268 / 356
268. 初耳ですわ!?
しおりを挟む(……んん?)
私は愛する夫、リシャール様の発した言葉を聞いて首を傾げた。
(聞き間違えたかしら?)
だって王弟殿下がリシャール様と私を後継にしたい。
私に王族の血が少し流れているから……
そう聞こえましたわ。王族の血? そんなの初耳ですわ!
なんの話ですの??
やはり、聞き間違い、もしくは王弟殿下がとち狂った……のどちらかに違いありません───……
「はぁぁぁぁ……つまり? あのポンコツは自分だけさっさと逃げるつもりなのね?」
お母様が深いため息と共にそう嘆く。
怒っているのか、お母様の顔が怖いですわ……
そしてやっぱりおかしいです。
なぜ、“王族の血が”という部分をお母様も他の皆も驚かないうえ、否定もしないんですの?
……しかし、私が内心でアワアワしている間も話は進んでいく。
「子どもがいないならともかく、息子や娘がいるでしょうに……」
「それについては僕も進言したのですが」
リシャール様は困ったように笑う。
(そうですわ! ナタナエル様は継がないと言うと思いますが、王弟殿下には幻の令息やメリザンド様がいますわ!)
「即位の話が正式に決まった後、レアンドル殿とはすでに話がしてあったようです」
「あら? そうなの? やっぱり継がないのは体調が原因かしら?」
「いいえ、どうも体調云々は関係がなく、レアンドル殿……彼は“全く興味がない”そうで……」
「興味がない?」
お母様の眉がピクリと動きました。
これはお母様が興味を持った証拠ですわ!
「そんな人もいるのね?」
「……レアンドル殿は“もしそうなった場合、万が一国を潰しちゃったとしても怒らない……?”と王弟殿下に大真面目に聞いたそうです」
「あら……子息はこの国を潰す気満々なの?」
お母様だけが嬉しそうに微笑み、お父様やお兄様、オリアンヌお姉様の顔は引き攣っています。
「王弟殿下がさすがにそれは全国民が路頭に迷うから困る。ダメだと言ったところ……それなら、無理、そもそも興味がないんだよね……と笑って答えたんだそうです」
「会ったことないけど……なんかフワフワした息子なのね」
お母様の感想にリシャール様は苦笑した。
「そういうこともあり、殿下は留学中の娘を呼び戻したそうですが……」
「ああ、フルールの大事な国宝を盗もうとした国宝泥棒の小芝居が下手くそな小娘ね? あれにも無理でしょう?」
(まあ!)
お母様ったら、リシャールの話を最後まで聞かずにあっさり却下しましたわ!
「……彼女は帰国後に色々と騒ぎを起こしたので、留学先に戻るか、この国で今すぐ結婚相手を探して嫁入りするか……のどちらかにするしかないと」
「そう……でも最近、あの小娘には幽霊令嬢という呼び名がついているのでしょう? いくら公爵令嬢でもこの国でのお相手探しは大変なんじゃないかしら」
どうやら国宝泥棒を企んだしっぺ返しがこんな形で起こっているようですわ!
「それで王弟殿下は後継問題に悩んだそうで……君主制の廃止に向かっているとはいえ、実現はまだ先。だから、即位後、自分の後継は決めておかないといけない……」
「本当に王族ってのは面倒よねぇ……」
お母様はやれやれと肩を竦めた。
「だから、私はあの色ボケ王子が王太子のままで、王に即位するのは嫌だったのよ」
「ブランシュ……」
お父様が窘めるとお母様は息を吐いた。
「だって、色ボケだったのよ? 実際あなただって───」
「分かってる。分かっているから、な? 全部、昔の話だろう?」
「っっ! ───もう! あなたのそんな所も好き!」
「……ブランシュ」
「え!? コホッ、続けていいですかね? ……えっと……それで今日、フルールを見ていて殿下は思ったそうです」
なぜか突然、お父様への愛を口にしたお母様に戸惑いながらも、リシャール様はおそるおそる話を続けます。
「フルールを見て?」
お父様とのイチャイチャを終えたお母様がチラッと私を見ます。
「フルールのこの周囲を巻き込みながらも、最後はなんだかんだ幸せにする吸引力に託してみたい……と」
「吸引力!」
吸引力という言葉にお母様が吹き出した。
お父様たちもなぜか口元を押さえて肩を震わせていますわ。
「ふふ、ふふふ、確かにフルールの吸引力は凄いわよね。あと、悪人を見極めて潰す力もかしら?」
リシャール様は静かに頷く。
いまいち話が見えませんわ。悪人ってなんですの?
