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へたり込み、動けなくなってしまったエリノアの姿に、アントンは小さく舌打ちをした。それを、クリフは見逃さなかった。
「恋人がめまいを起こしているのに、舌打ちか。とんだ絆だな」
アントンはしまったとばかりに目を背けたが、すぐに開き直ったかのように口を開いた。
「私はこれまで、できうる限り、エリノアを愛してきたつもりです。それをこのような最悪なかたちで裏切ったのは、エリノアです。どうせ、容姿の良いクリフ殿下に、一目惚れでもしたのでしょう」
アントンは、射るような双眸をエリノアに向けた。
「自分勝手な都合で婚約者である私を犯罪者にしようとしたお前となど、一緒にいられるか。婚約は、破棄させてもらう。むろん、慰謝料はきちんと払ってもらうからな」
泣いて縋るエリノアの姿でも想像していたのだろうか。エリノアがむしろ、ほっとしたような表情を見せたことに、アントンは目を吊り上がらせた。
「──お前がそんな女だったとはな。失望したよ。お前のような最低な女、たとえ聖女だろうと、クリフ殿下どころか、誰も相手になどしないだろうよ」
吐き捨て、アントンは去って行った。その背を何となしに見送るエリノアに、クリフは言った。
「さて。きみがどうしてアントン・ゴーサンスに殺されると思い至ったのか。その訳を、聞かせてもらってもいいかな?」
エリノアは振り返り、目を丸くした。
「……わたしの話し、聞いてくださるのですか?」
「もちろん」
「……伯爵令息であるアントン様が被害妄想だと吐き捨てたわたしの話しを……?」
クリフは、ふっと頬を緩め「わたしは、きみの話しを聞くためにここにきたんだ」と、腰を屈め、エリノアと視線を合わせた。
「わたしは、去年、王立学園を卒業してね。そこで仲良くなった同じ年の子爵令息が、魔物討伐部隊に配属されて。学園にいたころのようには頻繁に会えなくなったけれど、それでもたまに、話しをしていて」
エリノアの脳裏に、少し臆病な若い兵士の顔が過った。
「彼からよく、きみの話しを聞いていたよ。いつも誰より前に出て、魔物に向かっていく優しさと勇敢さを持ち合わせた女性だって」
いいえ。エリノアは、こぶしを強く握った。
「……わたし、そんなんじゃありません。ただ、アントン様の役に立ちたくて……アントン様に、死んでほしくなくて……っ」
声を震わせながら訴えはじめたエリノアに、クリフがただ、うん、とだけ答える。
「でも、わたしはなにも見えていなかった……なにもわかっていなかった……アントン様の望みは、わたしの死だったのに……馬鹿みたいに頑張って、笑って……っっ」
クリフが、どういうこと? と柔く訊ねると、エリノアは堰を切ったように、これまで誰にも言えなかったことを語りはじめた。
「恋人がめまいを起こしているのに、舌打ちか。とんだ絆だな」
アントンはしまったとばかりに目を背けたが、すぐに開き直ったかのように口を開いた。
「私はこれまで、できうる限り、エリノアを愛してきたつもりです。それをこのような最悪なかたちで裏切ったのは、エリノアです。どうせ、容姿の良いクリフ殿下に、一目惚れでもしたのでしょう」
アントンは、射るような双眸をエリノアに向けた。
「自分勝手な都合で婚約者である私を犯罪者にしようとしたお前となど、一緒にいられるか。婚約は、破棄させてもらう。むろん、慰謝料はきちんと払ってもらうからな」
泣いて縋るエリノアの姿でも想像していたのだろうか。エリノアがむしろ、ほっとしたような表情を見せたことに、アントンは目を吊り上がらせた。
「──お前がそんな女だったとはな。失望したよ。お前のような最低な女、たとえ聖女だろうと、クリフ殿下どころか、誰も相手になどしないだろうよ」
吐き捨て、アントンは去って行った。その背を何となしに見送るエリノアに、クリフは言った。
「さて。きみがどうしてアントン・ゴーサンスに殺されると思い至ったのか。その訳を、聞かせてもらってもいいかな?」
エリノアは振り返り、目を丸くした。
「……わたしの話し、聞いてくださるのですか?」
「もちろん」
「……伯爵令息であるアントン様が被害妄想だと吐き捨てたわたしの話しを……?」
クリフは、ふっと頬を緩め「わたしは、きみの話しを聞くためにここにきたんだ」と、腰を屈め、エリノアと視線を合わせた。
「わたしは、去年、王立学園を卒業してね。そこで仲良くなった同じ年の子爵令息が、魔物討伐部隊に配属されて。学園にいたころのようには頻繁に会えなくなったけれど、それでもたまに、話しをしていて」
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「彼からよく、きみの話しを聞いていたよ。いつも誰より前に出て、魔物に向かっていく優しさと勇敢さを持ち合わせた女性だって」
いいえ。エリノアは、こぶしを強く握った。
「……わたし、そんなんじゃありません。ただ、アントン様の役に立ちたくて……アントン様に、死んでほしくなくて……っ」
声を震わせながら訴えはじめたエリノアに、クリフがただ、うん、とだけ答える。
「でも、わたしはなにも見えていなかった……なにもわかっていなかった……アントン様の望みは、わたしの死だったのに……馬鹿みたいに頑張って、笑って……っっ」
クリフが、どういうこと? と柔く訊ねると、エリノアは堰を切ったように、これまで誰にも言えなかったことを語りはじめた。
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