王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
344 / 356

344. クラッシャーの血

しおりを挟む


 聞こえて来た、今のガシャーンという音。
 これまでありとあらゆる物にぶつかっては大事故を起こして来た私には分かりますわ。

(こ───この音は……!)

「……花瓶ですわ!!  今のは花瓶が割れる音でしたわ!」

 皆が、え?  という驚きの顔で私に向かって振り向く。

「フルール、音だけで分かるの?」
「ふっふっふ。当然ですわ、旦那様!」

 私は目を丸くしているリシャール様に向かって、えっへんと大きく胸を張る。

「チビ……いえ、ベビーフルールだった頃から成長したこれまでの私、いったいどれだけの花瓶を割って来たと思います?」
「え?  ベビーの頃から!?」
「さすがにベビーの頃の記憶は私にありませんが、聞いた所によるとそうらしいですわ。ね、お父様」

 腕を組んだお父様はコクッと頷いた。

「……我が家の花瓶は消耗品だ」
「ふっふっふ。他にもたくさん破壊して来ましたが、やはり中でも花瓶が一番多いんですのよ!」
「威張ることじゃないぞ、フルール!」

 お兄様が横から睨んで来ますわ。
 たいてい現場に居合わせ巻き込まれて私と一緒にお母様に怒られたことを恨んでるのかもしれません。

「とにかくですわ。ベテラン花瓶クラッシャーフルールには分かります!  今の音は花瓶の割れた音に間違いありません!」
「ベテラン花瓶クラッシャー…………人生で初めて聞いた」

 リシャール様が呆然とした顔で呟く。

「ええ、ベテラン花瓶クラッシャー第一号ですわ!」

 まあ、他に名乗っている人は聞いたことありませんが。
 きっと私が第一号間違いなしですわ~

「───と、いうわけで先程の音……ミレーヌちゃんとお母様が心配です!」

 私のその声に、何だかぼんやりしていた皆の顔がハッとなる。

「ミレーヌちゃん、お母様───……」

 ミレーヌがクルクルし過ぎたのか、お母様の指導に熱が入りすぎたのか……
 どちらにせよ、二人が心配ですわ!
 大きさにもよりますが、花瓶は結構痛いんですのよ!

「───フルール様!  子どもたちは私とアンベールが付いているから様子を見て来て?」
「オリアンヌお姉様?」
「こっちは使用人もいるから大丈夫よ」

(お姉様……!)

 さすがオリアンヌお姉様ですわ。
 私はその言葉に甘えることにする。

「テオくん!  私はあなたのお姉さまとおばあ様の無事を確認して来ますわね!」
「……」
「テオくんは心配しないで、そのままステファーヌくんと仲良くスヤスヤ天使のお顔で休んでて下さいませね?」
「……」
「ステファーヌくんもお兄ちゃまとしてテオくんをお願いしますわ!」
「……」

 私は天使の寝顔を披露している子どもたちにそう声をかけてから駆け出した。

「二人とも、今、行きますわ~~~~」
「───あ、フルール!  待っ……僕も行───早っ……!」
「ん?  旦那様、先に行っていますわね!」
「フルー……」

 リシャール様に手を振ってから廊下を走り始めた時、背中からお兄様の声で“淑女どこ行ったぁ”と聞こえて来た。
 淑女……

(お兄様……────淑女フルールは放浪の旅に出発しましたわ!)

 大事な娘と母親が怪我をしているかもしれない時に、淑女の仮面など被っていられませんわ!




「二人とも、無事ですのーー!?」

 部屋の前に辿り着いた私は勢いよくバーンッと扉を開ける。

「……あら?  フルール?」
「おかーたま!」

 部屋の隅っこで使用人たちとしゃがみ込んでいた二人がこっちに振り返る。
 お母様はともかくミレーヌはとっても可愛い満面の笑顔だった。

(二人のこの反応……何をしてるかはよく分かりませんが……とりあえず、無事そうですわ!)

 しかし、ホッと安心したのもつかの間。
 お母様が怒り出す。
 この顔は危険です……!

「フルール!  昔から言っているでしょう!  部屋に入る時は!?」
「ノ……ノック、ですわ」
「そうよ!  分かっているならもう一度やり直し!」
「は、はい!」

 お母様の剣幕に押されて私は慌てて回れ右をする。
 子供の頃からの刷り込みってやつですわ。

「……?  おかーたま?  もうバイバイ?」

 ミレーヌの不思議そうな声を背に私はそのまま部屋を出る。

「……」

 ハッと我に返る。
 私は何もしないまま、お母様にペイッと部屋から追い出されてしまいましたわ?
 ですが、確かにミレーヌやテオフィルの手本となるべき母親としては、ノック無しの入室というのは教育上よろしくありません……失格でしたわね。
 そう思い直して、今度は完璧なノックをしてから部屋に入ろうとした時だった。

「追いついた!  ───フルール!  ミレーヌと義母上はこの部屋?」
「ふ、二人は無事そうか……?」
「旦那様、お父様……」

 リシャール様とお父様がパタパタと駆け寄ってくる。

「とりあえず二人とも元気そうでしたわ」

 私がそう答えると二人は不思議そうに顔を見合わせる。

「……えっと?  なんで扉を開ける前から二人が元気そうだって分かるの?」
「旦那様……ミレーヌちゃんはキラキラの満面の笑顔でしたわ」
「え?  笑顔?」

 リシャール様が首を捻る。

「……ブランシュは?」
「お父様……お母様は作法がなってない!  と私に対してお怒りでしたわ」
「怒ってる?  何の話だ?」

 リシャール様とお父様は無言で顔を見合わせる。

「と、いうわけで、私はここからノックのリベンジですの。少し静かにしてくださいませ」
「……えっと?  フルール?  どういう意味かな……」
「フルール?  まさか、こんな時に新しい遊びを始めたのか?」

(───集中ですわ!)