「そして、なんとフルールの夫である僕は、長いこと王家で教育を受けて来た身……」
「なるほど───ポンコツがこれだ! と目を輝かせた瞬間が目に浮かぶわ」
「そして、残る最後の問題は“王家の血筋”です」
ここで、リシャール様とお母様が頷き合う。
「そうね。どんなにフルールに吸引力があって身分が高かろうとも、王家の血が全く入ってないと国民は納得しないでしょうからね」
「そこで、王弟殿下は思い出したそうです。フルールは義母上の娘……つまり、タンヴィエ侯爵家の血筋だ、と」
「ポンコツのくせに……」
お母様が悔しそうに唇を噛む。
つまり、お母様の実家であるタンヴィエ侯爵家は王家の血が……?
「義母上……タンヴィエ侯爵家は王家の傍流であっていますか?」
「そうよ。少し遡れば今の王家の直系の姫が降嫁しているのよ……だから───」
「は、初耳ですわーーーー!」
耐えられなくなった私が叫ぶ。
「フルール……」
「初耳? 何を言っているの? フルール」
心配そうに私を見るリシャール様と呆れ顔のお母様。
お母様のその呆れ顔はなんですの?
「何って……タンヴィエ侯爵家が王家と関わりがあったなんて話、初耳ですわ!!」
私がそう訴えるとお母様が首を傾げた。
「は? やだ、フルール。何を言っているの? 昔、説明したでしょう?」
「説明……した?」
「そうよ! フルール、小さかったあなた……チビフルールがアンベールを下僕にして女王様ごっこを始めた時に!」
「え?」
私は目をパチパチと瞬かせる。
あの時? 私はいったいいつ説明を受けたんですの?
懸命に記憶を探るも思い出せない。
「あら? もしかして、フルールったら忘れちゃったの?」
お母様はクスクス笑いながら説明を始めた。
「ほら、チビフルールが『おかーさま! わたし、じょうおうさまになりますわ!!』と言った時よ」
「ええ。その発言は覚えていますわ」
むしろ、思い出したばかりですわよ?
「そうよ。フルール女王はアンベールを下僕にして、ジュースとおやつをたくさん貢がせていた胸焼けのする光景の……あれよ!!」
「とっても美味しかったですわ!」
私はどーんと胸を張る。
「…………俺は思い出すと泣きたくなるよ、フルール」
「アンベール……あなた下僕だったの……?」
「ああ……フルール女王は下僕をご所望だったんだ……俺はジュースとおやつを貢いで貢いで貢ぎまくったさ」
「そんなに?」
「ああ……フルールだからな」
すかさず横から荒んだ声でそう言ったお兄様は、オリアンヌお姉様に慰められていた。
「あの時、私は言ったでしょう? 色ボケ王子を蹴落として頂点に立ったら? と」
「ええ、言っていましたわ」
なれるの? そう興奮した私に……
────ふふふ、なれるわよ? ただし色ボケ王子とかぼんくら王子とか引きこもり王女とか……王位継承者の皆を蹴落とす必要があるけどね
お母様はそう言った。
(あら?)
「……もしかして、お母様」
「なにかしら?」
お母様がニンマリ微笑む。
「あの時、色ボケ王子……たち王位継承者を蹴落とせばなれると私に言ったのは……」
「ふふ、例えではなく事実よ? 私の実家には多少王家の血が入っているから、直系を蹴落とせばフルール女王も可能になる、そうあなたに説明したのよ」
「……な、」
なんということですのーー!?
「まさか、本当にフルールが色ボケ王子とその子供たちを蹴落とすとは思わなかったけれど!」
お母様は嬉しそうにホホホと笑った。
「そうして、まさか本当の本当にその座が回って来ようとしているなんて……面白いわねぇ?」
私は王族としての教育を全く受けていませんわ。
けれど、夫のリシャール様は……
だけど私はそこでハッと気づいた。
「あ! いえ、それならアンベールお兄様とオリアンヌお姉様でも成り立ちますわよね?」
お兄様だってタンヴィエ侯爵家の血筋で、妻のオリアンヌお姉様もリシャール様と同じで、王家で教育を受けて来た方───
そう主張しようとしたけれど、お母様はやれやれと肩を竦めた。
「フルールったらなにを言っているの? 血筋だけならもっと今の王家に近い人は他にもいるわよ? だとしても、ポンコツはフルールがいいと指名したんでしょう?」
「お母様……」
お母様はにこっと笑って私の肩をポンッと叩く。
「大丈夫よ、フルールの目指す“最強の公爵夫人”とやらが“最強の女王”になるだけ。大して変わらないわ」
「最強の女王……」
私の胸が震える。
とんでもなく強そうな響きですわ……!
「フルールの謎の嗅覚と不思議な手と野生の勘で王宮内に蔓延る悪人はどんどん潰しちゃえばいいのよ!」
「え……」
さすがにそこまでのことが私に出来るのかしら?
そう思っていたらお母様が鼻で笑う。
「大丈夫。フルールはいつも通りに過ごしているだけで、後ろめたいことがある奴は勝手に自ら潰れていくわよ」
なぜかその場にいた人たちから“さすがにそんなことはない”という反対意見が出なかった。
1,455
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる