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250. 噛み合わない
しおりを挟む双子……
リシャール様は絶対に二人は双子だと言う。
(確かに……私だって一目見た時はそう思えたわ……)
でも、双子ってもっとそっくりさんで、数ミリ程度の差もないものと思っていましたわ。
これまで、双子と接する機会がなかったため、双子の性質をよく分かっておらず、幻の令息とナタナエル様の双子説は私の中で即消えていた。
(なんてこと……双子って完全にパーツが一致するそっくりさんな二人を指すものではなかったのね……)
私は、もちろん“王弟殿下の秘密”というのは隠し子がいる件について言っていた。
(それならば、私のしたあのお説教の意味は……)
ナタナエル様が隠し子ではなく王弟殿下の実子であるのなら、それは全然殿下の弱みでもなんでもなく……
これでは全くなんの脅しにもなりませんわ!!
(あぁぁぁ……)
私もリシャール様の腕をガシッと掴む。
「だ、旦那様! 王弟殿下はいったい何に動揺していたのでしょう!?」
「い、いや、さすがに僕も分からないよ……」
リシャール様も首を横に振る。
「私の言葉にがっくり項垂れていましたわよ!?」
「うん……でも、実際はフルールとの会話は全く噛み合っていなかった……んだろう、ね」
リシャール様が苦笑いしながらそう口にする。
───なんということでしょう!!
私は大きなショックを受けた。
「そんな……! 会話って噛み合っていなくても続くものなんですの!?」
「え? うん………………フルールに限っては珍しいことじゃないんだ」
(私に限っては?)
「えっと、それはどういう意味です?」
「……」
私が眉をひそめて聞き返すと、リシャール様はにこっと笑みを返しただけだった。
「……フルール。それより助けなくていいの? 王弟殿下、息子に無視され続けて可哀想なことになっているよ?」
「え……あ」
「あと、見てご覧。なかなかすごい光景が広がっている」
リシャール様が親子に向かって指をさす。
つられて私も二人の方に目を向けると、幻の令息が生き生きとした表情で箱から野菜を取り出して並べていた。
「父上、見てください……! こうして並べると圧巻……今にも野菜が踊り出しそう……!」
「レアンドル!! やめてくれ! なんでそこに並べているんだ!? うっ……夢に出てきそうじゃないか……悪夢、悪夢が…………ブランシュ!!」
王弟殿下はまたお母様の名前を叫んでいる。
そんな様子を見たリシャール様がポツリと言った。
「フルール。義母上は王弟殿下をポンコツと呼んでいるみたいだけれど僕、思うんだ」
「旦那様?」
「……ポンコツにしたの……もしくはそれに磨きをかけたのって義母上なんじゃないの?」
「……」
リシャール様のその言葉に「そんなことはありませんわ」とは私も言えなかった。
すると、野菜を並び終えて大変満足した幻の令息が顔を上げる。
「野菜夫人……! ありがとう……! 今日の野菜、どれも素晴らしいよ……」
「ふふ、ありがとうございます」
幻の令息のこの様子。
これはかなりの高値でいい取引が出来そうですわ!
「踊りださないかなぁ……」
「さすがにそれは難しいですわ」
「うん、さすがに難しいかぁ……────って、あ、えっと? 野菜夫人の隣にいるのがもしかして夫の……?」
幻の令息がリシャール様の方に目を向けた。
「はい、こちらが私の夫ですわ!」
「どうも──リシャール・モンタニエで……」
「うわぁ、野菜夫人の言っていた国宝……! キラキラしてる……! すごいや、これなら本当に明かりに困らない……!!」
「えっ?」
立ち上がった幻の令息が嬉々とした表情でリシャール様に詰め寄る。
あら?
詰め寄られたリシャール様が硬直してしまったわ。
「こんなに眩しいなら、野菜夫人が自慢したくなるのが分かるよ……!」
「ええ、かっこいいでしょう? 私の夫は見た目も中身も国宝ですわよ!」
「中身も? でもやっぱり明かりに困らないのはいいな……羨ましい……」
幻の令息もリシャール様の美貌にうっとりしています。
老若男女問わず魅了してしまうなんて、さすが国宝ですわ!
私が内心で鼻高々にウンウンと頷いていると、幻の令息は言った。
「なるほど……メリザンドはキラキラした明かりが欲しかったのか……それでよくモンタニエ公爵の名前を口にしていたんだね……?」
「え? そうでしたの?」
「うん……メリザンドって子どもの頃、キラキラした宝石を集めては嬉しそうにニコニコしていたから……」
「まあ!」
その気持ち、分かりますわ!
