王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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247. フルールスペシャルの威力

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 プリュドム公爵家に向かう馬車の中で私は考えた。

(リシャール様は心配性ですわね)

 ──絶対に行く、何があっても僕もついて行く!!
 昨夜、そう語るリシャール様の目はかなり真剣でしたわ。
 そんなに私のことが心配───……
 いえ、これは違いますわね。
 きっと、名探偵フルールの大活躍を間近で見たかったに違いありませんわ!

(ふふふふふ!)

 そう思うだけで、頬が緩んでしまう。
 そんなリシャール様の視線はずっとずっと、私の手作りの花束……フルールスペシャルに向けられている。
 昨日、お披露目してからずっと気になっているみたい。

「フルールスペシャル……そんなに気になります?」
「え……あっ」

 私に声をかけられてリシャール様がハッとして慌てて口を押さえる。

「えっと、花……ってこと、頭では分かっているんだけど」

 どうやらリシャール様は、あまりお花には詳しくはない様子。
 そこに私の手が加わって花の姿がから戸惑うのも仕方がありませんわね。

「ふふ、そうですか。見てください!  この辺りに使っているお花は薔薇なのですけど」
「……薔薇!」

 クワッとリシャール様の目が大きく見開く。

「この、何故か出来てしまった穴はまるで薔薇が笑っているみたいでしょう?」
「わ、笑って?  ………………ぼ、僕には人喰い花が口を開けているようにしか見えない……」
「旦那様?」

(あら、リシャール様の身体が震えている……?)

 どうやら、リシャール様はあまりの珍しさに感動してくれているようです。

「昔から私の植えた花はこのように育ってしまいますが、花束にアレンジするセンス“は”いいねと皆に褒められますの」
「う、うん。色使いとかはとても綺麗だと思うんだけどね………………肝心の花が凄すぎて」
「ありがとうございます。このフルールスペシャルを見て、メリザンド様にも元気になってもらえたらいいのですけど」

 国宝泥棒予告なんて騒ぎもあったけれど、結果的に泥棒行為は未遂で済んだ。
 なので、メリザンド様も幽霊令嬢になったのはショックが大きいとは思うけれど、早く元気になって貰いたいとは思う。

「元気…………か。これを贈られたら別の意味で元気になりそうだよ」
「別の意味ですか?」
「ん、こっちの話。ちなみにだけど……その“フルールスペシャル”ってこれまで誰かに贈ったことはあるの?」

 その質問に私はニンマリ笑って答える。

「もちろん!  大親友のアニエス様に贈ったことがありますわ!」
「あーー……」 

 リシャール様が苦笑する。

「そうです、旦那様!  もし、アニエス様とナタナエル様、二人の結婚式でのブーケはこのフルールスペシャルで……」
「え!」

 リシャール様の目が大きく見開いて私を凝視する。
 その目は“本気?”と聞いているみたい。
 私は本気のこと以外口にはしませんわよーー!!

「私の結婚式の時のヴェールのお礼ですわ!!  その時が来たら、モンタニエ公爵家の名前の権力という力技を使ってでも裏でこっそり用意をさせてみせます……!」

 権力万歳ですわ!
 私はニヤリと笑う。

「フ、フルール!?  普段、使おうとしないのに。君の権力を使い所って……そこなの!?」
「ええ!」
「…………一生忘れられない結婚式になりそうだね」
「私のブーケがなくても一生の思い出ですわよ?  ですから……」

 ───出来れば、アニエス様には結婚式を挙げて欲しい。
 これは、いつもの私の野生の勘だけれど──アニエス様は式を挙げるつもりがないような気がしている。
 だって、婚約の報告を受けた時から、アニエス様は一切“結婚式”について口にしていない。

(ナタナエル様が王弟殿下の隠し子かもしれないってこと、アニエス様は知っているのかも……)

 だから、目立つことは避けようとしているのかもしれないと昨日の訪問で気付いた。

「ん?  ですから?」
「……ですから、私はこの“モンタニエ公爵夫人”という立場を使ってでも大親友の幸せのために尽くしてみせます!」
「フルール……」

 私がドーンッと大きく胸を張る。
 リシャール様は苦笑しながらも「ダメ」とは一言も言わなかった。

 そんな話をしていると馬車が止まり、リシャール様が窓から外を覗き込んだ。

「どうやら───プリュドム公爵家に着いたみたいだ」
「お花も野菜もバッチリです───さあ、突撃ですわ!!」





「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっ、何よそれ……の、呪われるぅぅぅぅぅぅぅぅーーーー」

(まあ!  メリザンド様ったら思っていたより全然元気いっぱいですわ!)

