王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
346 / 356

346. 最強の姉弟

しおりを挟む


 ミレーヌの珍しい雰囲気に私はリシャール様と顔を合わせる。
 リシャール様も困惑した様子で首を横に振った。

(何が来るの?  ミレーヌちゃん!)

「おかーたま……」
「ミレーヌちゃん?」

 ミレーヌはキッと決意の目で言った。

「おかーたま、まもゆ」
「え?」

 まもゆ……まも……え?  
 守る?
 何から?
 そう思った時、ミレーヌはチラッと目線を私の腕の中のテオフィルに向けた。
 そして一言。

「───テオ」
「う?」

 ミレーヌに名前を呼ばれたテオフィルが、くりんとした目をミレーヌに向ける。
 姉弟の目がパチッと合った。
 その瞬間───

「ふぇ……」 
「ん?  あら?」

 急にテオフィルがぐずり出した。

「まあ!  テオくん?  どうしたの?」
「ふ……ふぇぇ……」

 そのまま、んぎゃぁぁーー~~とテオフィルは大音量で泣き出した。
 外でテオフィルがこんなに激しく大泣きするのは珍しいことですわ。
 いつも、ニパッと可愛く笑って楽しそうにキャッキャしていますのに。

(どうしたのかしら?)

「テオくん?  どうしました?」
「ぎゃぁぁあ~んぎゃぁぁあぁ~~~ーーー」

 どんなに、あやしてもなだめても一向に泣き止む様子を見せないテオフィル。

「テオ?  どうしたんだ、テオフィル?」
「ンンぎゃぁぁあぁぅあ~~」
「テオくん?」

 リシャール様も一緒にあやしてくれるけど泣き止む様子がありません。
 おかげで、何だ何だ?  とあまり人気の多くなかった廊下に人が集まり始めて私たちは注目を集めてしまう。
 それでもテオフィルが泣き止む様子はなく……

(うーん?  困りましたわねぇ……)

 いつもなら、泣いているテオフィルの訴えはだいたい分かりますのに。
 それなのに今は、こんなに泣いているのにさっぱりですわ?

(まだまだ最強の“お母様”への道は遠いですわ)

「テオく───」
「ひ、ひいぃぃーーーーな、何で……っ!」

 もう一度、テオフィルに声をかけようとした時だった。
 突然、どこか引き攣ったような声を上げた女性が柱の影から目の前に転がり込んで来た。

(だ……誰ですの?)

 その女性は転んだせいか痛そうに腰を押さえていて、顔は真っ青。
 不思議に思っていると、テオフィルがこんなにギャンギャン泣いていても無反応だったミレーヌがまたテオフィルの名前を呼ぶ。

「───テオ」
「んぎゃ……」

 ん?  と思った瞬間、テオフィルがここまでの大泣きが嘘のようにピタッと泣き止んだ。

(えーー?  一瞬で泣き止みましたわーー!?)

 私とリシャール様は顔を見合わせる。

「テ、テオくん!  涙は?  大丈夫ですの?」
「テオフィル!」
「う?」

 二人で顔を覗き込むと、テオフィルはいつものリシャール様によく似た笑顔でニパッと笑った。
 涙?  なにそれ?  みたいな笑顔ですわ……

(いったい、今のはなんだったのかしら?)

 そう不思議に思っていると困惑した声が聞こえて来た。

「───ひっ!  今の……ちょ、ちょっと何で……こ、れは……どう、どういうこと!?」

 誰の声かしら?  と思って顔を声のした方に向けると、真っ青な顔で転がり込んで来た女性───おそらくどこかの夫人がこっちに向かって叫んでいた。

(えっと、どちら様だったかしら?)

「……っっ!  モ、モンタニエ公爵夫人!」

 名前を呼ばれましたわ。
 ですが、私は困ってしまう。
 このご夫人のお顔はうっすら見覚えがあるのに名前がさっぱり出て来ません。

「わ、わたくしが、ケホケホ、夫人にちょ、ちょっ~~とだけお話があって、隠れて待ち伏……ケホケホ……奇しゅ……ケホッ……は、話しかけようとしただけでしたのに……!」
「……?」

 咳払いが多くて何を言っているのかよく分かりませんわ?
 私は眉をひそめる。

「い!  いきなり、子どもと赤ん坊……を使ってい、威嚇するだなんて!」
「え?」
「くっ……!  いったい、いつから……いつから、わ、わたくしがここに居る、と気付いていらしたのっっ!」

(な、何の話ですのーーーー?)

 子どもと赤ん坊使って威嚇って何のことですの?
 いつからここにいると気付いていた?  
 私は知りませんわよーー?

「以前のことといい……貴女は一体、な、何者なの!」
「え?  フルール・モンタニエですけど?」

 何者かと聞かれたので素直に答えてみる。
 それなのにこの夫人は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「貴女の名前を聞いているわけじゃありません!  名前も顔も知っています!!」
「……」

 残念ながら、私はあなたが誰なのか分かりませんわ。
 途中まで出かかっているのですけれど。
 もっと情報が欲しいですわ?

「わたくしが居ること気付いて先手を打つなんて……その、のほほん顔は相変わらずなのに……」

(いいえ、貴女に気付いていたのはミレーヌちゃんですわ?)

 きっと、ミレーヌは私譲りの野生の勘でこの夫人が私に話しかけようとしていたことを先に察知して足を止めたに違いありません。

(ミレーヌちゃん天才……!)

 私がミレーヌに視線を向けると、ミレーヌはこの夫人のことをじっと見ていた。

「どうしたの、ミレーヌちゃん?」

 ミレーヌは夫人に向かってスッと指をさして一言。

「まっくお……」
「ひっ!?  な、なに!?」

 ミレーヌに指をさされた夫人は小さく悲鳴をあげる。

「真っ黒?  ミレーヌちゃん、いったい何のお話ですの?」
「おかーたま……まっくおはまっくおよ」
「あう!!」

 ミレーヌの言葉にテオフィルが同調するかのような元気なお返事。

「テオくんまで……」

 そこで私は気付く。
 先程からまるで、テオフィルとミレーヌは通じ合っているみたいですわ!?

(なるほど……きっと、これが姉弟の絆というやつですわね!)

 私とお兄様で結ばれた兄妹の絆とは違う絆が見えます。
 そう思ったら嬉しくてニンマリ笑いがこぼれる。

「くっ……モ、モンタニエ公爵夫人!  ……なにをニヤニヤ笑っているんですか!」
「え?」
「わ、わたくしは、貴女のせいであんな目に……それなのに、貴女は夫と子どもに囲まれ相変わらずのほほんと幸せそうで……」
「のほほん?」

 目の前の夫人がキッと鋭い目つきでそう言った。

(あら?  この視力が悪くて大変そうな目つき……それにこのような会話、前にもどこかで───)

「────僕の妻と可愛い子どもたちに何の用でしょうか?  ジェルボー元侯爵夫人?」

 ここでリシャール様が私や子どもたちを庇うようにして前に出た。
 その際に夫人の名前を口にしたので、リシャール様はこの方が誰なのか分かっていたみたいです。

(さすがリシャール様ですわ!)

 えっと?
 ジェルボー……ジェル……ジェ…………はっ!

「モッ……!」

 分かりましたわ!
 この夫人は、モッサリ眉毛侯爵夫人ですわーーーー!

 ようやくここで私は目の前の夫人が誰なのかを理解した。

「……も?」

 リシャール様が不思議そうな顔で振り返る。

「あ……」

(つい、モッサリという言葉が口から出ようとしていましたわ)

 私は、えへっと笑って誤魔化す。

「旦那様?  ……も、元ってなんですの?」
「フルール……ジェルボー侯爵と夫人はあれから離縁したんだよ?」
「え、まあ!  そうでしたのね?」
「侯爵自身も横領の罪で捕まって降爵してるけどね……」

 そういえば、以前ミレーヌちゃんが選んだお花で不貞がどうしたとか横領がどうしたとか暴露していましたわね……?

「勝手に自分でペラペラ喋って自滅して捕まっただけなのに、今更、フルールに逆恨みか?」
「……っ」

 モッサリ眉毛元侯爵夫人はリシャール様の言葉に悔しそうに唇を噛んだ。

「離縁後は伝手を使って、元夫人は王宮で働いているという話だったが……」
「……っっ」
「あれかな、今日、久しぶりに王宮にやって来たフルールの姿をたまたま見かけて色々と身勝手にも恨みつらみを思い出した───そんな所かな?」

 夫人はリシャール様からそろっと目を逸らす。
 これは疚しいことがある人の目ですわ!!

「それで僕たちが帰るのに廊下ここを通ることを見越してフルールを待ち伏せ……」
「……っっっ」
「───小さな子どももいるのに、いったい僕の家族に何をするつもりだった?」

 リシャール様の冷たい声にビクッとモッサリ眉毛元侯爵夫人が身体を震わせる。
 そして反論の声を上げた。

「危害なんて与えるつもりでは!  た、ただ、ほ、ほんの少し、お、脅かすだけのつもりで……!」
「……」
「その、のほほんとした幸せな顔が崩れる所をみ、見てやりたくて。それなのにいきなり立ち止まるし、急に赤ん坊は泣きわめくし……びっくりして……うっ……」
「それでバランス崩して転がり込んで来たのか」

 リシャール様が呆れた声を出した。

「……フルールが次期、王位継承者だと分かっていての行動か?」
「ひっ!  そ、それはっ」
「前回は夫に全ての罪をきせて自分は何とか罪を逃れたようだが────今回はもう駄目だろうな」

 リシャール様のその声と同時に、夫人は駆け付けてきていた王宮の衛兵に取り押さえられる。
 ズルズル引き摺られていく夫人。

(何だか前にも見た光景ですわ~)

 ですが、前と違うのは……

「テオ~!」
「あうあ~!」

 にこにこ微笑み合うリシャール様と私の可愛い子どもたち。

「ねぇ、ミレーヌちゃん、テオくん?  もしかしてあなたたち……」
「あい!  まっくお、バイバイ」
「うっああ~!」

 私が声をかけると二人は、ニパッと可愛い顔で笑いながらそう言った。

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...