王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
272 / 356

272. お掃除の対象

しおりを挟む


────

(ふぅ、さすがに疲れましたわ)

 打診は受けるけれど、その代わりにと王弟殿下にこれでもかという要求を色々突き付けてみた。
 私が何か言う度に、
「え!?」「はっ!?」「な、なに!?」「ま、待ってくれ……?」
 なんて叫びながら王弟殿下の顔色がどんどん変わっていくのが面白くなってしまい、ついつい予定にないことまで要求してしまいましたわ。

(……ま、いっか!)

「すまない。色々、一気に詰めすぎたか?」

 私が息を吐いたのを察した殿下が休憩しよう、と言ってお茶を運ばせてくれた。
 お酒ではないことを念入りに確認し、グビッと一気に飲み干す。

(美味しい!  生き返りましたわ!)

 生き返ったところで交渉の続きを……と思って顔を上げる。
 しかし、目の前の王弟殿下がなにか言いたそうな目で私のことを見ていた。

(んん?)

 この目は……仕事の話ではありませんわね!?
 名探偵フルールはすぐに理解した。

「実は……ふ、夫人に聞きたいことがある、のだが?」
「……!  はい。なんでしょうか」

 やはり!
 ふっふっふ。さすが名探偵フルール。今日も素晴らしい洞察力ですわーー!
 私は、自画自賛しながら王弟殿下の次の言葉を待つ。

「レ、レアンドルのこと……なのだが」
「はい」

 レ……幻の令息のこと!

「どうされましたの?」
「そ、それがだな……あの日、ナタナエルと奇妙な……いや、珍妙?  …………と、とにかく双子の神秘のような技を繰り出していたレアンドルなんだが」
「ええ」

 とても生き生きして楽しそうでしたわ。 
 そう思って私も頷く。

「あの後、奇跡のように寝込まなかったのだ!」
「まあ!」
「医者が言うには、心も大きく関係しているのではないか……と」
「そうでしたのね?」

 それはいい傾向ですわ!
 確かに、心の持ちようというのは大事ですわ。
 私も、頭痛がする……と思った時に“これは気のせい……”“脳内が元気いっぱいなだけですわ”と強く念じればすぐに治まりますもの。

「ああ。それで、調子も良さそうだしもっと元気になるかと思って、レアンドルの望む真実の愛の相手……気になる令嬢とも会わせてやりたい。そう思ってレアンドルに聞いてみたんだ」
「!」

 これは───本物の真実の愛の件ですわね!?
 キラリと私の目の色が変わる。
 ついに……
 そう思ったけれど、王弟殿下は目の前でズンッと沈み込んだ。

(な、なんですの?  急に重い空気になりましたわ!?)

「だが、レアンドルは……」
「──な、なんて言いましたの?」
「……くっ」

 王弟殿下は苦しそうな声を上げると、すぐに叫ぶように言った。

「レアンドルは…………“え~、なんの話……?  誰のこと……?”ときょとんとした顔で言ってのけた後、嬉しそうに君の野菜を廊下に並べてうっとりしていた!!」
「なっ!?」

(なんですってーーーー!?)

「夫人……レアンドルの望む本物の真実の愛の相手というのは……存在するのか?  やはり野菜なのではないか……?」
「……っ」

 恋い慕う相手は野菜ですって?
 そんなことを言われると……あの執着ぶり。
 自信が……自信がなくなって来ましたわ……!

「……」

 ───いいえ、フルール!
 名探偵フルールの私が自信を失くす?  有り得ませんわ!!
 だって、幻の令息は屋敷の脱走を試みるくらい、あんなにも熱い想いを抱いていたのですから!

「いいえ!  絶対に絶対にどこかにいるはずですわ!」
「だ……だが」

 王弟殿下が弱気な表情を見せる。
 そんな気弱でどうするんですの!!
 メラッとした私は喝を入れた。

「殿下!  必ず……必ず息子さんたちを幸せに導いてあげてください!」

 そのままの勢いで私はグイグイグイッと王弟殿下に迫る。

「ふ、夫人……」
「いいですか?  自分の家族すらも幸せに出来ない人に、この国の人たちを幸せにすることなんて出来ません!」
「……っ」 
「顔を洗って出直してきて下さいませ!」

 王弟殿下がハッと息を呑む。

「そうして、必ずや“本物の真実の愛”を成就させるのですわーー!!」
「わ、分かった!  や……約束しよう!」

 王弟殿下は戸惑いながらも頷いてくれたので、私も満足気に微笑み返した。


────


(……後半は、幻の令息の本物の真実の愛の話ばかりになってしまいましたわね)

 王弟殿下の執務室を出て、馬車寄せへと向かうため王宮の廊下を歩きながら反省する。
 本物の真実の愛が見たくてついつい興奮しすぎてしまったわ。

(ですが、その前にこちらの要求は通しておいたから───)

 なんて考えごとをしていた私は、前を見ていなかったせいで曲がり角で前から歩いて来ていた人たちとぶつかりそうになる。

「うわっ」
「きゃっ!  し、失礼しましたわ」

 すんでのところで衝突は避けられたものの、前方不注意だったのは私。
 謝罪の言葉を口にして顔を上げる。

「───おや?  あなたは、モンタニエ公爵夫人?」
「え?  モンタニエ公爵の……」
「ああ!  ということは」

 私がぶつかりそうになったのは三人の男性。

(えっと確か……)

