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「事故に遭う前と後とで、二人に向けるあなたの表情が、違ったように見えていたもので」

 アデルは知らず、自身の頬を両手でそっと覆っていた。

「あからさま、というわけではありませんが……それに二人が気付いていないのも、気になっていました」

「……そう、だったのですね。わたし、そんなことちっとも」

「気にしなくてよいですよ。お父様も、気付いていなかったようですし。ね、あなた」

「ち、違う。私は、ちゃんとっ」

 ふふ。ネルソン伯爵夫人は上品に笑ってから、陰りを見せ、続けた。

「わたくしが気付けたのは、セドリックとダーラの様子を、少し怪しんでいたせいかもしれません」

「……え?」

「二人の間に流れる、妙な空気というのでしょうか。あなたが眠っているときに、ふと、それを感じることがあったのです。けれど、あなたの婚約者と幼なじみである、あの二人に限ってそんなことと、流していました」

 アデルの目の奥が、つんと痛んだ。

「でもね。あなたが目を覚ましてから、そんな空気がぴたりと止んだのです。それも少し、変に思っていました。ですから、二人に目がいっていたのでしょうね。まあ、わたくしの考えすぎかもしれませんが……アデル?」

 アデルの目尻から、涙がこぼれた。そうなると、もう止まらなかった。

「ど、どうしたんだ」

 ネルソン伯爵が腰を上げる。ネルソン伯爵夫人はアデルの傍に近付くと、アデルの頬にハンカチを当てた。

「アデル。もう一度、訊ねますね。セドリックとダーラは、あなたが眠る病室で、どんな会話をしていたのですか?」

「……し、信じてくださるのですか?」

「大切な娘の言葉を、最初から疑うなどしませんよ」

「……お母様っ」



 それからアデルは、これまで誰にも言えなかったことを、想いを、吐露した。セドリックとダーラの会話。二人の関係。秘めた想い。

 そして。

「……わたしが死ねば、なんの障害もなくダーラと一緒になれる。死んでくれた方が世間体もいいのにって、セドリックはダーラと笑い合っていました」

 ネルソン伯爵夫妻は、息を吞んだ。疑ってるわけではないが、にわかには信じられない話だったから。

 アデルが事故に遭う前も。後も。セドリックはアデルを、確かに愛しているように、二人の目には映っていた。いや、事故後のセドリックは、それこそ過保護と呼べるほどになっていた。アデルの傍から離れず、少しでもふらつけば青い顔をした。心からアデルを気遣い、心配する言葉、態度。

 目を覚まして良かったと。きみを失うのが怖くて、夜もろくに眠れなかったよと。アデルの元を訪れてはこぼしていたセドリック。

 あれがすべて演技?
 
 もしそうなのだとしたなら──。

 ぞっ。

 ネルソン伯爵夫妻は、怒りより先に、恐怖を覚えた。


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