「何で笑っているのよぉぉぉーー……」

 フルールスペシャルを手にした途端、歓喜の悲鳴を上げるメリザンド様を見て私はにこにこしながらそう思った。


───


 プリュドム公爵家に到着して王弟殿下に挨拶した後、まず、私たちはメリザンド様の元に向かった。
 お見舞いを持って来たと口にすると、王弟殿下は軽く頭を下げた。

「すまないな。熱は下がったのだがパーティーで幽霊令嬢などと呼ばれたのがかなりショックだったみたいで部屋から出ようとしないんだ」
「それは……本物の幽霊になってしまいそうですわね」

 そもそも最初に幽霊と勘違いしたのは私。

「本物に!?  それは勘弁してくれ……ところで夫人。その手にあるものは?  さすがに(呪いの)野菜……ではないだろう?」
「こちらはメリザンド様へのお見舞いの花ですわ!  野菜はあちらです!」
「………………花」

 王弟殿下はそう小さく呟くと、慌ててリシャール様の顔を見た。
 殿下と目が合ったリシャール様は無言で頷く。
 王弟殿下は額を押さえながらぎこちなくだけど頷いた。

「……そう、か。世の中にはまだまだ私の知らぬ未知の花がたくさんあるのだな」
「はい?」

 その言葉に私は眉をひそめた。
 フルールスペシャルは、薔薇の花を始めとして、どれもこれも家の庭でも育てられる誰もが知るお花で作られているのに……?
 なんなら、プリュドム公爵家の庭にだってある花ですわ。

(そうでした!  この方……老眼でしたわ!)

 どうやら王弟殿下は老眼のせいで、花が見えずおかしな発言をしているようですわね。
 これからこの方が政務に勤しむ際は多くのサポートが必要そうです。

(周囲は大変ね……)

 そうして私たちはメリザンド様のお部屋を訪ねて、渾身のフルールスペシャルを渡した。




「そんなに喜んでもらえて嬉しいですわ!」
「喜ぶ!?  バ、バカなこと……い、言わないで頂戴……!」

 ゼーハー息を切らして息も絶え絶えな様子のメリザンド様。
 目には感激の涙。
 そんなに全力で喜んでもらえるなんて……製作者冥利につきますわ。

「これが見舞いの花って……ふ、夫人、あなた……どこに目をつけているの!?」
「顔に」
「…………は?」

 メリザンド様が怪訝そうな表情になる。
 不思議な質問ですわね、と思いながらも真面目に答えた。

「ですから、顔ですわ。見ての通りこちらに」
「~~っ!!」

 カッとメリザンド様の顔が赤くなる。

「そ、それなら相当視力が悪いのねっ!」
「いえ……私ならこの距離からそこの壁に飾られている絵の製作者のサインの文字まで読めますわ」
「んあっ!?」

 メリザンド様が楽しそうな声を上げて、キョロキョロと顔を動かす。
 私と絵の距離を計っているのかもしれません。
 かなり離れていますけど、私の目にはバッチリ見えていますわ!

「う、嘘おっしゃい!」
「嘘って……あら?  このサインの名前は!  確か……王弟殿下と同じ名前ですわよね?  もしかしてあちらの絵は王弟殿下の描かれた絵なんですの?」
「……は?  ちょっ……なっ……えぇぇ!?」

 びっくり顔で固まるメリザンド様を後目に私は横にいる王弟殿下を見上げながら訊ねる。
 殿下はギョッとした顔で私を見返すと、小さく頷いた。

「…………しゅ、趣味……なんだ」
「まあ!  そうでしたのね。では、もしかしてこの部屋に飾られている他の絵も?」
「……」

 照れくさそうに頷く王弟殿下。
 へぇ、と思いながら私は他の絵も眺める。
 どうやら、風景画が多いようです。
 絵の中には家族らしき人影が団欒している様子も描かれていたり────……

(あら?  一人、二人…………ですわ!)

 こういう絵に描かれる家族の姿って自分の家族をモデルにするものだと思っていましたが。
 しかし、王弟殿下の絵に描かれている家族らしき人物の人数は大人が二人に子供が三人。
 そんな絵ばかり。

「……」

(か、隠し子が全く隠れていませんわ!?)

 どう見ても存在を主張しまくっています!
 こんなにも五人家族が団欒する姿の絵を堂々と描いて飾っているのに、誰も気にしていないなんて……
 これは隠し子問題…………早々に口を割らせないと私の心がスッキリしませんわ!

 私がそう意気込む一方でメリザンド様は、
「信じられない……人間じゃない……」
 などと意味不明な言葉を遺して、フルールスペシャルを手に持ったまま眠ってしまった。

 私は隣に並ぶリシャール様に小声で訊ねる。

「旦那様!」
「ん?」
「フルールスペシャルには安眠効果があるのかもしれませんわ!」
「……」

 リシャール様はにこっと優しく笑い返してくれた。
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