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番外編
側近会議 2
しおりを挟む癖のない肩下までの黒髪の、長い前髪が顔にかかっている。
どちらかといえば女性的な綺麗な顔立ちの男である。
アルケイドやジェイクは細身だが、男は立派な体躯をしている。
女性のような綺麗な顔立ちをしているのに、ジークハルトと同じぐらい体格の良い男の名前はオズ・フィニス。
騎士団長の家系であるフィニス家の嫡男である。
だが、ジェイクの父と同様にオズの父も正義感の強い男でーー友人の妻が皇帝に無理やり側室にされ、それを苦にした友人が自棄になり薬をあおって自死してしまったことに憤り、皇帝に意見をした。
そして不敬罪で投獄され、ジェイクの父と同じ末路を辿っている。
オズは父の訃報を知り、皇帝の怒りが嫡男である自分に向かわないようにと、しばらく自国の中を傭兵の真似事をしながら彷徨い、姿を隠していたらしい。
皇帝には『オズ・フィニスも父の罪を苦にして、死に殉じた』と、家人に手紙を出させたのだという。
武力があるだけではなく、計算高い男である。
ジークハルトの噂をどこからともなく聞きつけて、傘下に加わりたいと、ふらりと姿を表した。
今は騎士団長を務めている。
側近中の側近と呼ばれているのは、今の所三人だけだ。
ジェイクは、テオドールのことも信用に足る人物だと思っている。
それに、マルガレーテの家であるオリアス家がジークハルトにつくというのは、中々心強い。
他の貴族たちに対する良い圧力になるだろうと、考えることができる。
「まぁでも、血を流さずにすむのなら、それが一番だけれど。今だに国内には野盗やら何やらがごろごろしているし、血の教団と言うのだっけ。それも、これから退治しなくてはいけないのだろう? なんせ騎士団は忙しいから、これで戦となると、みんな過労死してしまうかもしれない」
オズの口調は軽々しい。
けれど、その実力が確かなことをジェイクは知っている。
「そうですね。騎士団の方々には頭が下がる思いです」
「そもそも、どうして陛下はクレストの元に行くのに、俺を連れて行ってくれなかったんだろう? 嫌われているのかな、俺は」
自分で言って悲しくなってしまったらしく、オズが酷く辛そうな顔をした。
「俺の何がいけないんだろう……、陛下は、ジェイクの方が好きなんだよ……」
「オズ殿、申し訳ないのですが、陛下からの好感度を競うのはやめて下さいよ」
オズの言葉に、ジェイクは溜息をついた。
「陛下からの好感度の話で言ったら、一番好感度が高いのは、ティア様でしょう。競うだけ無駄というものですよ。今だって、この非常時なのにティア様と共に部屋に篭ったきり出てきませんし」
アルケイドが眉間に皺を寄せながら言う。
かなり怒っているように見えるのだが、アルケイドは常時こんな様子なので、彼の機嫌を気にするだけ損であると最近は城のものたちも分かりはじめている。
不機嫌なんですか、と聞くと「そんなことはありませんよ」と不機嫌そうに言われるのが常だからだ。
「なるほど、アルケイドも羨ましいんだね。三日三晩離れたくなくなるような素敵な女性を見つけると良いよ。ジェイクもアルケイドも独身だから、陛下とティア様の仲睦まじさは目の毒でしょう?」
恋愛の話になった途端に、オズが元気を取り戻した。
オズという男は、小難しい話はあまり聞きたくないらしくすぐに巫山戯る悪い癖があるのに、恋愛の話や戦の話になると水を得た魚のようになるのだ。
アルケイドが心底嫌そうな顔をした。
今回ばかりは普通に、心底嫌なのだろう。
「ティア様と言えば、ルルに聞いたのだけど、なんというかーー艶本を集めるのが趣味、らしいよね」
「……オズ殿。それはティア様への侮辱と受け取って良いですか」
どうして今その話をするのかと、ジェイクは額を手で抑える。
案の定、アルケイドが殺気立っている。
テオドールを紹介するために集めたのに。テオドールが隣で物凄く戸惑った表情を浮かべているので、ジェイクは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
それは、戸惑うだろう。
艶本という単語が出てくるとは、誰も思わないだろう。
「侮辱じゃないよ。ティア様は、別に隠してないって言っていたそうだし。あ。俺だって相手を選んで言っているよ? この話は、ここだけの秘密ということで」
「そのような作り話、どう考えてもティア様への侮辱でしょう。ティア様への侮辱は、陛下への侮辱と考えます」
「違うって。ルルが、ティア様に喜んで貰いたいけど、そういった本を買いに行くのが恥ずかしいと相談してきたから、じゃあ代わりに俺が買ってきてあげるっていう話になって……、ジェイク、ジェイクも知っているよね?」
「……オズ殿、口が軽いのも大概にした方が良いですよ。まぁ、でも、……そうですね。アルケイド様、人には色々な趣味がありますから、……オズ殿は軽薄ですが、侮辱しているわけではありませんよ」
今その話を振るのかと、ジェイクは深々と溜息をつく。
今にもオズを不敬罪で投獄しそうなアルケイドを宥めるために、一応フォローを入れておいた。
「そうだよ、アルケイド。たまには、俺たちもさ、皆で好きな女性のタイプの話とか、しようよ。俺もティア様みたいな可愛いお嫁さんが欲しいなぁ。三日三晩部屋に篭りたい」
「オズ殿、いい加減にしてくださいよ。アルケイド様の頭の血管が切れてしまいますよ。そういう話が向いている方と、そうじゃない方がいるんですよ。僕なら個人的に付き合ってあげますから、また今度、酒でも飲みながら話しましょうか」
さらに眉間の皺を深くするアルケイドを見かねて、ジェイクはオズを咎めた。
ジェイクとしてはオズがどれだけ好きな女の話や、艶ごとについて語っても聞いていられるのだが、これ以上アルケイドの忍耐力が持たないだろう。
「アルケイドが怒るのが面白いからつい。テオドール殿も、小難しい話よりも好きな女性の話の方が良いよね」
「……私には、妻がいますので」
オズに問われて、テオドールは生真面目な表情で答えた。
それからジェイクに視線を向けると「陛下の周りには、変わった方が多いのですね」と言った。
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