 リシャール様とお父様。
 二人からの熱い応援の視線を受けた私は扉の前で深呼吸をしてから目を閉じて集中する。
 ……お母様はこれ以上怒らせると後々が怖いです。
 ですから、ここは世界で一番優雅なノックで入室しなくてはなりません!
 また、ミレーヌへの教育のためにも……

(ミレーヌちゃん!  よーく、聞いていてくださいませね!)

 私はカッと目を開けると、優雅に右手を上げる。
 そして、

 コンコンコンコン……

 私はこれまでの人生で一番優雅で丁寧なノックを試みた。

「───お入りなさい」

 ドキドキしていると、部屋の中からお母様の声が聞こえた。

(……これは合格ですわ!!)

 やりましたわ!  
 きっと、ミレーヌちゃんにも最高のノックの音を聞かせてあげられましたわ~

 私は、ふふんと笑ってそっと扉を開ける。
 もちろん、ここもバーンではなく優雅にエレガントに……ですわ。

「…………あら?」

 しかし、扉を開けるとミレーヌは部屋の中央で全くこっちに見向きもしないでクルクル踊っていてノックのノの事も聞いていた様子がない。
 そして、扉の前にはお母様が腕を組んでズーンッと立っていた。

(ミレーヌちゃーん!?)

「───フルール。今のは及第点をあげましょう」
「あ、ありがとうございます……」

 こうして何とかお母様からは及第点をもらい、私は何とか部屋に入室を果たした。

「フルール!  よく分からん遊びは終わったか!?  で、二人の様子はどうだ!」
「ミレーヌ!  義母上!」

 そして後ろから慌ててお父様とリシャール様が駆け込んで来る。

「あら、あなた!」
「はっ!  おとーたま!」

 お父様の登場にお母様は嬉しそうに笑い、ミレーヌもリシャール様の登場にクルクル踊るのをやめてパッと笑顔になる。

「おとーたまー!」
「ミレーヌ!」

 トタタタタとすごい速さで駆け寄って来るミレーヌをリシャール様は受け止めて抱き上げる。

「ミレーヌ、大丈夫だったか?」
「だー?」
「怪我はない?」
「けが……?」
「え、ミレーヌちゃん……?」

 きょとんとしているミレーヌ。
 私とリシャール様は顔を見合わせる。

「いったい皆してどうしたというの?」

 お母様も不思議そうに肩を竦めている。

「お母様!  花瓶、花瓶が割れる音がしましたわ!」
「花瓶?」
「ガシャーンッて音が聞こえましたわ!  それでミレーヌちゃんかお母様が花瓶に激突でもしたのかと思いましたの!」

 私がそう言ったらお母様がホホホと笑い出した。

「ホホホ、フルール?  もしかして、それで心配して走って来たの?」
「ほほほ、おかーたま!」

 リシャール様に抱っこされているミレーヌがお母様の真似をしている。
 とっても可愛いけど今は無事を確かめる方が大事ですわ。

「そうね、確かに割れたのは花瓶よ。よく分かったわね?」
「ベテラン花瓶クラッシャーですもの」

 ん?  ってお母様は一瞬表情を変えたけど、そのまま続けた。

「でも、私やミレーヌが激突して割ったわけではないわよ?」
「え?  違うんですの?」

 でも、確かに花瓶は割れている……と言いましたわ?

「花瓶を割ったのはアレよ」
「アレ?」

 お母様が部屋の隅っこを指さす。
 そこでは今、使用人がテキパキと花瓶の破片らしきものを片付けている……
 その傍に……

「……ボール?」

 何故かボールが転がっている。

「そうよ、ステファーヌの遊びグッズのボール。片付けそびれていたみたいでこの部屋に転がっていたのよ」
「あれを?」
「それでミレーヌ、踊っている最中にあのボールを蹴り上げちゃったの」
「蹴り上げた……?」

 私はミレーヌの顔を見る。
 ミレーヌはまだ、きょとんとしている。

「そして、見事にそのボールは花瓶に向かって一直線……そうしてガシャーン……というわけね」
「ポーン、がしゃーん……した!」

 ミレーヌがキャッキャと興奮して身振り手振りで説明してくれる。
 お母様はそんなミレーヌを見ながら、ふぅ……と息を吐いた。

「フルールは体当たり……ミレーヌは物使い……花瓶を壊すのが好きな所も似ちゃったのねぇ……」
「ミレーヌちゃん……!」
「?」

 私がミレーヌの名前を呼ぶと、ミレーヌはニパッと可愛い顔で笑っていた。

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...