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戴冠式の準備 2
しおりを挟むだが、祈りで魔物は倒せない。騎士団の方々の武具を清める程度のことしかできない。
ゼフィラス様は魔物に対して臆した様子は全くなかった。
リーシャ様は――怖かっただろう。だが、恐怖に耳を塞がず目を閉じず、ゼフィラス様を守るために戦っていた。
リーシャ様とは学園で同級だった。だから多少はその人となりを知っている。
いつも明るく、困っている人がいれば誰にでも手を差し伸べる。優しい方だったと記憶している。
クリストファーとあんなことになってからも、逃げたり隠れたりもせずに学園に通うことに、僕は感心していた。僕だったら家に籠りしばらく出てこないだろうなと考えていた。
もちろん思い悩むことは色々あっただろうけれど、肝が据わっている――とでもいえばいいのか。
ゼフィラス様の婚約者になることだって、相当な覚悟がいっただろう。
公爵家に嫁ぐことと王家に嫁ぐことはまるで違う。
王妃教育を昔から受けていたわけでもないし、現在の王妃様のように隣国の姫というわけでもない。
その隣に立つのは、勇気がいることだろう。
だからこそ、未だに婚礼の時期は定まらず、王妃教育を受け続けているのだろうが。
「リーシャ様が記録書を読み、それから――アルマニュクスの特徴や、倒し方も教えてくださいました。リーシャ様がいなければ僕も、ゼフィラス殿下もきっと、神殿の地下で息を引き取っていたでしょう」
「そして、地下から這い出たアルマニュクスは王都で暴走し、多くの人の命が失われていたはずです。殿下はすばらしい方を花嫁に選ばれました。神官家はお二人を祝福いたします。もしリーシャ様には後ろ盾が足りないというのなら、ランブルク家があの方を支えましょう」
父上がにこやかに言う。
父上は僕よりずっと他者にも自分にも厳しく超がつくほどに真面目な方だ。
顔は笑っているがその目はいつも冷静で、冗談は理解しないし酒も飲まなければ、遊びもしない。
暇さえあれば女神様たちに祈りを捧げているような方である。
そんな父上が認めたのだから、リーシャ様の立場は安泰だろう。
元々アールグレイス家といえば貴族の中でも破格の資産家で、それだけでも十分ではあるのだが。
でも――出る杭は打たれるもので、そんなアールグレイス家を成金と言って誹る者もいるのだ。
「おおよそのあらましは、王都新聞で読んだ。ゼフィラスはリーシャを連れて別邸に籠っているが……籠る前に全ての手配をすませていった。我が息子ながら、あの行動力と執着には空恐ろしいものがある」
「執着と、いいますと?」
父上が首を傾げる。僕は思い当たるふしがあったので、黙っていた。
「息子は昔からリーシャ嬢に懸想していたようでな。情報は武器になると心得ているのだ。だから、王都新聞社に早々にことのあらましを伝えて、アルマニュクスを討った英雄とその英雄を守り怪我をした聖女――という物語をつくりあげた。実際その通りだが、より多くの者がその話を知れば、二人の結婚は王国民から熱望され、熱狂の内に迎え入れられるだろう」
困ったようにラスター様は続ける。
「外堀を埋めているのだな、要するに」
「愛した女性を手に入れたい一心でと思えば、微笑ましいものではないですか」
「陛下、リーシャ様は王妃になるには何か問題がありますか?」
父上と僕が問いかけると、ラスター様は首を振った。
「ないよ。ないが、真面目な子なのだろうな。家庭教師も教えることはないと言っているのに、まだ足りないと言って王妃教育を続けている。あんなものは大して意味はないんだ。善良であり常識があり、愛があれば王妃になど誰でもなれる。だが、リーシャ嬢は自分はまだ足りないのだと思い込んでいる」
本当は、戴冠式と共に婚姻の儀式も行いたいのだがと、ラスター様は溜息交じりに言った。
「此度のことで、王家の伝統が無意味であることが判明した。ゼフィラスには辛い思いをさせた。十六までの貴重な時間を奪ったのだ。私も同じではあったが、あれは悪しき伝統だな」
「神官家が提案したものですね。名を隠し、性別を偽る。……無意味であると、戴冠式の時に私から皆に言いましょう。王家に近しい古い者たちもきっと納得するでしょう」
「あぁ。そうしてくれ」
「リーシャ様の怪我が癒えたら早々に、挙式の準備を進めましょう」
「そうだな。私も年だ。もうそろそろ玉座を降りたいのだ。お前たちが巣ごもりしている間に準備をすませたとでも言えば、まぁ、嫌とは言わないだろう」
そうでもしないときっといつまでも、ずるずると今のままだ。
二人の大人はそう言って、頷き合った。
僕は陛下と父の様子を眺めながら、リーシャ様は外堀を色んな人に埋められて大変だなぁと考えていた。
たまには話を聞いてあげようとも思ったが、ゼフィラス様が怒りそうなのでやめておいた方がいいかも、とも。
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