チビフルールもお母様の持っているキラキラの宝石に目を輝かせたものです。
何度お母様の元に盗みに入っては失敗し、おやつ抜きの刑にされたことか……
(怪盗チビフルール……一度も盗みに成功しませんでしたわ)
懐かしい……
いつも怪盗チビフルールの気配を察知したお母様が、気づくとものすごくいい笑顔で私の後ろに立っていて…………とても怖かったですわ。
なので、私は残念ながら人生において怪盗フルールとは名乗れずにいる。
その代わりに名探偵フルールになれたから後悔はありませんけども。
(それにしても、メリザンド様はキラキラ好きでしたのね?)
メリザンド様が国宝泥棒を企んだ一番の理由はそれだったのかと納得する。
まぁ、リシャール様は絶対にあげられませんけど!
「───レアンドル! お前の野菜への情熱は分かったから……もう部屋に戻れ……戻ってくれ」
「あれ、父上……? なんで泣いているの……?」
「……何でだろうな……ははは」
王弟殿下は顔をピクピクさせながら笑う。
「大丈夫だよ、父上……! 知っているでしょ……? だってあれから一度も寝込んでないんだよ……?」
「そ、それはそうだが──……」
「このままなら、夫人の野菜を食べてもっと元気になれそう……!」
どうやら、幻の令息はパーティーの後も寝込まなかったみたい。
やっぱり本物の真実の愛は強いのね!
そんなことを思いながら、微笑ましい気持ちでいたら、王弟殿下かコソッと声をかけて来た。
「夫人……」
「はい」
「き、君がどこで私の“秘密”を知ったのかは分からない……のだが」
「!」
(なんと! 王弟殿下の“秘密”についての話に戻って来ましたわーー!)
「……」
私はここからの会話で王弟殿下の真の秘密に迫ろうと決めた。
必ず会話の中にヒントがあるはず!
名探偵フルールの名にかけて!
「夫人……なぜ君は私の秘密に気付いた?」
ズバリの質問ですわ!
「そ、それは───私の野生の勘です!!」
とりあえず濁す。
王弟殿下の秘密が“隠し子の存在”ではない以上、変なことを口走ってしまえば怪しまれてしまいますもの。
野生の勘……
なんて便利な言葉なのでしょう。
「勘? ……そうか、これも血筋なのか。ブランシュも鋭い所があったからな……」
よく分からないけれど、お母様のおかげで納得してくれていますわ。
だけど、肝心の秘密についてはさっぱり分かりません。
「……もっと早く子どもたちにも話しておくべきだったな」
王弟殿下は少し寂しそうに微笑んだ。
そんな殿下の様子を見た幻の令息が首を傾げる。
「父上? どうかしました……?」
「い、いや……レアンドル。とりあえず公爵夫人の野菜は全て買い取るから安心してくれ」
「やった……!」
幻の令息は嬉しそうに笑った。
その笑顔は大親友を前にしたナタナエル様とよく似ている。
「だから───と、とりあえず並べた野菜たちは一旦、箱にしまってくれないか?」
「え……? でも……」
「今にも動き出しそうで気が気じゃない!」
父親の怖がる様子を見て幻の令息は、仕方がないなぁ……と言って野菜を箱にしまっていく。
「夫人……すまない。そして喝を入れてくれてありがとう。子どもたちにはこれからゆっくり話すよ」
「そうですか……」
困ったことに何だか王弟殿下の中では吹っ切れたのか話が終わりそう。
終わらせないで!
「では、野菜の定期購入契約の話に……って、モンタニエ公爵が固まっているな? 大丈夫だろうか?」
王弟殿下が、おーいと呼びかけて固まっているリシャール様の前で手を振る。
ようやくリシャール様がハッとした様子で石化を解いた。
「旦那様!」
「あ、フルール……ご、ごめん。想像していたよりもレアンドル殿の性格がフワフワしていたから驚いてしまった」
「……ははは。あー……モンタニエ公爵、驚かせてすまない……レアンドルはこれまであまり人と関わって来なかったからか、かなり世間知らずのマイペースなんだ」
王弟殿下が、せっせと野菜を箱に詰め直している幻の令息の背中を見ながらそう言った。
その言葉に私はあら? と思い何気なく口にする。
「そうは言いましても、双子のナタナエル様も似たような雰囲気をお持ちの方ですから“血筋”なのでは?」
「───え!? 双子って……ふ、夫人?」
王弟殿下がすごい勢いで振り返った。
「はい! 双子……なのですよね? ナタナエル様……えっと、離れて暮らしている殿下のもう一人の息子さんのことですわ!」
「……なっ!?」
(ん? この反応はなんですの?)
何故か驚きの声を上げた王弟殿下が、目を大きくかっ開くとそのまま硬直した。
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