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29. 決意を胸に

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  屋敷に着いた後、フォレックス様は一旦、お父様と二人っきりにして欲しいと言った。

「?  分かりました」

  そう言えば以前も二人で話していたっけ……などと考えながらお父様とフォレックス様が話を終えるのを待つ事にした。
  そうして待つ間、考えるのはどうしたってフォレックス様との事。

  (夢みたいだけど夢じゃない……)

  自分の頬をつねってみて、夢ではないのだと実感する。
  さんざん弄ばれた記憶のせいや巻戻りの事もあり、ここに辿り着くまでが長すぎた。
  そのせいか、未だにどこか気持ちがフワフワしている気がする。

「でも、いつまでも腑抜けていては駄目!」

  パンッと両手で自分の頬を叩き気合いを入れ直す。
  だって、まだ全てが終わったわけではないもの。スチュアート様とミリアンヌさんの処分を最後まで見届けなくてはいけないし、これからの自分の事だって考えていかないと!
 



「……リーツェ。何で両頬が赤いの?」
「……」

  お父様と話を終えたらしいフォレックス様が私の元にやって来るなり、顔を覗き込みながら訊ねられた。

「気合いを入れ直していたのです」
「気合い?」
「この先もフォレックス様と一緒にいる為に、です。私は足りない事だらけですから」

  フォレックス様への愛は誰よりも持ってると思うけれど、それ以外に私が持っているのは“公爵令嬢”という身分だけ。それもたまたま生まれついただけで私が努力して手に入れたものでは無い。
  私は自分の力でフォレックス様の隣に並ぶに相応しいと言ってもらえるような人になりたい!
  フォレックス様のくれる愛情におんぶにだっこのままは嫌だから。

「え?  いや、だからって何もそんな赤くなるくらいに頬まで叩かなくても……リーツェの可愛い頬が……」

  フォレックス様はちょっと悲しそうな顔をして優しい手つきで私の頬をさすってくれた。

「ご、ごめんなさい……そ、それでお父様は……?」

  まさかとは思うけれど、ここに来て婚約反対……とか無いわよね?
  そんなことを考えて不安な顔になった私に気付いたフォレックス様が優しく笑う。

「ミゼット公爵はずっと昔から言っていることは一つなんだ」
「?」
「“リーツェの意思に任せる”だよ」
「……それって」
「リーツェ!」

  私が聞き返そうとすると、部屋からお父様が出て来て私の名前を呼んだ。

「お父様……」

  お父様はこちらに近付いて来るなり、私の顔をじっと見つめる。

「……あぁ、本当にリーツェだな」
「お父様?  私は私よ?」
「……」

  どうしてかしら?  お父様の目元が微かに潤んでいる気がする。

「そうだな、リーツェ……おかえり」
「え?  えぇ、はい……ただいま……です」

  私の返答にお父様はフッと笑う。
  “おかえり”“ただいま”
  ……きっとこの言葉の意味は重い。

  そう思うも当のお父様はそれ以上はその事には触れず真剣な顔で私に訊ねる。

「リーツェ。お前はフォレックス殿下の事が好きか?」
「もちろん大好きです!  ……あの、お父様。これまで勝手なことばかり言ってごめんなさい……でも、私はもう自分の気持ちを間違えたりしません!  私が想うのはたった1人、フォレックス様だけです!」
「……」
「……」 

  しばらくの間、私とお父様は無言で見つめ合う。
  そしてお父様が笑って言った。

「お前の気持ちは分かったし、殿下の気持ちも聞いた。フォレックス殿下との婚約を認める。だが、もう間違えるなよ?」
「はい!  ありがとうございます、お父様」

  私がお父様に笑顔でお礼を言ったと同時にフォレックス様が、感極まった声で私の名前を呼びながらギュッと抱きしめてきた。

「リーツェ!  やっと……これで正式に今度こそ俺達は……婚約者だ」
「そうですね……!」

  嬉しくて私もフォレックス様の背中に手を回して抱きしめ返す。
  しばらく、互いの名前を呼び合い見つめ合っていたら、お父様の呆れた声が飛んで来た。

「お前達!  嬉しいのは分かるが、目の前でイチャイチャするのはやめてくれ……」
「「あ……」」

  またしても我を忘れてお互いしか見えなくなっていた。

「気持ちは分かる……これまでのお前達の事を思えばそうなる気持ちはとってもよく分かる。お前達は昔からそうなんだ……無意識にイチャイチャして……」
「無意識にイチャイチャ?」

