王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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278. 潰されますよ?

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 リシャール様の言葉にネチネチ王子がクワッと大きく目を見開く。

「──こ、この私が……そこの、りょ、料理以下だと!?」
「はい」
「っっ!  わ、私を誰だと思っている!?」

 ネチネチ王子が憤慨するけれど、リシャール様は全く気にした様子も恐れる様子もなく、ただ淡々と頭を下げる。

「殿下、受け入れてください。これが現実なのです」
「~~っ!  現実、だと!?  ふざけるな!」

 ザワッ
 ネチネチ王子のその声がとても大きかったので、周囲からの視線を強く感じますわ。

「僕が思うに……残念ですが殿下、あなたの存在は、先ほどまでフルールの中では消えかけていたことでしょう」

(まあ!)

 さすが、私のリシャール様!
 全てお見通しですわ!
 確かにあまりにも料理が美味しかったのでネチネチ王子の存在は声をあげられるまで確かに消えかけていましたもの。

「なっ!  馬鹿を言うな!  そんなはずなかろう!」
「いいえ。フルールの脳内は、ほぼ目の前の料理について埋め尽くされ僕の存在も辛うじて出来た隙間に入り込む程度……」

 リシャール様の言葉にネチネチ王子がお腹を抱えて笑いだした。

「隙間!?  はっはっは!  夫なのにか!?」
「そうですよ」
「これは───なんて情けない話なのだ。なんだ公爵、貴殿だって“料理以下”じゃないか!」

 ネチネチ王子がリシャール様のことを小馬鹿にして笑う。

(リシャール様をバカにするなんて……許せませんわ……)

 愛する夫をバカにされたのでムッとした私は前に出ようとした。
 けれど、リシャール様に無言で止められる。

「……」
「……!」

 リシャール様のその目は、
 “大丈夫だから、僕に任せて”
 そう言っている。
 私は小さく頷いて大人しく下がる。

「───いやはや、まさか夫なのに、その程度とはな!  情けないと思わないのか?」
「いいえ、むしろ隙間に入れていることが光栄ですけども?」
「これは強がりを──私なら常に私のことで頭をいっぱいにさせてみせるというのに」
「あ、それは絶対に無理ですよ」

 リシャール様の笑顔での完全即否定にネチネチ王子の眉がピクリと動く。

「何故だ!」
「それは……」

 ここで、なぜかリシャール様が目を伏せて言い淀む。
 そして、隣にいる私にしか聞こえないくらいのものすごーーーーく小さな声で呟いた。

「…………だってフルール、絶対に殿下の名前覚えてないし……」

(……ん?)

「いや、一応は覚えたはずなんだろうけど。でも多分、心の中ではネチネチ王子とか呼んでいるはずなんだよ……」

 リシャール様がチラッと私に視線を向ける。

「…………それで、殿下って呼称は便利だわ~とか思っている」

 ばっちり私たちの目が合った。
 図星だったので、私はえへっと笑って誤魔化す。

(全部、筒抜け!  すごいですわ~)

「───おい!  何をブツブツ呟いているんだ!?」
「いいえ、何も?」

 リシャール様がにこっと国宝級の微笑みで誤魔化した。

「くっ……」

 ネチネチ王子は眩しそうに目を細めた。
 リシャール様のキラキラ度はそこらの王子以上ですもの。

「ふ……ははは!  いくら料理に目がなくとも、貴殿とは違って私は王子なのだ!」
「そうですね」
「先ほど、妃の地位すらも料理以下だと言われたが……さすがに、どちらもだなんてあるはずがない!  だろう?  夫人……」
「!」

 にこっ……
 ネチネチ王子が私に視線を向けたので私は笑顔を向ける。
 彼は顔をしかめた。

「おい。なんだその笑顔は?」
「……」

 にこっ!
 私はもう一度、にっこり笑う。

「なぜ、否定しない?  ま、まさか……本当、に?」

 そんな私を見てブルブル震え出したネチネチ王子。
 そして私の手元の皿を見てハッと息を呑む。

「待て!  ───おい!  どういうことだ!  夫人の皿の上の料理……もう殆ど残っていないじゃないか!  さっきまでは……」
「ええ、とっても美味しく頂いていますわ」
「頂く……!?」

 私が笑顔で頷くと、ネチネチ王子は口をポカンと開けて固まった。

「───ま、まさか、この私が貴女の話をしていたというのに!  夫人はその間も皿の上の料理をせっせと食べ続けていたと言うのか!?」

 そんなに驚くこと?
 不思議に思って首を傾げる。

「え?  はい。だって冷めても美味しいことに変わりはありませんが、やはり温かいほうが美味しいですもの」

 さすがの私も話しかけられている時までは食べません。
 でも、ネチネチ王子はリシャール様との話に夢中になっていたのでその間、美味しく頂いたわ。
 おかげでお腹も大満足ですわ!

「~~っっ」

 青い顔をしたネチネチ王子が震える声で訊ねてくる。

「───私の妃という誰もが羨む地位より……」
「美味しい料理ですわ!」
「王子という誰もが憧れる存在の私より……」
「美味しい料理ですわ!」
「~~~~!!」

 私は満面の笑みで答える。
 うぁぁとネチネチ王子は頭を抱えた。
 さすがネチネチ王子ですわ。
 何回、言わせるおつもりなのかしら?

「くぅっ……ふ、夫人は……料理以外で頭がいっぱいになったことは無いのか!」
「え?  もちろん、ありますわ?」
「なんだ、あるのか!  それは何にだ!」

 ネチネチ王子がクワッと怖い顔で問い詰めてくる。

「え、そんなの決まっています!  夫……リシャール様への恋心を自覚した時ですわ!」
「なっ……に?」

 そう。
 忘れもしません。
 あれはフルールからチョロールへの改名を悩んだ頃!

「リシャール様は顔も声も身体も行動も仕草も……どれも素敵すぎて私は何をしていても胸のドキドキが止まりませんでしたわ!!」
「……っ」
「頭の中がリシャール様のことでいっぱいになってしまい、なんと!  私のご飯のお代わりの回数が五杯から三杯まで減ったのです!」

 私は堂々と指を三本立てる。
 ザワッ
 何故かこの瞬間、周囲が大きくざわめいた。

 ───公爵夫人がたった三杯だって!?
 信じられん───

 なんて驚きの声が私の耳に聞こえてくる。

「……今のフルールのお代わり回数は七杯だから、そう考えると少なく感じるよね」
「旦那様!」

 リシャール様が嬉しそうに微笑みながら私の腰に腕を回して抱き寄せた。
 そしてその美しい顔を惜しみなく私にグイッと近付けてくる。

「そっか。あの時のフルール、そんなに僕のことで頭をいっぱいにしてくれていたんだ?」
「……っ!  だ、だって……」

 私がポッと頬を染める。

(近い……!  近いですわーーーー!)

「フルール、君は今も僕にドキドキしてくれている?」
「そんなの当然……もちろんですわ!!  大好き、ですもの」
「それは良かった」

 リシャール様がとびっきり美しく微笑む。
 もう、先ほどから国宝オーラが凄すぎて私は倒れそう。
 なんて大興奮しているとリシャール様が私からネチネチ王子に顔を向ける。

「さて……殿下、これでお分かりいただけましたか?」
「な、何をだ!」

 ネチネチ王子がギリッと唇を噛みながらリシャール様をキッと睨む。
 対するリシャール様はにこっと笑う。余裕の笑みですわ!

「フルールはこうやって頭をいっぱいにしてくれるんですよ」
「ぐっ……」
「それでも“情けない”“その程度”“料理以下”?  あなたはそう思われますか?」
「う……」

 何も言えなくなっているネチネチ王子に、リシャール様はさらににこにこ顔で畳み掛ける。

「いくらあなたが王子でも、ぽっと出の存在なのにフルールの夫になりたいだなんて……そんな夢を見るのは何百万年たっても早いですよ」
「う、うぐっ……」
「それから!」

 ここで笑みを消したリシャール様が冷たく言い放つ。

「舞姫の娘だから?  ───そんな目でしかフルールのことを見れないあなたにフルールの相手は出来ません」
「なっ……」
「フルールのことを何一つ知ろうともせず───ふざけるな!」

 怒鳴られたネチネチ王子の顔がカッと赤くなる。
 その表情を見たリシャール様はゾッとするくらい冷たく微笑んだ。

「───潰されますよ?」
「潰される!?  なっ……わ、私がか!  こ、これは私への侮辱と受け──」
「え、侮辱ですか?  まさか!  いいえ、これは忠告ですよ」
「忠告……だと?」

 驚くネチネチ王子にリシャール様は冷たい笑みを深める。
 素敵!  ゾクゾクしますわーー!
 私はまたまた大興奮する。

「そうです。殿下……あなただけでなく、あなたの父親の国王陛下もきっと無傷では済みません」
「ぱ、馬鹿を言うな!  ち、父上は一国の主、国王だぞ!?」
「一国の主?  ああ、残念ですけどそんなのフルールには一切関係ないのですよ?」
「か、関係ない……?」

 ネチネチ王子は愕然とした表情で、周囲に助けを求めるようにキョロキョロと辺りを見回す。
 なぜか周囲の人たちはリシャール様の話に同意するとばかりに大きく頷いている。

「なぜだ……なぜ誰も否定しないのだ!」
「なぜって、だってこの国の者ならもうみんな知っていますよ?」
「知って……いる?」

 リシャール様はフッと鼻で笑う。

「まあ、それでも信じたくないのか、愚かにも己だけは大丈夫だろうと過信しているのか……未だにフルールを甘くみて事故に遭う人も一定数いるにはいますが」
「じ、こ!」
「かなり減りましたがね。そうそう!  フルールのことを熟知している彼女の兄はフルールのことをこう呼んでいましたよ?」
「……な、なんだ?」

 ここでリシャール様はとびっきりの明るい笑顔を浮かべる。
 とてもキラキラですわ。

「───王族クラッシャー……と」
「ぅおっ、おうぞっ!?」

 ネチネチ王子の顔色がお母様の好きそうなとっても素敵な紫色になった。

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