麗な花たちですわ!」
「ひっ!?」
なぜか小さく悲鳴をあげるアニエス様。
その顔がピクピク引き攣っている。
「フルール様。それ、ほ、本気で言ってます?」
「もちろんですわ!」
私は大きく頷く。
一方、アニエス様はなぜか大きく取り乱す。
「待って待って待って……! 人妻になったとは思えないその白さは何事なの! 何も変わってない! なぜ、なぜ伝わらないの……」
「?」
アニエス様はそう叫びながらも、でも……と口にした。
「フルール様! あなたの夫、モンタニエ公爵は明らかに挑発されていましたわよね? それくらいの理解は……」
「挑発? 何の話ですか?」
「それも理解していない────!?」
私が聞き返すとアニエス様は、再び叫ぶとこの世の終わりみたいな顔で頭を抱えた。
すごい息が切れ切れ。大丈夫かしらとハラハラする。
「な、ならば! あの……侯爵子息様は友達が居なくて寂しい人だから、いつもお花と見つめあって会話をすることで幸せを感じて過ごしているのね……みたいな発言はなにごと!?」
「え?」
アニエス様がとんでもない発言をしている。
実は私もこっそりフラフラ男は寂しい人なのね……なんて思ってしまったことは否定しないけれど……
私は静かに首を横に振る。
「アニエス様、それは思っていても口にしてはいけませんわ……」
「先に言ったのはフルール様、あなたでしょうーーーー!? いいから! どういう意味だったのよーー」
アニエス様の声がとても大きかったので、せっかく距離を取ったのに周囲に聞こえてしまっているのかも。
すごいジロジロ視線を感じるわ。
(特に……フラフラ男が、すごい目で私を睨んでいるような……?)
だけどそんなことよりも、私はずっと気になって仕方がないことがあった。
私は声を潜めてアニエス様に近付く。
「そのままの意味ですわ───そんなことより、アニエス様! 私、聞きたいことがありますの!」
「そんなこと!? なんでそんなあっさり流せるの!? …………って、ひぃっ!?」
私にガシッと肩を掴まれたアニエス様が軽く悲鳴をあげる。
「アニエス様、肩を抱かれて侯爵子息様と親しげでしたわ? どういうご関係なのですか?」
「え? フルール様、ちか、近いわっ……!!」
いつものことなので気にせずグイッと私は迫る。
だって相手はリシャール様曰く、お相手が毎回変わるというフラフラ男よ!
万が一、大親友が何かに巻き込まれていたら……助けなくちゃ!
すると、アニエス様はモゴモゴと口篭りながら言った。
「……きゅ、求婚されている……わ」
「まあ!」
それはなんて喜ばしい話なの──と思いかけて待って? と思い直す。
フラフラ男は毎回違う令嬢を連れて歩いていたって……
それなら、アニエス様のことは?
ついに本気の恋に目覚めたとでも?
「あ、あの……アニエス様。彼は」
「はぁぁぁ、その様子。自分がされたことは鈍いようですけど……フルール様でも一応彼の噂はご存知のようね」
アニエス様はフンッと顔を背けながら言った。
「アニエス様も知っているのですか?」
「当然です。このわたしが知らないはずないでしょう!」
「で、ですわよね……」
情報通のアニエス様ですものね。
私が納得しているとアニエス様は大きなため息と共に言った。
「いいこと? フルール様! ───彼はね……こう呼ばれているのよ!」
「?」
「───婚約詐欺男……と」
「こ……」
婚約破棄ならぬ婚約詐欺!?
さすがフラフラ男。
とんでもない二つ名がついている。
「なら、そんな不名誉そうなお名前が出回っていたなら……」
「そう思うでしょう? でも、皆、あの顔とキラキラオーラに騙されてしまうのです!」
「あの顔?」
私はチラッと彼に目を向ける。
(国宝には遠く及ばないけれど、確かに人気は高そう……?)
無駄にキラキラしているし?
「皆、ころっと騙されてしまうのです」
「騙される?」
アニエス様は真剣な顔で頷く。
「ええ───あの顔で、“君と会って俺は初めて本当の恋を知ったんだ”“これまでの恋は恋じゃなかった”などと囁かれると、ついついその気になってしまうという…………恐ろしい男」
「まあ!」
確かに詐欺師っぽいわ!
「何よりも彼は自分の顔が良いという自覚をしているのでタチが悪いのです」
「顔……」
そう聞いて私は顔をしかめる。
(愛する夫、国宝リシャール様には遠く及ばないわよ?)
「そして本当に結婚するつもりもないくせに、口説きながら婚約の話を持ちかけてくるのです……」
「!」
「そうしてのぼせ上がった令嬢には貢がせるだけ貢がせて……」
なるほど!
だから婚約詐欺!!
「ですが、アニエス様。そこまでご存知なら、その婚約の話は──」
「フルール様!」
お断りすれば済む話では? と言いかけてキッと睨まれた。
「お忘れですか! 彼は侯爵家の人間です」
「え? あ!」
なるほど……婚約をチラつかされると身分的に令嬢側から断ることは難しい……
「そして、その身分の高さから、婚約詐欺にあっても令嬢の方が常に泣き寝入りなのです!」
「!」
なんてことなの。
つまり……
あのフラフラ男は、自分こそが国宝だと思い込んで令嬢たちを弄んでは好き放題している、ということね?
(それで、私の大親友のアニエス様にまでその毒牙を伸ばし……許せませんわ!)
「……女の敵、ですわ!」
もう何度目になるかも分からないけれど、私の闘志にメラメラと火がつく。
確か、そういった婚約前に破談になった際でも、相手に非があるという証拠さえあれば慰謝料請求出来たはず……
(アニエス様を幸せに出来ない男に用は無い! 引っ込んでもらわなくちゃ!)
私はキッとフラフラ男を睨みつける。
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