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支配の蠱毒
曖昧でぼんやりとした名づけられない関係
しおりを挟む呂希さんおすすめの吸血鬼映画がテレビ画面に映っている。
いつの間にか月額見放題サービスに加入していて、好きな映画やドラマがいつでも見放題、なんて呂希さんが言っていた。
すっかり寝る準備を整えた私は、呂希さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、ぼんやりテレビ画面を見つめていた。
画面の中には、見目麗しくて私が想像する外国の貴族みたいな服を着た方々が映っている。
「吸血鬼って、なんていうか、綺麗な人たちなんですね」
「見た目の美しさを競ってるからねぇ、あいつらは」
私が映画を見ている間に呂希さんはシャワーを浴びていた。
戻ってきた呂希さんの、湯上りのしっとり湿った髪は、いつものふわふわ感がなくなっている。
オールバックにしている髪からは、ぽたぽたと雫が滴り落ちて、首に巻いたタオルを濡らしている。
むき出しの上半身はしっかりと筋肉が隆起していて、無駄な肉がない。
背中には、背骨にそって黒い骨の紋様。肩甲骨に広がるように、骨の翼が描かれている。
私は画面から視線を逸らして、ちらりと呂希さんを見た。
外国の俳優が扮している吸血鬼が、少女の首を噛むシーンが画面には映っている。
隣の部屋に配慮してなるだけ音量を小さくしている。
白く浮き上がる字幕だけが頼りだ。
「呂希さんが綺麗なのも、半分吸血鬼だからですか?」
黒いズボンは真新しい物で、いつの間にか私の部屋の押し入れには呂希さんの服が運び込まれていた。
どれもこれも、量販店で買える目に馴染んだものだけれど、呂希さんが着ると高級品に見えなくもない。
多分、スタイルが良いからなのだろうと思う。
長い足を持て余すようにしながら座る呂希さんには、私の六畳間の部屋は狭すぎる気がする。
それこそ、画面の中の吸血鬼の方々のように、豪奢な洋館に住んでいた方が様になる。
「え……、杏樹ちゃん、褒めてくれてるの? 綺麗っていうのは、杏樹ちゃんの好みのタイプってことだよね」
「ええと……、その、好みのタイプというのは考えたことが無いのでわかりませんが、……その、綺麗だと思いますけれど」
「ありがと。容姿、褒められて嬉しいのってはじめて。杏樹ちゃんも可愛い。宇宙一可愛い」
「ありがとうございます……、呂希さん、髪の毛もう少し乾かしましょうよ」
「うーん、めんどくさい」
あまりにも雫がぽたぽた零れているので、私は見かねて呂希さんの方に膝立ちで移動すると、その頭を拭いた。
ついでに映画の字幕を追いながら、ドライヤーもかけることにした。
癖のあるふわふわの髪に戻った呂希さんは、私を見上げると微笑んで「ありがとう、杏樹ちゃん」ともう一度お礼を言った。
それから、あくびを一つ。
「髪の毛触られてると眠くなっちゃうねぇ。ごろごろしよ、杏樹ちゃん。映画、全部見なくて良いし。眠かったら寝ちゃって良いから」
私がドライヤーを片付けている間に、呂希さんはたたんでいたお布団をひいて、横になっていた。
戻ってきた私を、お布団の空いているスペースをぽんぽんと叩いて呼んでくれる。
昨日はなにがなんだか分からないまま、なし崩しに一緒に寝てしまったけれど――
少し冷静になった今日は、なんだか恥ずかしい。
躊躇いながらお布団の横に座ると、手を引かれて腕の中に抱き込まれてしまった。
私よりも少し低い体温が、ひんやりしていて心地良い。
六月の夜は、湿度が高いけれどまだ少しだけ涼しさもある。
いつの間にか雨が降り出していたらしく、窓を雨粒がぱらぱらと濡らしている。
「杏樹ちゃん、あったかくて落ち着く」
「……呂希さんは、少し冷たいですね」
「夏は良いでしょ、冷房の変わりになるし。ところで、さっきの話。僕の見た目のことだけど」
ローテーブルが端に寄せられていて、畳の上にはテレビのリモコンが転がっている。
部屋には呂希さんの甘い声と、映画の外国語が子守歌のように流れている。
背中側から抱きしめられるようにして、私はお布団に体を横たえる。
なんだか色々なことに悩むのが馬鹿馬鹿しくなってしまって、私は体の力を抜いた。
「吸血族とか、他にもいろいろあるけれど、高位魔族って呼ばれてる異形たちは、基本的に造形が美しい傾向にあるんだよ。花と一緒だね。綺麗に咲いて甘い香りを漂わせて、蜜を吸う蝶を誘い込むように、連中も美しい造形で人を油断させて、血を飲んだり、食べたりする」
「……ごめんなさい。……私、軽率でしたね。呂希さんにとって、見た目を褒められるのって嫌な事だったんですね」
人を食べるという事実が、まるで当然のようにあっさりと呂希さんの口から出てくるということは、つまり――人と違う者たちは、例えば吸血鬼もそうだけれど――人に害をなすものなのだろう。
そんな者たちと呂希さんを、同一視するような発言をしてしまった。
反省して目を伏せる私の体を、呂希さんはぎゅっと抱きしめた。
「杏樹ちゃんに褒められるの、嬉しい。呂希さん格好良いって言って? 毎日言って良いから。僕としては大歓迎」
「……呂希さんは、格好良いと思いますよ」
「幸せ過ぎて死んじゃう」
もしかしたら呂希さんは、私を励ましてくれているのかもしれない。
気遣いが有難くて目を伏せると、そっと髪を撫でられた。
体がふわりと浮かんでいるような心地良さを感じる。
そういえば宿題やってないなぁと気づいたのだけれど、お布団の心地良さと、呂希さんの腕の中にいる安心感にあらがえずに、私は眠りの底へと落ちて行った。
応援ありがとうございます!
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