  私は首を傾げる。
  記憶は全て思い出したと思っていたけれど、そんなにイチャイチャしていたかしら?
  ちらりとフォレックス様を見たら苦笑いしていた。

「それと、フォレックス殿下!」
「な、何だろうか……」

  お父様の勢いにフォレックス様もちょっとたじろいでいる。

「リーツェの、首筋にあるのは何ですかね?」
「!!」
「……うっ!」

  私は慌ててフォレックス様にさっき付けられた首筋の跡を押さえて隠そうとするけれど、もう遅い。

「えぇ、分かります。殿下の事ですからどうせ気持ちが盛り上がったとか言うのでしょう?  分かりますとも。なんと言ってもリーツェは誰よりも可愛いですから!  ですが、よろしいですか?  婚姻までは節度を保ちー……」


  興奮したお父様のお説教はなかなか終わってくれなかった。



***


「おはよう、リーツェ」
「おはようございます、フォレックス様」

  翌朝、私は久しぶりに学園に登校した。
  お父様からの長いお説教の後、もう頭痛は起きてないのだと説明し、そろそろ学園にも復帰したいと話すとお父様はしばらく考えた後、許可をくれた。

「リーツェ」
「?」

  フォレックス様が自然と私の手を取るとそのまま握ってくる。
  そうして私達は手を繋いだまま歩き出す。

  (何だか変な感じ……照れくさい)

  今までは許されなかった距離にフォレックス様がいる。
  そう思うと嬉しくて、私はフォレックス様に満面の笑みを向けた。

「リーツェ」
「はい!」
「その笑顔は可愛すぎて困る」
「は?」
「学園では危険だ」

  フォレックス様は大真面目な顔でおかしな事を言い出した。

   (もしかしてフォレックス様って意外と独占欲が強い……?)

「フォレックス様にだけですよ?」
「分かってる。それでも、だ」

  そうして握られた手にギュッと力が込められる。
  
  (フォレックス様ってカッコいいのか可愛いのか時々分からなくなるわ)

  でも、そんな所も何もかもが愛しくてしょうがなかった。

「フォレックス様、大好きです」
「っ!」

  なんの前触れも無く私がそんな事を言ったからかフォレックス様の顔が真っ赤になる。

  (可愛いわ!)

  フォレックス様のこんな顔を見る事が出来るのは私だけなのだと思うと堪らなく幸せで嬉しくなった。





  そんな幸せにずっと浸っていたいけれど、そうも言ってはいられない。
  その日の帰宅する為の馬車の中でフォレックス様は言った。

「リーツェ。明日、あの女……ミリアンヌの罪を公の場で追求する事になったんだけど、リーツェは」
「もちろん、私も行きますよ?」
  
  私は即答する。
  ミリアンヌさんは未だに黙秘を貫いている。このままでは埒が明かないという事でこういった場が設けられる事になったらしい。

  (前回の人生の私ももっと抗っていたら違う未来が待っていたのかな?)

  取り調べ中の尋問に耐えられなかった私の心は、早々に折れてしまったから、無実を訴え続けても何も変わらなかったかもしれないけれど。それでも……

「きっとあの女はリーツェを罵ってくるよ?」
「そうですね……望むところです!」

  前回の人生の事も引っ括めて私はやっぱり彼女が許せない。
  人の気持ちを弄び、命すらも軽くみた彼女を。

「今の私にはフォレックス様がいますから!」
「……リーツェ!」

  フォレックス様が優しく私を抱きしめてくれる。
  そして見つめ合うとどちらからともなく、そっと唇を重ねた。

  (大丈夫。たとえ何を言われても私は傷付いたりしないし負けたりもしない)

  そしてきっちりミリアンヌさんには罪を認めさせ償わせる!

  フォレックス様の温もりに包まれながら私はそう改めて決意した。





  ───そして、翌日。
  私はあの日以来、久しぶりにミリアンヌさんの姿を見た。

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