王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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177. それぞれの戦い ~最強夫婦~

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❇❇❇❇❇


(……くっ!  フルールはまた、そんな可愛い顔をする!)

 私、凄いでしょう?  じゃないんだぞ!
 僕は愛しの妻、フルールの顔を見てそう思う。
 そんな無邪気なフルールはキラキラした目で兄と義姉の戦いを見つめている。

「旦那様!  お兄様、まだギリギリを耐えています!  すごいですわ!」
「ああ……」

 キラキラした目のフルールの言葉に僕は微笑みながら頷く。
 しかし……

 ───僕にはアンベール殿の気持ちが痛いほどよく分かるんだが。

 対戦相手となった愛する妻は自分よりも強い。
 大会前にアンベール殿が事前にオリアンヌ夫人と勝負をしたかは分からないが、愛する妻が自分より強いことはよく分かっているはずだ。
 僕に至っては既にフルールとは勝負して負けている……

(そう、だから僕は今日のために……)

「やるわね、アンベール!  でも私は負けないわ!」
「ぐっ……」

 アンベール殿はとても辛そうだ。
 だが、あっさり負けるのだけは嫌だ。
 そんな気配がこっちにビシビシ伝わって来る。

(分かる……とっても分かる、その気持ち)

 愛する妻は自分が負けても幻滅なんて目は絶対に向けないし、思わない。
 頭ではそう分かっていても、やはりあっさり妻に負けるのは……こう、男としても夫としてもプライドが……
 そう思いながら、先ほど妻との勝負に敗れたばかりのシャンボン伯爵の方にチラッと目を向けた。

(す、拗ねている!)

 嬉しそうに踊っている夫人の横で、明らかに伯爵は落ち込んだ様子で拗ねている!
 手に取るようにその気持ちも分かる。
 僕もフルールに惨敗したあの夜は拗ねたくなったものだ……

(それより、夫人……いや、義母上すごいな)

 軽やかな踊りがあまりにも優雅すぎて僕は密かに圧倒される。
 何者だ?

(……そういえば、義母は侯爵家出身だったか?)

 きっと、踊りは手慣れていてお手の物なのだろう。
 その血を受け継ぐフルールの喜びの舞とやらもちょっと見てみたいが、伯爵家の花瓶が全滅したなんて聞くと……
 今後、踊ってもらう時は避難させてからにしなくては。
 そう思いながら愛する妻、フルールに視線を戻す。

「……」

 目を輝かせながらもハラハラした顔で勝負の行方を見守っているフルール。
 改めて思う。

(……フルールって、他にはどんな伝説を残しているんだろう?)

 伯爵家の人たちはフルールに慣れすぎているのか、もう感覚が麻痺していそうだ。
 だから、まだまだ僕の知らないとんでも話がこの先発掘されてもおかしくない……そんな気がしている。
 そして、フルールはきっと、これからモンタニエ公爵家でも新たな伝説を作っていく。

「…………うぐっ」

 そんなことを考えていた時だった。
 粘りに粘っていたアンベール殿がついに力尽きてしまった。
 これで、オリアンヌ夫人の勝利───
 盛り上がる会場。

「アンベール、大丈夫?」
「あ、ああ。オリアンヌ……」

 力を使い果たしてぐったりしているアンベール殿をオリアンヌ夫人が心配そうに寄り添う。

「……情けなくてすまない」
「何を言っているの!  私は貴方を瞬殺する気でいたのよ!?  それが、まさかあんなに粘られるなんて……想定外。驚いたわ」
「……」

 夫を瞬殺する気だったと堂々と口にする妻に夫のアンベール殿は何も言えず苦笑していた。

「ふぅ。旦那様、お兄様もオリアンヌお姉様も……白熱した戦いでしたわね」
「フルール?」

 フルールがプルプル震えている。
 これは相当、興奮しているな。

「ふふふ、次は私たちの番……旦那様、今度こそ手加減無用ですわ!」
「えっと……」
「正々堂々とお願いしますわね!」
「だから……」

 フルールの目の奥がメラメラ燃えている。
 だから、この間の勝負……僕は手加減なんてしていないんだって!
 そう伝えても一切信じてくれない可愛い妻は、メラメラした闘志を胸にキラキラした目と笑顔で僕を見つめた。

(……くっ!  だからその顔は最高に可愛い)

 もう、負けそう……


❇❇❇❇❇


(ついに、私たちの番ですわ!)

 3番のクジをは引いたのは私たちだった。
 ついに皆の前でリシャール様との対決よ!
 私はぐっと気合を入れる。

(ここまで、お母様、オリアンヌお姉様とシャンボン伯爵家縁の者が勝ち進んでいる……)

 愛するリシャール様には申し訳ないけれど、シャンボン伯爵家の娘としてもここで最強公爵夫人を目指す私としても負けるわけにはいかない!
 たとえ、どんな国宝級の顔を見せられても絶対に負けないわ!



 そして、愛する旦那様、リシャール様と向かい合って手を組む。

(素敵……)

 リシャール様の真剣な表情に思わずうっとりしそうになる。
 ああ、これで冷たく睨まれたら力も腰も抜けてしまうかも……

「───フルール」
「!」

 ちょっといつもより低い声……ゾクゾクしますわ。

「───僕も君の夫として、あっさり瞬殺されるわけにはいかない!」
「旦那様……」

 なんて嬉しい言葉なのかしらと、私は笑顔になる。
 すると、私の顔を見ていたリシャール様がうっ……と小さく唸った。
 そんな会話をしていると──開始の合図。

(……あら?)

 私はすぐに悟った。
 リシャール様……何だかこの間とは違う。
 どうしてかしら。
 この間より倒しにくい気がするわ?

 メラッ……

(やっぱり本気は違うのね!?)

「……っ!」
「フルール……」

 私が驚いていると、リシャール様が私の名を呼ぶ。
 顔を上げると美しく微笑むリシャール様と目が合った。

「この腕相撲?  という競技は力以外にもコツとかがあると思ってね、少し研究をしたんだ」
「なっ……!」

 リシャール様ったら、いつの間にそんなことを!

「瞬殺されなかった……ということは僕の研究の方向性は間違っていなかったようだ」

 リシャール様がニッと嬉しそうに微笑む。
 さらに深くて美しい微笑みに私の胸がキュン…………してる場合ではなくて、私も負けられないわ!!

(集中よ、集中!)

「この競技───姿勢とか肘の置き方……手の組み方を工夫するだけでも結構違うみたいだよ?」
「!」

 さすが、リシャール様……本当に私の夫は素敵すぎる!!

「でもさ……フルールにかっこいい所を見せるつもりで研究したのに」
「え?」
「まさか、本人と対決して披露することになるとは思わなかったよ」

 そう口にしたリシャール様が、手をくの字に曲げ私の手首を巻き込む形をとった。

「……っ!」

 なんてこと。
 これまでの対戦相手の時みたいに力が入らないわ。
 これが、リシャール様の研究の成果なのね!?
 私は嬉しくなって頬が緩む。

(───でもね、残念。ちょっと引きと力が甘いわ!)

 難しい理論なんて私にはさっぱり分からないけれど、勉強になったわ。
 何でも力任せにすればいいってわけではないのね!?
 ふふふ……やっぱり腕相撲……奥が深かったわ!
 この競技を選んで正解だったわね、と思った。

「えっ!  ……フ、フルール……」
「……」

 にこっと私は愛するリシャール様に向かって微笑む。

「くっ!」
「───残念、これで私の勝ちですわ。愛する旦那様!」
「……っ、あっ……!?」

 私は笑顔のままグッと手首をロールさせた。

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