 彼らの名前と顔と爵位を思い出そうとしていたら、彼らはどこかニヤニヤしながら口を開く。

「聞きましたよ!  夫人が王弟殿下の後継者に指名されたとか」
「まさか、破滅を呼ぶむ……いえ、夫人の名前が出るとは。驚きました」
「殿下もいったい何を考えておられるのやら」

 その三人は上から下までじろじろと私のことを見てくる。

「ん?  あちらは王弟殿下の執務室」
「──まさか……この話をお受けなさるおつもりで?」
「ははは!  いくらなんでもそれは無いでしょう!  今日は断りに来られたのでは?  ですよね、夫人」

 私はその三人に、にこっと笑顔だけ向ける。
 彼らが私が打診を受けるのかどうなのかについて興味津々なことは理解した。
 けれど、たった今、交渉を終えたばかり。
 まだ正式な発表前なので軽々しく口にすることは出来ませんのよ。

(せっかちで困ったさんたちですわ~)

「どうやら、夫人にも少ーーしだけ、王族の血が入っているようですが……」
「所詮、傍流。直系ではありません」
「殿下のご子息にはレアンドル様がいると言うのに……」
「レアンドル様のことは我々がしっかり手厚くフォローしてお支えするつもりでしたのに」
「そうそう、忠誠心溢れる我々が……ね」

(なるほど!)

 今の言葉で理解しましたわ!
 この方たちは、リシャール様の言っていた、
 ────病弱な彼を裏から操って甘い汁を吸いたいと思っているのが見え見えな人たち!
 確かに……見え見えで分かりやすいですわ!
 つまり、この方たちはお掃除対象!

(しかし……)

 私は眉をしかめる。

 ……誰だったかしら?  お会いしたことはあるはずなのよ。
 なのに思い出せませんわ……
 これからしっかり人の顔と名前を覚えていこうとしている所ですのに……挨拶が早すぎますわ!
 残念ながら、名乗ってもくれませんし……

 私は目の前のこの三人のことを恨めしく思う。

(……これは、仕方がありませんわね)

 私は無言のまま、じっと彼らを見つめる。

「な、なんだ!?」
「なぜ、ずっと黙っているんだ!」
「ぶ、不気味だ……」

 とりあえず、今のうちに彼らの特徴だけを目に焼き付けて、後で確認するしかありません。
 そう決めた私はこのネチネチトリオの特徴を探ることにした。

(まずは一人目……)

 失礼ながら、最近肥えてしまって服の仕立てが間に合わなかったのかしら?
 ちょっと服がピチピチのご様子……

「おい!  なんで私の腹ばかり見ているんだ!?」

(───ピチピチ男でいいですわね、次!)

 私はピチピチ男のお腹から目を離して真ん中の二人目の男性に目を向ける。

「ん?  な、なんで……そんなにじっと顔を見つめてくる!?  て、照れるだろ……」

 この方は、立派な顎髭が特徴のようですわね。

(───モサ男でいいかしら。はい、次ですわ!)

 何やら頬を赤らめているモサ男の髭から目を離すと、最後の三人目の男性に目を向ける。

「……な、なんだ!」
「……」

 この方、特徴が無さすぎますわーー!
 眼鏡くらいしか覚える要素がありません。

(うーん……ちょっと軟弱でひょろそうなので───)

 ひょろメガネにしておきますわ!

 ネチネチトリオ───ピチピチ男、モサ男、ひょろメガネ……
 私はしっかり目の前のネチネチトリオの特徴を頭に叩き込む。
 この先、大掃除をする際に間違えて捨てたら大変ですものね。
 今のうちにしっかり頭に入れておかなくては!

「───モ、モンタニエ公爵夫人……?」
「お、おい?  様子が変じゃないか?」
「本当になんなんだ」

(よし!)

「────覚えましたわ!!」
「「「……は?」」」

 私が満面の笑みでそう口にすると、ネチネチトリオは綺麗に声を合わせた。
 さすが、息もピッタリのようです!

「お、覚えた?」
「何を……?」
「なぜ、笑顔」

 私はもう一度にこっとネチネチトリオに向かって笑うとそのまま頭を下げる。

「わざわざお声がけと自己紹介をありがとうございました!  私、急いでいますので本日はこれで失礼します」
「え?」
「ん?」
「は?」

 ネチネチトリオは口をポカンと開けたまま互いの顔を見合わせている。

「ではまた、ごきげんよう」

 その隙に私は彼らを置いて歩き出す。

(ピチピチ男、モサ男、ひょろメガネ~)

 帰ったら彼らの名前を確認してお掃除リストの作成ですわ~
 リシャール様ならきっとこのネチネチトリオの彼らがどこの誰か知っているはずですわ~

(ネチネチトリオさん~あなたたちの名前はなんですか~)


 ────こうして私には、女王候補フルール……
 ではなく、女王候補掃除人フルール……という新しい呼び名が誕生することになる。

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...