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272. お掃除の対象
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(ふぅ、さすがに疲れましたわ)
打診は受けるけれど、その代わりにと王弟殿下にこれでもかという要求を色々突き付けてみた。
私が何か言う度に、
「え!?」「はっ!?」「な、なに!?」「ま、待ってくれ……?」
なんて叫びながら王弟殿下の顔色がどんどん変わっていくのが面白くなってしまい、ついつい予定にないことまで要求してしまいましたわ。
(……ま、いっか!)
「すまない。色々、一気に詰めすぎたか?」
私が息を吐いたのを察した殿下が休憩しよう、と言ってお茶を運ばせてくれた。
お酒ではないことを念入りに確認し、グビッと一気に飲み干す。
(美味しい! 生き返りましたわ!)
生き返ったところで交渉の続きを……と思って顔を上げる。
しかし、目の前の王弟殿下がなにか言いたそうな目で私のことを見ていた。
(んん?)
この目は……仕事の話ではありませんわね!?
名探偵フルールはすぐに理解した。
「実は……ふ、夫人に聞きたいことがある、のだが?」
「……! はい。なんでしょうか」
やはり!
ふっふっふ。さすが名探偵フルール。今日も素晴らしい洞察力ですわーー!
私は、自画自賛しながら王弟殿下の次の言葉を待つ。
「レ、レアンドルのこと……なのだが」
「はい」
レ……幻の令息のこと!
「どうされましたの?」
「そ、それがだな……あの日、ナタナエルと奇妙な……いや、珍妙? …………と、とにかく双子の神秘のような技を繰り出していたレアンドルなんだが」
「ええ」
とても生き生きして楽しそうでしたわ。
そう思って私も頷く。
「あの後、奇跡のように寝込まなかったのだ!」
「まあ!」
「医者が言うには、心も大きく関係しているのではないか……と」
「そうでしたのね?」
それはいい傾向ですわ!
確かに、心の持ちようというのは大事ですわ。
私も、頭痛がする……と思った時に“これは気のせい……”“脳内が元気いっぱいなだけですわ”と強く念じればすぐに治まりますもの。
「ああ。それで、調子も良さそうだしもっと元気になるかと思って、レアンドルの望む真実の愛の相手……気になる令嬢とも会わせてやりたい。そう思ってレアンドルに聞いてみたんだ」
「!」
これは───本物の真実の愛の件ですわね!?
キラリと私の目の色が変わる。
ついに……
そう思ったけれど、王弟殿下は目の前でズンッと沈み込んだ。
(な、なんですの? 急に重い空気になりましたわ!?)
「だが、レアンドルは……」
「──な、なんて言いましたの?」
「……くっ」
王弟殿下は苦しそうな声を上げると、すぐに叫ぶように言った。
「レアンドルは…………“え~、なんの話……? 誰のこと……?”ときょとんとした顔で言ってのけた後、嬉しそうに君の野菜を廊下に並べてうっとりしていた!!」
「なっ!?」
(なんですってーーーー!?)
「夫人……レアンドルの望む本物の真実の愛の相手というのは……存在するのか? やはり野菜なのではないか……?」
「……っ」
恋い慕う相手は野菜ですって?
そんなことを言われると……あの執着ぶり。
自信が……自信がなくなって来ましたわ……!
「……」
───いいえ、フルール!
名探偵フルールの私が自信を失くす? 有り得ませんわ!!
だって、幻の令息は屋敷の脱走を試みるくらい、あんなにも熱い想いを抱いていたのですから!
「いいえ! 絶対に絶対にどこかにいるはずですわ!」
「だ……だが」
王弟殿下が弱気な表情を見せる。
そんな気弱でどうするんですの!!
