52 / 52
52
しおりを挟む
──三年後。
「フェリシア様」
「イアン。どうかしましたか?」
王宮の庭の隅。剣を持ったフェリシアが訊ねると、イアンはため息をついた。
「……息抜きですか」
「はい。あまりにお天気がよくて、つい。汗をかくと、心身共にスッキリしますから」
「なにもこんな庭の隅でやらなくても」
「これでも未来の王妃ですから。みなの目を気にしているんですよ」
「……あなたが部屋にいないと、クライブ殿下が騒いでおられます」
ふふ。
フェリシアが軽やかに笑う。
「相変わらず、イアンは大袈裟ですね」
「大袈裟もなにも……クライブ殿下はあなたの所在がわからなくなったとたん、なにも手につかなくなる。これはもはや、王宮に暮らす者みなが周知していることではないですか」
フェリシアは剣を鞘にしまい、うーん、と空を仰いだ。
「それは単に、リサ様とわたしを重ねているだけだと思いますが」
「フェリシア様を、リサ様と同じように失いたくない、というのは確かですね」
「……同じでは?」
「違いますよ。少なくともリサ様に対して、これほど執着はされていませんでした」
執着。フェリシアが小さく繰り返す。
「実感はありませんけど」
「…………」
あれで?
胸中でイアンが突っ込む。
パーティーなどで、男性がフェリシアに話しかけようとすると、どれほど離れていようとそれを即座に見つけ、笑顔で間に割り込む。
女性だけのお茶会にも、自ら送り迎えをかかさないし、さりげなく本当に女性だけかをチェックしているのも、イアンは知っている。
「そんなことより、イアン。結婚の日取り、決まったそうですね」
そんなこと、か。イアンが、くすりと笑いをもらす。
「はい」
「おめでとうございます。心からの祝福を」
太陽の光に照らされた、綺麗な微笑み。
──本当に、鈍感なお方だ。
頭の隅で思い、ありがとうございます、と不器用ながら、笑顔を返す。
「さて。早くお部屋にお戻りを。私と二人でいるところを見つかりでもしたら、またクライブ殿下は機嫌を損ねてしまいますから」
「あなたに迷惑をかけることはしたくないので、大人しく帰ることにします。結婚祝い、なにがいいか考えておいてくださいね」
「承知しました」
背を向け、歩き出すフェリシア。ほどなく、クライブが姿を現した。どこにいっていたのかと問われたフェリシアが、内緒です、と優雅に笑う。
いつの頃からだろう。振り回されているのはクライブで、振り回しているのがフェリシアに見えるようになったのは。
「……吹っ切れた女性は怖いな」
そして、強い。
フェリシアに尻に敷かれるクライブが、目に浮かぶ。ロケットペンダントの中の写真はフェリシアのものに変わり、クライブがリサの名を、寝言で呼ぶこともなくなった。
似た誰かを目で追うこともない。いまもなお、地下牢で生きる女性に惹かれることも、騙されることも、もうないだろう。
なのに。
『もしリサ様が生まれ変わって、目の前に現れたら、クライブ殿下は少し迷いつつも、結局はリサ様の元に行きますよ。その自信が、わたしにはあります』
穏やかに語るフェリシアの目に、嘘はなかった。それをクライブが聞いていたらきっと否定しただろうが、どちらにせよ、フェリシアの自信は揺るがなかったように思う。
『悲観しているわけではありません。単なる事実ですから。証拠にわたし、もったいないぐらい、いま、幸せなんです』
はにかむ笑顔に、なにも言えるわけもなく。
「……あと何年かかるやら」
私も。呟き、離れた場所から、二人を見守るイアン。
──その後。
「クライブ……っ」
幼い女の子が、王都の街を歩くクライブに向かって駆けてきた。愛おしそうに、第一王子の名前を呼び捨てにする女の子に、街の人たちが、クライブが、イアンが、注目する。
そんな中。
フェリシアだけが、とある可能性に気付き、クライブの隣でそっと息を潜めた。
「クライブ、あのね。しんじられないかもしれないけど、あたし……っ」
愛を信じはじめていたフェリシアは、哀しそうに、諦めたように、一つ、笑いをこぼした。
─おわり─
「フェリシア様」
「イアン。どうかしましたか?」
王宮の庭の隅。剣を持ったフェリシアが訊ねると、イアンはため息をついた。
「……息抜きですか」
「はい。あまりにお天気がよくて、つい。汗をかくと、心身共にスッキリしますから」
「なにもこんな庭の隅でやらなくても」
「これでも未来の王妃ですから。みなの目を気にしているんですよ」
「……あなたが部屋にいないと、クライブ殿下が騒いでおられます」
ふふ。
フェリシアが軽やかに笑う。
「相変わらず、イアンは大袈裟ですね」
「大袈裟もなにも……クライブ殿下はあなたの所在がわからなくなったとたん、なにも手につかなくなる。これはもはや、王宮に暮らす者みなが周知していることではないですか」
フェリシアは剣を鞘にしまい、うーん、と空を仰いだ。
「それは単に、リサ様とわたしを重ねているだけだと思いますが」
「フェリシア様を、リサ様と同じように失いたくない、というのは確かですね」
「……同じでは?」
「違いますよ。少なくともリサ様に対して、これほど執着はされていませんでした」
執着。フェリシアが小さく繰り返す。
「実感はありませんけど」
「…………」
あれで?
胸中でイアンが突っ込む。
パーティーなどで、男性がフェリシアに話しかけようとすると、どれほど離れていようとそれを即座に見つけ、笑顔で間に割り込む。
女性だけのお茶会にも、自ら送り迎えをかかさないし、さりげなく本当に女性だけかをチェックしているのも、イアンは知っている。
「そんなことより、イアン。結婚の日取り、決まったそうですね」
そんなこと、か。イアンが、くすりと笑いをもらす。
「はい」
「おめでとうございます。心からの祝福を」
太陽の光に照らされた、綺麗な微笑み。
──本当に、鈍感なお方だ。
頭の隅で思い、ありがとうございます、と不器用ながら、笑顔を返す。
「さて。早くお部屋にお戻りを。私と二人でいるところを見つかりでもしたら、またクライブ殿下は機嫌を損ねてしまいますから」
「あなたに迷惑をかけることはしたくないので、大人しく帰ることにします。結婚祝い、なにがいいか考えておいてくださいね」
「承知しました」
背を向け、歩き出すフェリシア。ほどなく、クライブが姿を現した。どこにいっていたのかと問われたフェリシアが、内緒です、と優雅に笑う。
いつの頃からだろう。振り回されているのはクライブで、振り回しているのがフェリシアに見えるようになったのは。
「……吹っ切れた女性は怖いな」
そして、強い。
フェリシアに尻に敷かれるクライブが、目に浮かぶ。ロケットペンダントの中の写真はフェリシアのものに変わり、クライブがリサの名を、寝言で呼ぶこともなくなった。
似た誰かを目で追うこともない。いまもなお、地下牢で生きる女性に惹かれることも、騙されることも、もうないだろう。
なのに。
『もしリサ様が生まれ変わって、目の前に現れたら、クライブ殿下は少し迷いつつも、結局はリサ様の元に行きますよ。その自信が、わたしにはあります』
穏やかに語るフェリシアの目に、嘘はなかった。それをクライブが聞いていたらきっと否定しただろうが、どちらにせよ、フェリシアの自信は揺るがなかったように思う。
『悲観しているわけではありません。単なる事実ですから。証拠にわたし、もったいないぐらい、いま、幸せなんです』
はにかむ笑顔に、なにも言えるわけもなく。
「……あと何年かかるやら」
私も。呟き、離れた場所から、二人を見守るイアン。
──その後。
「クライブ……っ」
幼い女の子が、王都の街を歩くクライブに向かって駆けてきた。愛おしそうに、第一王子の名前を呼び捨てにする女の子に、街の人たちが、クライブが、イアンが、注目する。
そんな中。
フェリシアだけが、とある可能性に気付き、クライブの隣でそっと息を潜めた。
「クライブ、あのね。しんじられないかもしれないけど、あたし……っ」
愛を信じはじめていたフェリシアは、哀しそうに、諦めたように、一つ、笑いをこぼした。
─おわり─
応援ありがとうございます!
152
お気に入りに追加
2,105
この作品は感想を受け付けておりません。
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる