王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
147 / 356

147. 悪役夫人

しおりを挟む


「旦那様───……きゃっ!?」

 もう一度呼びかけるとリシャール様が突然、ギュッと私を抱きしめた。

「フルール……君って人は」
「私がなんですか?」
「すごい。あの言葉……全部侯爵にグサグサ突き刺さっていたよ?」

 よほどおかしかったのか、リシャール様はまだ笑いが止まらない様子でククッと笑っている。

「ですけど、最初に子が親に似るなどと言い出したのはあちらですわよ?」
「うん……」
「だから、ここは教えて差し上げようと思いましたの」
「うん……」

 リシャール様が更にギュッと強く私を抱きしめてくる。

「……ありがとう、フルール」

 耳元でそう囁かれた。
 私からもリシャール様の背中に腕を回して優しく背中を擦る。
 すると何故かまた、リシャール様が身体を震わせ始めた。

(ん?  今度は何……?)

「それとさ、チビ……チビフルール?  ……何それ。ぜ、絶対、可愛いんだけ、ど!」
「えっと……旦那様?」
「しかもアンベール殿に八つ当たりって……フルール、君、本当にやることが全部可愛い……!」

 リシャール様は再びプルプル身体を震わせながら、チビフルールと何度も繰り返す。
 どうやら、リシャール様の中では“チビフルール”がツボに入ったらしい。

「子どもでしたのよ」
「……そんなチビフルールに会いたかったな」

 リシャール様はポツリとそう呟いた。

「どうしてです?」
「……子どもの頃に“楽しかった”という記憶があんまり無いから、かな」
「……!」
「チビフルールや、チビアンベール殿に会えていたら毎日が楽しそうだなって思った」

 私はリシャール様の背中を優しく擦りながら言う。

「ふふ、元気いっぱいのチビフルールの私にチビリシャール様は着いて来れたかしら?」
「着いて行くとも!」
「ふふふ……」

 想像したらなんだか面白くて思わず笑みがこぼれる。

「あ!  でも、そうなると僕がフルールに惚れちゃって、僕の方から王女殿下に婚約破棄を言い渡しちゃいそうだ」
「あら……そうなるとリシャール様の方が慰謝料請求されてしまいますわね?」

 二人でそれは大変だと笑う。

「でも、家から追放されるのは今と変わらないかな?」

 うーん……とリシャール様が首を捻る。

「旦那様に非があるとなると……後々の爵位の強奪は出来なかったかもしれません」
「と、なると僕のフルールへの恋は泥沼に突入かな……」
「それはそれで楽しそうですわ!」

 ドロドロ大好きな私が目を輝かせるとリシャール様は、ははは、と笑う。
 そして、もう一度ギュッと私を抱きしめた。

「フルール、大好きだ」
「私もですわ」
「……」
「……」

 私たちは顔を見合せて微笑み合うとそっと唇を重ねた。




「───そういえば」
「うん?」

 お互いを強く抱きしめ合いながら私はリシャール様の耳元で言う。

はずでしたのに……先に来てしまいましたわね?」
「ああ……でも来たのは父親だけだし」
「それもそうですわね。それなら私のやることは変わりませんわ」

 私はクスッと笑う。

「───私の大親友や他の女性を苦しめた女の敵は絶対に許しません」

(そのためには悪役令嬢……いえ、悪役夫人にだってなってみせますわ!)



❇❇❇❇❇



「ジュスタン!  モンタニエ公爵夫人は危険だ!」
「へ?  危険?」

 その日の朝、意気揚々と「モンタニエ公爵家に抗議して来る!」と出かけたはずの父親が満身創痍の状態で戻ってきた。

(瀕死じゃないか!)

「相変わらず、ぽやんした迫力のない顔をしながらとんでもないナイフを突き刺して来たぞ!」
「えっと……?」
「しかも笑顔だ!」
「は?」

 父親の言っていることがさっぱり分からない。
 が、どうやら返り討ちにあったらしいことだけはどうにか理解した。

「あの?  具体的にはどんなことがあったのですか?」
「お前の悪口を言いながらこちらの傷まで抉るという二重攻撃だ!」
「……」

(俺の悪口だと……?)

「計算なのか天然なのかがさっぱり分からぬ……得体がしれないとはこういうことなのかと思わされた……」

 父親はギリッと悔しそうに唇を噛む。

「それから、夫人はお前の交際していた令嬢たちとも会ったと言っていたぞ」
「え?」

 その言葉に胸がドキッとする。
 まさか、な。
 これまで俺が関わった令嬢たちは総勢で何人いると思っている?
 どうせ、夫人の口から出まかせに違いない。

「このまま要求を突っぱね続ければ最終的には裁判となる……本当に事実無根でいいんだな?」
「あんな金額……領地没収されるのと変わらないですよ」
「そうだ。そんなの冗談じゃない!」

(俺は悪くない……悪いことなんてしていない)

 求婚はしたけど誰とも婚約はしていないのだから、婚約解消でも婚約破棄でもない。
 俺に貢いだのも彼女たちが勝手にやったこと。
 だから、あんな金額請求も訴えも有り得ない。


 それからも、モンタニエ公爵家から手紙が届いたが、事実無根を貫いて返答していた。

(大丈夫……)

 だが、このまま裁判になっても本当に大丈夫なのだろうか?
 ふと、そんな不安がチラチラと俺の頭の中をよぎるようになった。
 裁判になった場合、向こうは証人として数人くらいは令嬢を呼ぶかもしれない。
 その時に突っぱねるだけで勝てる……のか?

 そんな時だった。
 モンタニエ公爵家から再び手紙が届く。

「……しつこいな!  どうせ内容は、“このままだと裁判になりますけど、よろしいですか?”だろ?  何度送ってくれば気が済むんだ!  こっちはそんなこと分かって──ん?」

 しかし、その日の手紙の内容は少し違っていた。
 それにどうも今回の手紙を書いたのは夫人のようだった。

「──先日は侯爵閣下……ああ、父上のことか。父上のみの訪問だったから、じっくり話せなかった。よければもう一度……って今度は俺も?」

 これは、裁判となる前に俺を懐柔しようとしているのだろうか。
 そう思いながら続きを読む。

「ん?  ぜひ、俺と二人っきりで話もしたい?  へぇ、夫人に俺のアプローチは全く届いていないと思ったが……実は脈アリだったのか?」

 なかなか大胆な誘いだ。 
 あんなことを言っていたが、やはり“顔だけの男”が夫ではつまらないと思い直したのかもしれない。

(夫人の方から俺に誘いかけて来たと知れば、リシャールの奴はどんな顔をするだろう)

 王女殿下の時には見られなかったリシャールの絶望の顔。
 随分と惚れ込んでいた様子の新婚の妻が早々に裏切ったと知れば、絶望顔が見られるかもしれない。
 そして、慰謝料支払いの回避のためにも───

「……この誘いに乗らない手はないな」

 俺はニヤリと笑いながら早速返事を書いた。
しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...