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264. 恋ですわ
しおりを挟む「なっ!? 別人って……いや、それよりも! き、騎士……だと!?」
「うん」
ナタナエル様の言葉に王弟殿下は動揺していた。
そんな王弟殿下をナタナエル様は不思議そうな顔で見ている。
「ど、どこのだ!?」
「どこって……王立騎士団だけど?」
「王立!!」
自分のお膝元だと分かった王弟殿下が、ぐわぁぁと頭を抱えた。
夫人も目をまん丸にして、何か言いたそうな顔でナタナエル様のことを凝視している。
「こんな……こんな近くにいた!? い、いつから……」
「え? 王立騎士団への所属はモンタニエ公爵夫人主催の腕相撲力比べ大会の後から──」
「なっに!?」
王弟殿下の声が裏返る。
「つ、つ、つまりナタナエル。き、君は全然、病弱……じゃない?」
「昔はともかく───ここ数年は風邪すらも引いた記憶が無いかなぁ……」
ナタナエル様がヘラッどした笑顔で答える。
「それで、あの腕相撲力比べ大会に参加……」
「楽しかったよ~」
「これも、モンタニエ公爵夫人…………が絡んで……いる」
ガクッとその場に膝を着く王弟殿下。
「くっ! ……出たかった…………私も参加出来ていたなら……もっと早くナタナエルを……見つけることが出来た、のに」
「あ、あなた! しっかり……気を、気を強く持って!」
「ならば! 病弱で重病という話はなんだったんだ……!!」
「落ち着いて……! ゆっくり息を吸って吐いて!」
夫人が駆け寄って一生懸命王弟殿下の背中をさすっている。
「へぇ……? ナタナエルって騎士だったんだ……?」
「うん」
「すごいや……! 憧れる……!!」
「そう?」
崩れ落ちた両親を微塵も気にする様子もなく、双子は呑気に会話を始める。
特に幻の令息の方が騎士団に興味津々のようで、ナタナエル様を質問攻めにしていた。
その姿に私は満足して微笑む。
「ふふふ、旦那様! 皆、楽しそうですわ!!」
「え……? い、いや、確かに兄弟はとっても楽しそうなんだけど……お、王弟殿下は膝から崩れているよ?」
リシャール様は頬をピクピクさせながら答えた。
「あれは、そういう遊びでは?」
「いや、遊びではないかな……」
「まあ!」
チビフルールだった頃の私はよくお兄様を跪かせる遊びをしたものだけど───……
「それよりフルール、次期国王にも膝を着かせちゃったよ……」
「旦那様?」
声が小さすぎてよく聞こえなかった。
とりあえず、王弟殿下は遊んでいるわけではなさそうなので、静かに見守ることにする。
すると、殿下は突然ガバッと顔を上げた。
「モンタニエ公爵夫人……! ナタナエルは君が主催した大会に参加していて、しかも騎士だったぞ!?」
「はい! 存じておりますわ?」
私は、にこっと笑顔で答える。
「ナタナエル様は最終決戦まで残られた一人で、お母様に負けてしまいましたの」
「ブランシュ!! ブランシュが私の息子を叩きのめしたのか!?」
「白熱した戦いでしたわ」
「見たかった───ではなく! 夫人!! 君に聞きたい!」
クワッと王弟殿下の目が大きく見開かれる。
そして、すごく真剣な表情で私を見つめてくる。
(どうしたのかしら?)
「はい?」
「ナタナエルは、ここ数年間は風邪ひとつ引いた記憶が無いと言っているじゃないか! つまり元気。それなのに夫人は──」
「ええ、凄いですわ! やはり日頃から鍛えているだけありますわよね!」
「……っ!?」
私が満面の笑みで答えると王弟殿下が絶句した。
「……」
「……あの?」
どうして突然、黙り込んでしまったのか分からず、そっと声をかけると王弟殿下は再び頭を抱えた。
「くっ、かつてのブランシュを思い出す……! しかし、こういう時のブランシュは嬉々として嘘をついて私を嵌めて慌てふためく様子を楽しんでいた……そう、ブランシュには悪意があった! いわば故意犯…………だが!」
頭を抱えながら何やらペラペラと早口で捲し立てている王弟殿下。
言葉を切るとチラッと私を見た。
その顔はなぜか青ざめていますわ。
「?」
私は首を傾げながら王弟殿下を見つめ返す。
「何故だ…………何故、モンタニエ公爵夫人からは全く悪意を感じないのだーーーー!?」
「悪意……? 何の話かしら? ねぇ、旦那様───って、あら?」
全く話が見えず、困った私はリシャール様に声をかける。
リシャール様は無言で両手で顔を覆っていた。
「もう! 旦那様まで! 皆、どうしてしまったの?」
「……あ、う、うん、フルール」
私はリシャール様の身体を揺さぶる。
観念したように手を顔から離したリシャール様はじっと私の目を見つめた。
「えっと…………やっぱりこうなっちゃったな、って」
「やっぱり?」
「うん……」
苦笑いするリシャール様の手がそっと私の頬に触れる。
「旦那様……?」
「フルール、悪意がどうとかその辺の話は一旦置いておいてさ、王弟殿下にナタナエル殿の病気がなんのことなのか話してきた方がいいよ?」
「え?」
「このままじゃ、王弟殿下も再起不能になっちゃうから」
「再起不能?」
今いち、話が呑み込めていない私にリシャール様は真剣な顔で言う。
「えっと───このままじゃ、殿下の国王即位が危ないかも」
「まあ!」
それは大変。
私は慌てて王弟殿下に顔を向ける。
「そ、そうか…………兄上……兄上はこうして振り回されて潰された…………のか……ははは」
(あら……)
王弟殿下は青い顔をしたまま、遠い目をしていてずっとブツブツ呟いていた。
「無意識……無自覚な分、ブランシュより酷い……」
また、お母さまの名前を呟いています。
「ブランシュの目的は、エヴラールを振り向かせること……ある意味分かりやすかったのに……公爵夫人の目的は……なんだ? なんなのだ……」
(うーん?)
