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147. 悪役夫人
しおりを挟む「旦那様───……きゃっ!?」
もう一度呼びかけるとリシャール様が突然、ギュッと私を抱きしめた。
「フルール……君って人は」
「私がなんですか?」
「すごい。あの言葉……全部侯爵にグサグサ突き刺さっていたよ?」
よほどおかしかったのか、リシャール様はまだ笑いが止まらない様子でククッと笑っている。
「ですけど、最初に子が親に似るなどと言い出したのはあちらですわよ?」
「うん……」
「だから、ここは教えて差し上げようと思いましたの」
「うん……」
リシャール様が更にギュッと強く私を抱きしめてくる。
「……ありがとう、フルール」
耳元でそう囁かれた。
私からもリシャール様の背中に腕を回して優しく背中を擦る。
すると何故かまた、リシャール様が身体を震わせ始めた。
(ん? 今度は何……?)
「それとさ、チビ……チビフルール? ……何それ。ぜ、絶対、可愛いんだけ、ど!」
「えっと……旦那様?」
「しかもアンベール殿に八つ当たりって……フルール、君、本当にやることが全部可愛い……!」
リシャール様は再びプルプル身体を震わせながら、チビフルールと何度も繰り返す。
どうやら、リシャール様の中では“チビフルール”がツボに入ったらしい。
「子どもでしたのよ」
「……そんなチビフルールに会いたかったな」
リシャール様はポツリとそう呟いた。
「どうしてです?」
「……子どもの頃に“楽しかった”という記憶があんまり無いから、かな」
「……!」
「チビフルールや、チビアンベール殿に会えていたら毎日が楽しそうだなって思った」
私はリシャール様の背中を優しく擦りながら言う。
「ふふ、元気いっぱいのチビフルールの私にチビリシャール様は着いて来れたかしら?」
「着いて行くとも!」
「ふふふ……」
想像したらなんだか面白くて思わず笑みがこぼれる。
「あ! でも、そうなると僕がフルールに惚れちゃって、僕の方から王女殿下に婚約破棄を言い渡しちゃいそうだ」
「あら……そうなるとリシャール様の方が慰謝料請求されてしまいますわね?」
二人でそれは大変だと笑う。
「でも、家から追放されるのは今と変わらないかな?」
うーん……とリシャール様が首を捻る。
「旦那様に非があるとなると……後々の爵位の強奪は出来なかったかもしれません」
「と、なると僕のフルールへの恋は泥沼に突入かな……」
「それはそれで楽しそうですわ!」
ドロドロ大好きな私が目を輝かせるとリシャール様は、ははは、と笑う。
そして、もう一度ギュッと私を抱きしめた。
「フルール、大好きだ」
「私もですわ」
「……」
「……」
私たちは顔を見合せて微笑み合うとそっと唇を重ねた。
「───そういえば」
「うん?」
お互いを強く抱きしめ合いながら私はリシャール様の耳元で言う。
「こちらから呼ぶはずでしたのに……先に来てしまいましたわね?」
「ああ……でも来たのは父親だけだし」
「それもそうですわね。それなら私のやることは変わりませんわ」
私はクスッと笑う。
「───私の大親友や他の女性を苦しめた女の敵は絶対に許しません」
(そのためには悪役令嬢……いえ、悪役夫人にだってなってみせますわ!)
❇❇❇❇❇
「ジュスタン! モンタニエ公爵夫人は危険だ!」
「へ? 危険?」
その日の朝、意気揚々と「モンタニエ公爵家に抗議して来る!」と出かけたはずの父親が満身創痍の状態で戻ってきた。
(瀕死じゃないか!)
「相変わらず、ぽやんした迫力のない顔をしながらとんでもないナイフを突き刺して来たぞ!」
「えっと……?」
「しかも笑顔だ!」
「は?」
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が、どうやら返り討ちにあったらしいことだけはどうにか理解した。
「あの? 具体的にはどんなことがあったのですか?」
「お前の悪口を言いながらこちらの傷まで抉るという二重攻撃だ!」
「……」
(俺の悪口だと……?)
「計算なのか天然なのかがさっぱり分からぬ……得体がしれないとはこういうことなのかと思わされた……」
父親はギリッと悔しそうに唇を噛む。
「それから、夫人はお前の交際していた令嬢たちとも会ったと言っていたぞ」
「え?」
その言葉に胸がドキッとする。
まさか、な。
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どうせ、夫人の口から出まかせに違いない。
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「あんな金額……領地没収されるのと変わらないですよ」
「そうだ。そんなの冗談じゃない!」
(俺は悪くない……悪いことなんてしていない)
求婚はしたけど誰とも婚約はしていないのだから、婚約解消でも婚約破棄でもない。
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だから、あんな金額請求も訴えも有り得ない。
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(大丈夫……)
だが、このまま裁判になっても本当に大丈夫なのだろうか?
ふと、そんな不安がチラチラと俺の頭の中をよぎるようになった。
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その時に突っぱねるだけで勝てる……のか?
そんな時だった。
モンタニエ公爵家から再び手紙が届く。
「……しつこいな! どうせ内容は、“このままだと裁判になりますけど、よろしいですか?”だろ? 何度送ってくれば気が済むんだ! こっちはそんなこと分かって──ん?」
しかし、その日の手紙の内容は少し違っていた。
それにどうも今回の手紙を書いたのは夫人のようだった。
「──先日は侯爵閣下……ああ、父上のことか。父上のみの訪問だったから、じっくり話せなかった。よければもう一度……って今度は俺も?」
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そう思いながら続きを読む。
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王女殿下の時には見られなかったリシャールの絶望の顔。
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そして、慰謝料支払いの回避のためにも───
「……この誘いに乗らない手はないな」
俺はニヤリと笑いながら早速返事を書いた。
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