わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ

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「……ファネル伯爵に離縁なんて言えば、冗談ではすまなくなるよ?」

 肩に担がれたままの格好で、それを気にする余裕がないように、ハワードがリネットに問いかける。

「冗談ではないとあなたに信じてもらうために行くの──わたしもすぐに行くから、馬車で待機していて」

 ハワードから視線を移したリネットに、護衛の男が、はいと頷いた。

 流石に。これはまずいのではと感じはじめたハワードは、従者の名を大声で呼んだ。

「……バリー!」

 この屋敷で唯一、ファネル伯爵ではなく、ベイル子爵に雇われている、ハワードの従者だ。

「……なんでしょう」

 低く問うバリーに、ハワードが声を荒げる。

「なにじゃない! そもそも、お前が守るべき主人がこんな目に合っているのに、どうして隅で突っ立ったままなんだ!」

「…………」

「おい! 早く助けろ!」

 バリーはじっとハワードを見詰めてから、ゆっくりと足を動かした。遅いと文句を垂れるハワードを素通りし、リネットの前に跪いた。

「……おい、なんのまねだ」

 愕然とするハワードを無視し、バリーは頭を垂れたまま、口を開いた。

「リネット様、お願いがあります。私を、この屋敷の者たちと同じく、ファネル伯爵に雇ってもらえるよう、お願いしてもらえませんか。代わりと言ってはなんですが、ハワードお坊ちゃまがこれまで不倫した相手の名前、居場所をすべてお教えいたします」

 声をなくしたのは、もちろんハワードで。

「お、お前! 長年仕えてきたぼくを裏切るつもりか!」

 怒りか絶望か。声を震わすハワードに、バリーが振り向く。

「もう何年も前から、あなたには愛想が尽きていたんです。リネット様がハワードお坊ちゃまと別れると決断されたときはこうしようと、ずっと決めておりました」

 縄に縛られ、肩に担がれたままの体勢で、ハワードはぷるぷると震え出した。

「……お前のように簡単に主を裏切るようなやつ、誰が雇ったりするものか! なあ、リネット。そうだろ? 最低だな、あいつ!」

 諸悪の根源が誰なのか忘れたように、ハワードはよりにもよって、リネットに縋った。

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