王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
264 / 356

264. 恋ですわ

しおりを挟む


「なっ!?  別人って……いや、それよりも!  き、騎士……だと!?」
「うん」

 ナタナエル様の言葉に王弟殿下は動揺していた。
 そんな王弟殿下をナタナエル様は不思議そうな顔で見ている。

「ど、どこのだ!?」
「どこって……王立騎士団だけど?」
「王立!!」

 自分のお膝元だと分かった王弟殿下が、ぐわぁぁと頭を抱えた。
 夫人も目をまん丸にして、何か言いたそうな顔でナタナエル様のことを凝視している。

「こんな……こんな近くにいた!?  い、いつから……」
「え?  王立騎士団への所属はモンタニエ公爵夫人主催の腕相撲力比べ大会の後から──」
「なっに!?」

 王弟殿下の声が裏返る。

「つ、つ、つまりナタナエル。き、君は全然、病弱……じゃない?」
「昔はともかく───ここ数年は風邪すらも引いた記憶が無いかなぁ……」

 ナタナエル様がヘラッどした笑顔で答える。

「それで、あの腕相撲力比べ大会に参加……」
「楽しかったよ~」
「これも、モンタニエ公爵夫人…………が絡んで……いる」

 ガクッとその場に膝を着く王弟殿下。

「くっ!  ……出たかった…………私も参加出来ていたなら……もっと早くナタナエルを……見つけることが出来た、のに」
「あ、あなた!  しっかり……気を、気を強く持って!」
「ならば!  病弱で重病という話はなんだったんだ……!!」
「落ち着いて……!  ゆっくり息を吸って吐いて!」

 夫人が駆け寄って一生懸命王弟殿下の背中をさすっている。

「へぇ……?  ナタナエルって騎士だったんだ……?」
「うん」
「すごいや……!  憧れる……!!」
「そう?」

 崩れ落ちた両親を微塵も気にする様子もなく、双子は呑気に会話を始める。
 特に幻の令息の方が騎士団に興味津々のようで、ナタナエル様を質問攻めにしていた。
 その姿に私は満足して微笑む。

「ふふふ、旦那様!  皆、楽しそうですわ!!」
「え……?  い、いや、確かに兄弟はとっても楽しそうなんだけど……お、王弟殿下は膝から崩れているよ?」

 リシャール様は頬をピクピクさせながら答えた。

「あれは、そういう遊びでは?」
「いや、遊びではないかな……」
「まあ!」

 チビフルールだった頃の私はよくお兄様を跪かせる遊びをしたものだけど───……

「それよりフルール、次期国王にも膝を着かせちゃったよ……」
「旦那様?」

 声が小さすぎてよく聞こえなかった。
 とりあえず、王弟殿下は遊んでいるわけではなさそうなので、静かに見守ることにする。
 すると、殿下は突然ガバッと顔を上げた。

「モンタニエ公爵夫人……!  ナタナエルは君が主催した大会に参加していて、しかも騎士だったぞ!?」
「はい!  存じておりますわ?」

 私は、にこっと笑顔で答える。

「ナタナエル様は最終決戦まで残られた一人で、お母様に負けてしまいましたの」
「ブランシュ!!  ブランシュが私の息子を叩きのめしたのか!?」
「白熱した戦いでしたわ」
「見たかった───ではなく!  夫人!!  君に聞きたい!」

 クワッと王弟殿下の目が大きく見開かれる。
 そして、すごく真剣な表情で私を見つめてくる。

(どうしたのかしら?)

「はい?」
「ナタナエルは、ここ数年間は風邪ひとつ引いた記憶が無いと言っているじゃないか!  つまり元気。それなのに夫人は──」
「ええ、凄いですわ!  やはり日頃から鍛えているだけありますわよね!」
「……っ!?」

 私が満面の笑みで答えると王弟殿下が絶句した。

「……」
「……あの?」

 どうして突然、黙り込んでしまったのか分からず、そっと声をかけると王弟殿下は再び頭を抱えた。

「くっ、かつてのブランシュを思い出す……!  しかし、こういう時のブランシュは嬉々として嘘をついて私を嵌めて慌てふためく様子を楽しんでいた……そう、ブランシュには悪意があった!  いわば故意犯…………だが!」

 頭を抱えながら何やらペラペラと早口で捲し立てている王弟殿下。
 言葉を切るとチラッと私を見た。
 その顔はなぜか青ざめていますわ。

「?」

 私は首を傾げながら王弟殿下を見つめ返す。

「何故だ…………何故、モンタニエ公爵夫人からは全く悪意を感じないのだーーーー!?」
「悪意……?  何の話かしら?  ねぇ、旦那様───って、あら?」

 全く話が見えず、困った私はリシャール様に声をかける。
 リシャール様は無言で両手で顔を覆っていた。

「もう!  旦那様まで!  皆、どうしてしまったの?」
「……あ、う、うん、フルール」

 私はリシャール様の身体を揺さぶる。
 観念したように手を顔から離したリシャール様はじっと私の目を見つめた。

「えっと…………やっぱりこうなっちゃったな、って」
「やっぱり?」
「うん……」

 苦笑いするリシャール様の手がそっと私の頬に触れる。

「旦那様……?」
「フルール、悪意がどうとかその辺の話は一旦置いておいてさ、王弟殿下にナタナエル殿の病気がなんのことなのか話してきた方がいいよ?」
「え?」
「このままじゃ、王弟殿下も再起不能になっちゃうから」
「再起不能?」