メラッとした私は喝を入れた。
「殿下! 必ず……必ず息子さんたちを幸せに導いてあげてください!」
そのままの勢いで私はグイグイグイッと王弟殿下に迫る。
「ふ、夫人……」
「いいですか? 自分の家族すらも幸せに出来ない人に、この国の人たちを幸せにすることなんて出来ません!」
「……っ」
「顔を洗って出直してきて下さいませ!」
王弟殿下がハッと息を呑む。
「そうして、必ずや“本物の真実の愛”を成就させるのですわーー!!」
「わ、分かった! や……約束しよう!」
王弟殿下は戸惑いながらも頷いてくれたので、私も満足気に微笑み返した。
────
(……後半は、幻の令息の本物の真実の愛の話ばかりになってしまいましたわね)
王弟殿下の執務室を出て、馬車寄せへと向かうため王宮の廊下を歩きながら反省する。
本物の真実の愛が見たくてついつい興奮しすぎてしまったわ。
(ですが、その前にこちらの要求は通しておいたから───)
なんて考えごとをしていた私は、前を見ていなかったせいで曲がり角で前から歩いて来ていた人たちとぶつかりそうになる。
「うわっ」
「きゃっ! し、失礼しましたわ」
すんでのところで衝突は避けられたものの、前方不注意だったのは私。
謝罪の言葉を口にして顔を上げる。
「───おや? あなたは、モンタニエ公爵夫人?」
「え? モンタニエ公爵の……」
「ああ! ということは」
私がぶつかりそうになったのは三人の男性。
(えっと確か……)
彼らの名前と顔と爵位を思い出そうとしていたら、彼らはどこかニヤニヤしながら口を開く。
「聞きましたよ! 夫人が王弟殿下の後継者に指名されたとか」
「まさか、破滅を呼ぶむ……いえ、夫人の名前が出るとは。驚きました」
「殿下もいったい何を考えておられるのやら」
その三人は上から下までじろじろと私のことを見てくる。
「ん? あちらは王弟殿下の執務室」
「──まさか……この話をお受けなさるおつもりで?」
「ははは! いくらなんでもそれは無いでしょう! 今日は断りに来られたのでは? ですよね、夫人」
私はその三人に、にこっと笑顔だけ向ける。
彼らが私が打診を受けるのかどうなのかについて興味津々なことは理解した。
けれど、たった今、交渉を終えたばかり。
まだ正式な発表前なので軽々しく口にすることは出来ませんのよ。
(せっかちで困ったさんたちですわ~)
「どうやら、夫人にも少ーーしだけ、王族の血が入っているようですが……」
「所詮、傍流。直系ではありません」
「殿下のご子息にはレアンドル様がいると言うのに……」
「レアンドル様のことは我々がしっかり手厚くフォローしてお支えするつもりでしたのに」
「そうそう、忠誠心溢れる我々が……ね」
(なるほど!)
今の言葉で理解しましたわ!
この方たちは、リシャール様の言っていた、
────病弱な彼を裏から操って甘い汁を吸いたいと思っているのが見え見えな人たち!
確かに……見え見えで分かりやすいですわ!
つまり、この方たちはお掃除対象!
(しかし……)
私は眉をしかめる。
……誰だったかしら? お会いしたことはあるはずなのよ。
なのに思い出せませんわ……
これからしっかり人の顔と名前を覚えていこうとしている所ですのに……挨拶が早すぎますわ!
残念ながら、名乗ってもくれませんし……
私は目の前のこの三人のことを恨めしく思う。
(……これは、仕方がありませんわね)
私は無言のまま、じっと彼らを見つめる。
「な、なんだ!?」
「なぜ、ずっと黙っているんだ!」
「ぶ、不気味だ……」
とりあえず、今のうちに彼らの特徴だけを目に焼き付けて、後で確認するしかありません。
そう決めた私はこのネチネチトリオの特徴を探ることにした。
(まずは一人目……)
失礼ながら、最近肥えてしまって服の仕立てが間に合わなかったのかしら?
ちょっと服がピチピチのご様子……
「おい! なんで私の腹ばかり見ているんだ!?」
(───ピチピチ男でいいですわね、次!)
私はピチピチ男のお腹から目を離して真ん中の二人目の男性に目を向ける。
「ん? な、なんで……そんなにじっと顔を見つめてくる!? て、照れるだろ……」
この方は、立派な顎髭が特徴のようですわね。
(───モサ男でいいかしら。はい、次ですわ!)
何やら頬を赤らめているモサ男の髭から目を離すと、最後の三人目の男性に目を向ける。
「……な、なんだ!」
「……」
この方、特徴が無さすぎますわーー!
眼鏡くらいしか覚える要素がありません。
(うーん……ちょっと軟弱でひょろそうなので───)
ひょろメガネにしておきますわ!
ネチネチトリオ───ピチピチ男、モサ男、ひょろメガネ……
私はしっかり目の前のネチネチトリオの特徴を頭に叩き込む。
この先、大掃除をする際に間違えて捨てたら大変ですものね。
今のうちにしっかり頭に入れておかなくては!
「───モ、モンタニエ公爵夫人……?」
「お、おい? 様子が変じゃないか?」
「本当になんなんだ」
(よし!)
「────覚えましたわ!!」
「「「……は?」」」
私が満面の笑みでそう口にすると、ネチネチトリオは綺麗に声を合わせた。
さすが、息もピッタリのようです!
「お、覚えた?」
「何を……?」
「なぜ、笑顔」
私はもう一度にこっとネチネチトリオに向かって笑うとそのまま頭を下げる。
「わざわざお声がけと自己紹介をありがとうございました! 私、急いでいますので本日はこれで失礼します」
「え?」
「ん?」
「は?」
ネチネチトリオは口をポカンと開けたまま互いの顔を見合わせている。
「ではまた、ごきげんよう」
その隙に私は彼らを置いて歩き出す。
(ピチピチ男、モサ男、ひょろメガネ~)
帰ったら彼らの名前を確認してお掃除リストの作成ですわ~
リシャール様ならきっとこのネチネチトリオの彼らがどこの誰か知っているはずですわ~
(ネチネチトリオさん~あなたたちの名前はなんですか~)
────こうして私には、女王候補フルール……
ではなく、女王候補掃除人フルール……という新しい呼び名が誕生することになる。
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