ブツブツと呟きが長いですわ。
終わってから声をかけようかと思ったけれど、待っていたら日が暮れそうな気配がしたので、もう突撃することにした。
「王弟殿下? ナタナエル様の病気の件ですけど」
「……ひっ! モンタニエ公爵夫人!」
怯えた様子で顔を上げる王弟殿下。
「……っ、き、君に聞きたい! ───ナタナエルの病気とはなんだったのだ!」
「え? 恋ですわ」
「こ……」
王弟殿下の目がこれでもかというくらいに大きく見開かれる。
「こい……」
「そう、恋ですわ。ナタナエル様は、パンスロン伯爵令嬢……アニエス様のことが大好きなんですの」
「だいすき……」
王弟殿下は呆然とした顔で言葉を繰り返す。
「はい。ですから私たちはアニエス様を愛でる会を作りましたのよ」
「めでるかい……」
「そうなのです! アニエス様はとってもとってもとっても可愛いらしいのですわ! 例えば、かなりの照れ屋さんなので───」
「───待って、フルール! 話が脱線して伯爵令嬢の話になろうとしている!! 戻って来てくれ!」
「あら?」
リシャール様に肩を掴まれて制止された。
危ないですわ。
思いっきり右に曲がってしまいました。
「こ、こい、恋……? 病名は恋……」
「恋の病です」
「そ、そうか────って待ってくれ! では、重病というのはなんだったのだ!?」
一旦、納得しかけた殿下が、何かに気づいて大きく首を振る。
「重病? 私は重症か? と聞かれましたので、重症な恋の病だということで頷いたのですけれど……?」
「…………え」
王弟殿下の表情が固まる。
「重症……重病……え? あれ?」
「───ナタナエル様は見ての通り元気いっぱいですわ!」
「げんきいっぱい……」
王弟殿下はそっとナタナエル様の方に視線を向けた。
ナタナエル様は、まだ幻の令息と仲良く話している最中。
話を聞いている幻の令息の目がキラキラしているのがここからもよく分かる。
「……そうか……私の早とちり……ナタナエルは元気……いっぱい」
「あら、王弟殿下。それは違いますわ」
「え?」
私は今の王弟殿下の言葉に納得がいかず、首を振る。
「ナタナエル様“は”、ではありません!」
「……え?」
「元気いっぱいなのは“二人共”ですわ!」
私の言葉に王弟殿下が眉をひそめた。
「いや……だが、レアンドルは正真正銘の病……」
「確かに身体はお強くないかもしれません。ですが、心はとっても強い方です」
「心……?」
「そう。心は元気いっぱいですわ!」
私はドンッと胸を叩く。
「だって、本物の真実の愛のために体力を付けようと必死に頑張っていますもの!」
「目的……?」
「ええ! 愛する方のためです!」
「愛する……!? レアンドルにはそんな相手がいたのか!?」
「本物の真実の愛ですわ!」
今度は大きく胸を張る。
「本物の……? 知らなかった……私はてっきりレアンドルは野菜に恋でもしているのかと……」
「否定はしませんが、違いますわね」
「レアンドル……」
王弟殿下が息子たちをじっと見つめる。
「ナタナエルも大事な人を見つけていて、レアンドルも……そう、か。そうだったのか……」
感慨深そうに息子たちを見つめる王弟殿下の様子を見ながら、私は内心でほくそ笑む。
(ふっふっふ……)
いい感じに幻の令息の“真実の愛”についての話に持っていけましたわ。
また、ナタナエル様にとってアニエス様がどれだけ大事な人なのかも話せましたし……
ここまで来て妨害や邪魔をすることはないでしょう。
これで、幻の令息が真実の愛のお相手と上手く行けば……
(皆、幸せいっぱいですわ───!)
そう満足して微笑んだ時だった。
「────お父様、お母様! 大変、大変よーー! お兄様……お兄様が煙のように消えてしまわれたのーーーーー!!」
突然、バーンと部屋の扉が開いて、泣きながらメリザンド様が入って来た。
(……あ!)
これで皆、幸せ!
そう思ったけれど、完全に取り残されていた元・国宝泥棒がいたことを思い出した。
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