 今いち、話が呑み込めていない私にリシャール様は真剣な顔で言う。

「えっと───このままじゃ、殿下の国王即位が危ないかも」
「まあ!」

 それは大変。
 私は慌てて王弟殿下に顔を向ける。

「そ、そうか…………兄上……兄上はこうして振り回されて潰された…………のか……ははは」

(あら……)

 王弟殿下は青い顔をしたまま、遠い目をしていてずっとブツブツ呟いていた。

「無意識……無自覚な分、ブランシュより酷い……」

 また、お母さまの名前を呟いています。

「ブランシュの目的は、エヴラールを振り向かせること……ある意味分かりやすかったのに……公爵夫人の目的は……なんだ?  なんなのだ……」

(うーん?)

 ブツブツと呟きが長いですわ。
 終わってから声をかけようかと思ったけれど、待っていたら日が暮れそうな気配がしたので、もう突撃することにした。

「王弟殿下?  ナタナエル様の病気の件ですけど」
「……ひっ!  モンタニエ公爵夫人!」

 怯えた様子で顔を上げる王弟殿下。

「……っ、き、君に聞きたい!  ───ナタナエルの病気とはなんだったのだ!」
「え?  恋ですわ」
「こ……」

 王弟殿下の目がこれでもかというくらいに大きく見開かれる。

「こい……」
「そう、恋ですわ。ナタナエル様は、パンスロン伯爵令嬢……アニエス様のことが大好きなんですの」
「だいすき……」

 王弟殿下は呆然とした顔で言葉を繰り返す。

「はい。ですから私たちはアニエス様を愛でる会を作りましたのよ」
「めでるかい……」
「そうなのです!  アニエス様はとってもとってもとっても可愛いらしいのですわ!  例えば、かなりの照れ屋さんなので───」
「───待って、フルール!  話が脱線して伯爵令嬢の話になろうとしている!!  戻って来てくれ!」
「あら?」

 リシャール様に肩を掴まれて制止された。
 危ないですわ。
 思いっきり右に曲がってしまいました。

「こ、こい、恋……?  病名は恋……」
「恋の病です」
「そ、そうか────って待ってくれ!  では、重病というのはなんだったのだ!?」

 一旦、納得しかけた殿下が、何かに気づいて大きく首を振る。

「重病?  私は重症か?  と聞かれましたので、重症な恋の病だということで頷いたのですけれど……?」
「…………え」

 王弟殿下の表情が固まる。

「重症……重病……え?  あれ?」
「───ナタナエル様は見ての通り元気いっぱいですわ!」
「げんきいっぱい……」

 王弟殿下はそっとナタナエル様の方に視線を向けた。
 ナタナエル様は、まだ幻の令息と仲良く話している最中。
 話を聞いている幻の令息の目がキラキラしているのがここからもよく分かる。

「……そうか……私の早とちり……ナタナエルは元気……いっぱい」
「あら、王弟殿下。それは違いますわ」
「え?」

 私は今の王弟殿下の言葉に納得がいかず、首を振る。

「ナタナエル様“は”、ではありません!」
「……え?」
「元気いっぱいなのは“二人共”ですわ!」

 私の言葉に王弟殿下が眉をひそめた。

「いや……だが、レアンドルは正真正銘の病……」
「確かに身体はお強くないかもしれません。ですが、心はとっても強い方です」
「心……?」
「そう。心は元気いっぱいですわ!」

 私はドンッと胸を叩く。

「だって、本物の真実の愛目的のために体力を付けようと必死に頑張っていますもの!」
「目的……?」
「ええ!  愛する方のためです!」
「愛する……!?  レアンドルにはそんな相手がいたのか!?」
「本物の真実の愛ですわ!」

 今度は大きく胸を張る。

「本物の……?  知らなかった……私はてっきりレアンドルは野菜に恋でもしているのかと……」
「否定はしませんが、違いますわね」
「レアンドル……」

 王弟殿下が息子たちをじっと見つめる。

「ナタナエルも大事な人を見つけていて、レアンドルも……そう、か。そうだったのか……」

 感慨深そうに息子たちを見つめる王弟殿下の様子を見ながら、私は内心でほくそ笑む。

(ふっふっふ……)

 いい感じに幻の令息の“真実の愛”についての話に持っていけましたわ。
 また、ナタナエル様にとってアニエス様がどれだけ大事な人なのかも話せましたし……
 ここまで来て妨害や邪魔をすることはないでしょう。

 これで、幻の令息が真実の愛のお相手と上手く行けば……

(皆、幸せいっぱいですわ───!)

 そう満足して微笑んだ時だった。

「────お父様、お母様!  大変、大変よーー!  お兄様……お兄様が煙のように消えてしまわれたのーーーーー!!」

 突然、バーンと部屋の扉が開いて、泣きながらメリザンド様が入って来た。 

(……あ!)

 これで皆、幸せ!  
 そう思ったけれど、完全に取り残されていた元・国宝泥棒がいたことを思い出した。

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...